第二十話 無稽の澄清、雲霄望む果てに。
2013年7月26日
異能対策課 本部 2階休憩室。
鹿野は、前日の合同捜査で売人を捕縛したあと、マトリの捜査から外れた。
その後、再び人外対応の巡回任務へ駆り出され、休憩のために一度本部へ戻ったのち一息ついていた。
そんな時、休憩室に茉琴がやってきて、鹿野に声を掛ける。
「ご苦労さ〜ん。昨日は捜査任務だったんでしょ?どうだった?」
椅子に腰掛けていた鹿野は顔を上げ、茉琴の方へ視線を向けて答える。
「ひとまず、マトリの追ってた売人は捕まえたよ。」
「それなら良かったね!ところで……春馬は?一緒だったんでしょ??」
「春馬は尋問の協力だ。もしもの時の保険だな。」
「尋問?」
「マトリは、今回捕まえた売人の裏にいる組織の情報が欲しいらしい。
だから、尋問中の万一に備えて、春馬が居残りになった。」
「そうなんだ。でも、保険って具体的に何すんの?」
「主に、暴れた異能犯の対処だな。
春馬は瞬間移動ができるから、ワープゲートを開けば逃げた相手を追跡できるし、応援もすぐに呼び込める。
本人は嫌がるだろうが、運び屋としては使い勝手がいい能力だ。
それに拘束しているとはいえ、異能犯は能力が使える。
異能を封じる都合のいい拘束具なんてものはないからな。」
「なるほどね〜。
それで情報が欲しかったから、その場で殺らなかったんだ。
でも、そんなすぐ口割らなくない?」
「その辺は大丈夫だ。
上層部が、『精神系』——大枠で言うと『概念系』の異能者を事前に手配しているらしい。」
「はー!用意周到だねぇ、お偉いさんは。」
「まあ、マトリから言われてたんだろ。」
「それでも、鹿野がいた方が良かったんじゃない?
すぐ制圧できるし。」
「私には高い戦闘能力がある。おまけに継戦もできるからな。
おそらくだが、尋問なんかで腐らせるより、別の任務に回す方が有効だと判断されたんだろう。
人外も異能犯も、尋問中に現れるかもしれないしな。」
「確かに!……それと、育児放棄された小さな男の子が居たって聞いたけど……どうなったの?」
茉琴は言い淀みながら鹿野に質問する。
鹿野は一瞬表情を曇らせたが、すぐに元の表情に戻り、茉琴へ返答した。
「……児童養護施設へ預けることになった。
今は栄養失調になっているから病院にいるが、回復次第、施設へ移される。
マトリの捜査から外れる前に、尋問の始めの方だけ参加したが……母親とは、もう会えないだろう。
それに、母親も会いたくなさそうだった。」
「そうなんだ……。」
「ああ。」
茉琴は暗い話題を変えようと、別の話題へ切り替える。
「私、後方の配属だから、前線のことは聞いた話でしかわかんないんだよね。」
「ふふっ、前線には来ない方がいい。
常人は摩耗する。」
「そうなの?でも……他の人たちを見てる感じ、結構しんどそうだもんね。
私は怪我した隊員を治す以外、出来ないから。」
「それも立派な仕事だ。
それに、茉琴は豪快に笑ってる方が似合ってるぞ?」
「え〜?何それぇ?まぁ……ありがとっ。」
茉琴はしばらく、照れ隠しのようにニヤニヤしていた。
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2013年8月2日
異能対策課 本部 中庭。
鹿野と螢が中庭で世間話をしていると、遠くからこちらへ歩いてくる人物がいた。
「鹿野さーん!」
鹿野と螢は声のする方へ視線を移す。
そこにいたのは、新人卒業の目安とされる四級異能戦術班に最近昇格した後輩、渡邊 和樹だった。
「元気か?」
「はい!体調は元気です!!」
「ふふっ、そうか。」
「鹿野さん、一つ相談があるんですけど、聞いてもらえませんか?」
「いいぞ。どうしたんだ?」
「最近、四級に上がったんですけど、四級ではまだ人外対処の場面で、大人数で動くじゃないですか?」
「そうだな。」
「でも、その時僕は、周りに合わせて顔色を窺ったり、自分の意見とかも主張できなくて……。
だから、周りの目が怖くて中々積極的に動けないんです。
どうやって他人の目を気にせず、行動したり生きていったりできるんですか??」
鹿野は暫く考えたあと、後輩の渡邊に向き直り返答した。
「正直、他人のことを気にせずに生きるのは無理だ。
どこへ行っても、少なからず人間はいるから、小さな世界、小さなコミュニティに属すことになる。
そうなれば、自身から他者評価を完全に切り離すことはできない。
それに、人間は後世に技術や歴史を伝え、他者と助け合うことを前提とした生存設計になっている。
だから、できるとしても、自己解釈や自己認識を暗示のように変えるのが限度ってことだ。」
「ど、どういうことですか??」
「そうだな〜。
……つまり、気にすること、気になることからは逃れられない。
だが、気負うことはしなくていい。
思い描くように生きれなくとも、思い通りに生きる必要はないさ。」
「なるほど。
そういうふうに捉え方を変えれば良いんですね!」
「すまないな。こんなことしか言ってやれなくて……。」
「いえ!参考になりました!
気にしても気負うなってことですよね?
似てるようで違いますもんね!!」
「まあ、そうだな。」
「少しずつかもしれないですけど、頑張ってみます!
その頑張りは、必要だと思いますから。」
渡邊の真摯な姿勢に、鹿野は思わず頬を緩めた。
そして、その背中を押すように言葉を伝える。
「なら、あえて言っておこうかな?
頑張れよ。」
「はい!!」
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2013年8月6日
異能対策課 本部 医務室。
鹿野は担当地区での巡回任務を終え、本部へ帰投した。
その際、別の地区で殉職者が出たと聞き、その中に顔見知りがいたため、医務室へ足を運んだ。
医務室には複数の遺体が並び、その中に、先日言葉を交わした渡邊の姿もあった。
鹿野が何も言わずにいると、渡邊と同期で、同じ任務から帰還した隊員が、泣きながら言葉を絞り出した。
「くっ……っぐ……いつもならこいつ、逃げるくせに。今日は逃げなかったからぁ……!!」
鹿野は表情を変えずに、ベッドに横たわる渡邊の遺体を見つめる。
そんな時、隣にいた螢が鹿野の肩に手を置き、声を掛けた。
「斎のせいじゃない。」
「……分かってる。」
鹿野は『分かってる』と言ったが、拳を固く握り締めた。
そんな様子を隣で見ていた螢は、さらに言葉をぶつける。
「斎、分かってないだろ?
いつも一人でいるから、全部自分ごとのように感じるんだ。
一人で背負ってどうする?
お前だけで対策課は回ってるのか?
本質を見誤るな、斎らしくないぞ。」
鹿野は螢の言葉を受け、握り締めていた拳から力を抜いた。
「……そうだな。
視野が狭くなってた……すまない。」
「はぁ。そこは『ありがとう』って言うんだよ。
言動から暗くてどうする。」
鹿野は深く息を吐き、目を瞑ったあと、一呼吸置いて、螢へ向き直り口を開いた。
「ありがとう、螢。」
「あんまり根を詰めるなよ。
たまには誰かと飯でも行け。」
「ああ、そうするよ。」
螢はそう言い残し、ヒラヒラと手を振って次の任務に向かっていった。
鹿野はしばらく渡邊の遺体を見つめたあと、医務室から出て、待機室へと歩み始めた。
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2013年8月15日
異能対策課 本部 2階休憩室。
鹿野は机に腰掛け、少し姿勢を崩していた。
左には螢が頬杖をつきながら座っており、そのさらに奥には春馬が座っていた。
鹿野の対面には、太一がだらしなく座り、その隣では晴明が足を組んで座っている。
そんないつものメンバーがいる休憩室で、鹿野が唐突にみんなへ問い掛ける。
「……なあみんな、今の現場はどうだ?」
「どうって?それは、どういう意味で言ってるの?」
鹿野の右に腕を組みながら立っていた千秋サンが問い返す。
鹿野は千秋サンを一瞥すると、足元へ視線を移し質問に答えた。
「いや、今の人外対処の現場の状況について、どう思ってるのか気になってな……。」
「そういうことね。う〜ん……正直あまり良くないと思う。
人外が強くなっていってるのは、調査結果が出なくても肌で感じてるし。
それに、そのせいで新人や中間層が育つ前に死んでしまうのが現状ね。」
「やはりそうだよな。」
「うん。」
鹿野と千秋サンは沈黙する。
その沈黙を破ったのは太一だった。
「……でもさぁ、今の状況を変えるのは無理だろ。
上も鹿野に言われるまで調査すらしなかったんだしよ。」
「確かにそうだよね〜。
後方で治療に当たってる私でも、明らかに怪我人が増えたなって感じるもん。」
太一の発言に、千秋サンの隣に座って聞いていた茉琴が付け加える。
その後、何かを考えていた鹿野が口を開いた。
「……なら、現場の環境を変えるしかないな。」
「そうは言っても、どうやって変えるんですか?」
鹿野の発言に、春馬が妥当な質問をする。
その問いに、鹿野は確固たる意志を持って答えた。
「現行制度を——改革する。」
「制度を……改革する??
そんなことが認められるのか?」
「確かに、鹿野は実績積みまくったから、もう幹部候補って言われてるけどさ。
さすがに、制度を変えるのはむずいんじゃね?」
晴明の問いに太一も賛同する。
鹿野は短い沈黙のあと、話を続けた。
「難しいだろうな。
しかし、やらなければならない。
今のままだと、死人が増えていくだけだ。
それに、殉職率が90パーセントにも達していれば、人が集まりにくいのは目に見えている。
だってそうだろ?入隊してもほぼ死ぬんだからな。
そんな職場に、誰が好き好んで勤めにくる?」
「……そうだな。普通は嫌だろう。」
「死と隣り合わせなのは変えられない。
だから、せめて新人が育つ前に、次々と死んでしまう環境ぐらいは変えなければならない。」
静かに見守っていた螢が、それでも問いを投げかける。
「斎、変える意味と理由は俺たちも理解してる。
だが、制度を変更する方法はどうする?
この前のように本部長に直談判するのか?」
「それに近いものになるな。」
「でも、それだったらこの前のように、『検討する』でまとめられてしまうんじゃない?」
千秋サンの問いに、鹿野は説明を始める。
「本部長は『検討する』と言ったあと、実際に調査を行なってくれている。
報告した時は、推測の域を出ないと退けられたが、実際に動いてくれたのを見るに、改革できる可能性は十分にあると私は思っている。
しかし、この前のように直談判から始めていては、大きな物事を変えるまで時間が掛かりすぎてしまう。
一刻も早く、現場の環境変化を起こすためには、本部長に話すだけではダメだ。」
「じゃあどうするの?」
鹿野の説明を聞いていた茉琴が、さらに質問を投げ掛けた。
鹿野は意を決してみんなへ告げる。
「……幹部会議を開く。
そして、その場で提案し、採決を取ったのち即時変更を求める。」
「できんのか〜?そんなこと。」
静かに聞いていた太一が、気怠げに鹿野へ問い掛けたが、鹿野は真剣な面持ちで返答した。
「ああ。できるできないで立ち止まってはいられないからな。やるんだ。」
鹿野の考えを聞いていた一同は、それぞれがその言葉を受け止めていた。
そんな中、螢が鹿野へ声を掛ける。
「そうか。……なら、行ってこい。」
誰も螢の言葉に反論しなかったため、鹿野は机から腰を上げ、姿勢を正した。
「うん、行ってくる!
本部長に、会議のアポイントを取りに。」
そうして鹿野は、幹部会議を開くために本部長のもとへ向かった。
その後、本部長は開催を承認。
そして1ヶ月後、鹿野は制度改革案を携え、幹部会議に臨んだ。
第二十話を閲覧して下さり、誠にありがとうございます。
次回、第二十一話は11月6日(金)20時頃に投稿いたします。




