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猫耳少女はなぜ呪われたのか  作者: 鈴女亜生


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20/27

ノコギリとストーカー

 知っている可能性が高い人に逢いに行くと姫渕さんは言ったが、そもそも、犬山さんに関して知っている可能性のある人から、俺は話を聞いていないことに気づいていた。


 俺は引かれる自分の手を見ながら、その最初に話を聞くべきだった相手に質問してみる。


「昨日、学校で犬山さんに変わった様子とかなかったの?」


 俺がそう切り出すと、俺の手を引いていた姫渕さんが歩きながら、ゆっくりと視線を上に向けていた。

 それに釣られて、俺も視線を空に向けてみるが、もう暗くなり始めている以外の情報がそこに転がっていない。


「いえ、特に変わった様子はなかったと思いますよ。あっ…いや、そういえば、少し朝の様子がおかしかったような気が?」

「何かあったの?」

「それは…分かりません。昨日は海原さんに話すことで頭が一杯だったので、莱花を気にする余裕がありませんでした」


 今度は反省するように俯きながら呟いた姫渕さんを見て、この冷静さの塊に見える姫渕さんも緊張することがあるのかと当たり前のことに驚いていた。


 確かに魔法使いであることを告白するとなると、それ相応の緊張感に襲われるはずだ。


 自分がおかしなことを言っているのではないかと思われる可能性もそこにはある上に、姫渕さんは犬山さんに知られる覚悟で俺に教えてくれたのだから、その関係が崩れる可能性も考えて、とても怯えていたのだろう。


 そう想像したら、犬山さんの様子が少し変わっていたとして、それを気にかける余裕があったとは思えない。

 そのことを考えながら、俺が一人で納得していたら、不意に姫渕さんが振り返ってきた。


「ところで私からも一つ質問いいですか?」

「ん?どうしたの?」

「いつになったら、手を離してくれるんですか?」


 不思議そうに言いながら、姫渕さんは俺の手を握った片手を上げた。

 さっきから、その手には力が入っていないのだが、このまま離すまいと俺が一方的に握り返していた。


 それを指摘していると分かるのだが、俺は取り敢えず、首を傾げることにした。


「いや、分からないみたいな表情はやめてください。分かっていますよね?離してください」

「でも、道に迷うかもしれないし、繋いどいて損はないからね」

「この瞬間にも、大切な私の尊厳が失われている気がします」


 俺と手を握っただけで?姫渕さんの尊厳が失われるの?それはもう俺、そういう能力者じゃない?


 そう思ったが、俺は柔らかな姫渕さんの手の感触を手放すつもりはなかった。


 この感触だけで、お茶碗一杯のご飯が三杯くらいは食べられる。それくらいのご褒美だ。

 それを簡単に手放すと思ったら大間違いだと思いながら、俺は姫渕さんに宣言する。


「俺は切り落とされない限り、姫渕さんの手を握り続ける!」

「……気持ち悪い」


 あ、それはちょっと心に来た…


 それでも、俺はこの数少ない人生のチャンスに、全力を捧げると決めていた。


 どれだけ気持ち悪いと言われようと、俺は姫渕さんの手を離さない。この感触が脳に染み込み、目を瞑っただけで思い出せるようになるまで、俺は姫渕さんの手を握り続ける。


 その覚悟が伝わったのか、姫渕さんは溜め息をつくだけついて、それから、もうその手のことを言ってこなくなった。


 勝った。俺は満足しながら、姫渕さんの手の感触を再度、楽しみ始めていた。


 しかし、それも姫渕さんが近くの店に唐突に入るまでのことだった。


 そこはホームセンターで、木材を切るためのノコギリとかが並ぶ中、姫渕さんが無言で俺の腕を見始めて、俺はそっと姫渕さんの手を離した。



   ▲▲   ▲▲   ▲▲



 姫渕さんの言っていた犬山さんについて知っている可能性の高い人物だが、その顔を見るまでもなく、俺は何となく見当がつき始めていた。


 姫渕さんに途中まで手を引かれて、俺はその人のいる場所に向かっていたのだが、その場所は以前、俺も行ったことのある場所だと、その途中で気づいた。


「あれ?この先って…でも、今日は土曜日だよね?」


 週末は流石にいないのではないかと思ったのだが、そう断言できることでもないらしく、姫渕さんはかぶりを振った。


「土曜日でもいることがありますので、自宅以外で逢う可能性が最も高いのが、あの場所です」


 その説明を受けた数分後には、その目的地まで俺と姫渕さんはやってきていた。


 その中に入って、問題の人物の姿を探してみるが、こちらは探すまでもなく、その中にいるところを発見することができた。

 俺と姫渕さんはその前まで移動して、その人物の前に腰を下ろす。


 相手は俺達が近づいた段階で気づいていたようで、俺と姫渕さんがテーブルについたと同時に、その直前まで読んでいた()から顔を上げた。


「これはどうも、こんにちは…こんばんはですかね?」

「どうも」


 俺が軽く頭を下げたのに対して、姫渕さんは一切の反応を見せずに、目の前に座っている()()をじっと見ていた。


「今日は恋人を連れてきた形ですか?」

「冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ」

「え…?」


 天岐が言った冗談に対して、挨拶の時は見せなかった素早い反応を見せて、姫渕さんが否定した。

 その言葉が完全に油断していた俺の心に突き刺さり、俺は反応の言葉すら出せなかった。


「これは失礼。確か、犬山さんのご友人ですよね?」

「流石にご存知ですか?」


 姫渕さんと天岐の会話は淡々と始まったが、その間に漂う雰囲気は鴉羽さんとの間の雰囲気とはまた違った形で、ピリピリとしたものになっていた。


 やはり、あの時と同じで俺は息が詰まりそうだが、今回は前回と違って、それが姫渕さんからの一方的なものである点が助かっている。


 天岐から姫渕さんに向けられている感情は、好きな人の友人というものであるようで、少なくとも、そこに敵意のようなものは感じられない。


「それで、ここに一体何のようで?」

「莱花を探しています。何か知りませんか?」

「犬山さんを?」


 その一言は流石の天岐も動揺させたようだった。


 それまでの余裕の笑みが崩れ、その変化に姫渕さんはそれまで発していた刺々しさを少しマイルドなものに変えていた。

 これは恐らく、天岐が関わっていないと気づいたのだろう。


「何も知りませんか?」

「申し訳ないが…いや、待てよ…」


 一瞬、否定しかけた天岐だったが、不意に何かを思い出したのか、考え込むように俯き始めた。


「昨日の朝のことですが、犬山さんと足利君が親しそうに話しているところを目撃したのですよ」


 犬山さんと足利が話していると聞き、俺と姫渕さんは怪訝げに眉を顰めることになった。


 少なくとも、犬山さんは足利から試合に誘われたことなどの一切合切を覚えていないはずだ。

 その二人が親しげに話す理由が思いつかない。


 そう考えていたが、天岐の話はそこで終わりではなかった。


「それで一体何を話していたのかと気になって、僕は足利君に声をかけたのですよ。犬山さんと何を話していたのか、と」

「それで何を?」

「以前、告白して振られたのだが、それは一方的なものだったと反省し、好きな人に好きになってもらう努力として、何かをしようと考えたらしく、何か困っていることがあれば、何でも相談するように話しかけていた、と。もちろん、犬山さんは特に何も困っていることはないと答えたそうなのですが、同級生なのだから、気軽に相談するようにお願いしていたそうです」

「あの足利君が?」


 急にそんなことを言い出すとは何か心変わりする理由があったのだろうか?

 俺がそう考えていると、その次に天岐の問題の発言が続いた。


「その時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが、足利君と二人の場面なら問題ないだろうと思っていたのです」

「光峰様に目撃された?」

「光峰様…?」


 姫渕さんと天岐が不思議そうな顔で俺を見てきたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。


 光峰様は天岐について、全てを把握するために調べているはずだ。


 そこで接触している機会のない足利と接触していたとなると、その理由を気にして、その部分を調べる可能性がある。


 そして、それが今、天岐も考えたことのようだ。


「もしかして、その時に調べられた可能性が…」

「まさか、光峰様が犬山さんに何かした?」

「その可能性があるかもしれません」


 表情から余裕を消した天岐の助言に、姫渕さんはどう思ったか分からないが、俺は深刻さを感じていた。


 あの光峰様なら、天岐の思い人だと知った犬山さんに何をするか決まっているようなものだ。


「殺される…」


 そう呟いた俺の一言に姫渕さんは眉を顰めていたが、天岐は冗談と受け取らなかったようで、苦々しい顔をするだけだった。


「光峰様に連絡する方法は?」


 俺は天岐に聞いてみるが、天岐はかぶりを振るだけだ。


「いろいろと面倒なので、着信拒否にしています」

「いや、確かに。こっちからは普通そうなる」


 あの狂気に触れていたら、その対応が当たり前と思うことしかできないので、天岐を責めることができない。


 ただ天岐から連絡が取れたら、光峰様は間違いなく逢いに来るはずなのだが、それをすることが――と思っている途中のことだった。


 俺は思い出して、自分のスマホを取り出していた。


「あった…」

「どうしたんですか?」

「俺、()()()()()()()()()()()()わ」


 天岐の情報を売ると約束して交換したことを思い出し、そのことを天岐に伝えると、天岐は苦々しい顔を更に強くし、姫渕さんはようやく冗談ではないと思い始めたようだった。

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