墓場と約束
光峰様が犬山さんに何かをした可能性はあるが、それが真実かは分からない。凄まじい冤罪の可能性ももちろんある。
そのため、本格的に調べるためには、その確定的な証拠を得る必要があると考えた。
そこで俺は光峰様から、その犯行を自供させる方向で話を進めようと思ったのだが、それが簡単にできるはずもない。
それが簡単にできるなら、そもそも悩む必要もないくらいだ。
特に俺や姫渕さんにそれができるとは思えなかったので、最もそれができる可能性の高い人物に、全面的に任せようと考え、俺は光峰様の連絡先を天岐に押しつけた。
天岐は自分がするのかと驚いていたが、結果次第では犬山さんが好意を寄せてくれるかもしれないと、鼻っ面に人参をぶら下げてみると、すぐに光峰様に連絡し始めていた。
賢いのか単純なのか分からないが、この本能に忠実な感じは嫌いではない。
やはり、天岐とは友達になれそうだと俺は改めて思う。
「ところで」
天岐が連絡を終えるまで待とうとしていると、姫渕さんが唐突にそう切り出した。
「光峰さんを提案した身として、このような質問をするのも何ですが、本当に光峰さんが莱花に何かする可能性があるのですか?」
「姫渕さんはその可能性を考えたから、候補に入れたんだよね?」
「はい。ですが、それはあくまで間接的な行動で、直接的な行動を取るとは思っていません」
間接的なら何かをすると思われている時点で、相当に危険な人物であるとは思うのだが、姫渕さんの認識では、そこから直接的な行動の間に大きな隔たりがあるようだ。
魔術や魔法を用いて、人に呪いをかけることはあっても、その相手に対して直接的な――例えば、誘拐のような――犯罪行為は行わないという認識らしい。
しかし、それは光峰様がどれだけ天岐に対して、歪んだ愛情を持っているか知らないから思えることで、それを知ってしまっていると、その返答は一つしかない。
「必要であれば、それくらい。俺が話した光峰様はそういう感じだったよ」
犯罪行為が必要とは、どのような状況なのだろうか?と自分自身で疑問には思ったが、その意味不明さまで含めて、光峰様をうまく表現できていると俺は思った。
それを聞いた姫渕さんが少し眉を顰めて、図書館から出ていった天岐のいる方を見ている。
自分の命惜しさに逃げ出す可能性はあるが、天岐はそういう男ではない。
これが好機と思ったら、意地でもその好機を掴もうとするはずだ。そういう意味では、天岐と光峰様は似ていると言えるのかもしれない。
「しかし、このような事態になるなんてね」
俺は少しでも話題を変えようと思ったが、特に話題も思いつかなかったので、取り敢えず、不穏な沈黙をなくすために、そう切り出していた。
本当に想定外にも程があるというものだ。何がどう狂ったら、こうなるのか神様にでも聞きたい気分だ。
「光峰さんの行動…というよりも、この場合は天岐会長を動揺させるほどに、足利君が積極的になったことが原因と言えますね。一体、何があったのでしょうか?」
「そうだよね。これまで試合に誘うくらいしかしていなかったはずなのに、急に何かしようとするなんて…」
そう言いながら、俺は妙な記憶の引っ掛かりを覚えていた。
何故かは分からない。分からないのだが、これに似た話をどこかで聞いた気がする。
それを何とか思い出そうとしていたら、天岐が図書館の中に戻ってきた。
その姿が思い返そうと思っていた記憶と重なり、ふと図書館で天岐と逢うのは、これで何度目だっただろうかと俺は思った。
それから、それがまだ二度目であることを思い出し、俺は間に挟まった夢の中での出来事を思い出していた。
夢の中で犬山さんと逢い、光峰様と逢い、天岐と逢い、足利と逢い、姫渕さんと逢った。
その最後の流れ。足利から姫渕さんに行く前のことだ。
俺は足利が犯人かどうか確認しようとして、何かを聞いた気がする。
あれは確か――
「ところで、足利君はその好きな人のために何かした?」
あ。その質問を思い出した瞬間に、口から飛び出した言葉だ。
それを隣で聞いた姫渕さんが不思議そうに俺を見てくるが、俺は何も言うことができない。
あの時のあの会話が夢の中で行われ、その意識を足利が潜在的に持っていたとしたら、夢から目覚めた足利はどのように行動するだろうか?
そのシミュレーションの必要がないほどに分かりやすい結果を想像し、俺は脂汗を止めることができなかった。
もしかしたら、俺っていらないことをした?
その確認が誰かにできるはずもなく、俺は墓場まで持っていくことに決めた。
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結論から言うと、天岐は光峰様が犬山さんに何かしたのかという確認に失敗していた。
そのことに姫渕さんは怒りを見せ、天岐に対する軽蔑の意識を隠すことなく、睨みつけていたが、俺は正直なところ、無理だろうと思っていたので納得しかしなかった。
天岐がどう聞いたのか、図書館の中にいた俺や姫渕さんに知りようがないが、普通に考えて、犬山さんを攫ったかと聞いて、それを素直に話すはずがない。
流石の光峰様も、相手が天岐だとして、簡単に口を割らないはずだ。
それは天岐のことだから、最初から分かっていることだろう。
そう思っていたら、やはりそうだったようで、天岐は確認に失敗した代わりに、別の約束を取りつけていた。
「ということで、今から光峰さんと逢うことになりました」
「骨を拾いに行けばいいのか?」
「死ぬ前提はやめてください」
「だけど、もしも、本当に光峰様が犬山さんに何かしていたら、お前の歪んだ性…好意のこともバレている可能性があるぞ?殺されるかもよ?」
「今一瞬、何か漏れかけましたよね?」
特に何も言おうとしていない。これは間違いないことだ。深く詮索するわけではない。
そう心の中で念じながら、俺は天岐がどうするつもりなのか気になっていた。
「それで光峰様と逢うとして、それでどうやって犬山さんがどこにいるか知っているのかとか、そのどこかを話させるんだ?」
光峰様と逢うことができたとして、一番の問題はそれが犬山さんと繋がりにくいという点だ。
仮に光峰様が犬山さんを攫っていたとして、犬山さんの居場所を光峰様が素直に話すはずがないことは既に分かり切っている。
直接逢ったから、それが変わるとは到底思えないので、そこに策がなければ、ただ天岐が死ぬだけで終わってしまう。
それにもう一つ。俺は危惧していることがあった。
「そもそも、犬山さんが既に殺されている可能性は?」
冗談のつもりはなく、本気でその可能性を危惧し、俺は聞いたのだが、口に出した途端、姫渕さんに足の甲を強く踏まれ、俺は声も出せずに悶絶した。
「冗談でも、そのようなことを口にしないでください。もしも次に口にしたら、その時は私が…」
そこで姫渕さんは言葉を止めて、それが俺は余計に怖かった。
姫渕さんの気持ちは分かっていることだが、犬山さんがもしも光峰様に攫われたのなら、既に殺害されている可能性は高いことだ。
何せ、光峰様はそう断言していたのだから。実行に移していると考える方が妥当だ。
しかし、天岐との交渉で使えると判断したのなら、生かしている可能性も十分にある。
どんな形でも、それが天岐からの愛情であるのなら、喜んで受け入れる。その気概が光峰様にはあるはずだから。
その部分はその僅かばかりの可能性にかけても、その前に口にした問題は解決していない。
そう思っていたら、それは天岐も既に考えたことらしく、ゆっくりとかぶりを振ってみせた。
「犬山さんに何かをしたのかどうかなどは全て本人に話させます」
「そんなことができるの?」
「できるできないの話ではなく、するんですよ」
そう言いながら、不意に天岐が不気味な笑みを浮かべた。
その笑みを見た瞬間、俺は天岐が何故犬山さんを好きになったのか、その理由を思い出した。
「言うことを聞かないなんて、ようやく光峰さんも面白くなってきたじゃないですか?」
従わない人間を従わせる。その歪んだ嗜好に俺は改めて、天岐と光峰様は似ているのではないだろうかと思った。




