第73話 戴冠
わたしにハーンの称号を捧げる「捧名の儀」を終えて、ココチュが後ろに下がる。
「続きまして、戴冠の儀を執り行います」
わたしの後ろに立ち、リーナが、よく通る声で言った。
その言葉と共に、参列していた者達が、大きな盆の様な台を持って、進み出て来た。
彼らが持つ台には、一面に白い花の花びらが敷き詰められており……その上に、王冠と王笏が載せられていた。
彼らを代表して、コアクトが台の前に進み出る。
聖騎士サイモンとの戦いで白くなっていた髪は、儀式に際して、あざやかに朱く染められていた。
「りり・ハーン……トゥリ・ハイラ・ハーンに、我ら臣下臣民より、冠をお捧げ申し上げます」
コアクトが言った。
「捧げ台に載せられているのは、ハーンの御名と同じ、リリの花でございます。
りり様の民達が、りり様に捧げるために、心を込めて、花を摘み、お集め申し上げました」
コアクトの言葉に、わたしは敷き詰められた花を見た。
小さな白い花を咲かせる、リリの花。わたしの名前と、同じ花。
一面に敷き詰められている、これだけの量を集めるのは大変だっただろうに……今日、この儀式のために、ヘルシラントの、イプ=スキの、そしてマイクチェクの民衆たちが、心を込めて、ひとつひとつ花を摘んで集めてくれたのだ。
民衆が摘み集めた、「リリの花」の上に、王冠と王笏が乗せられているということ。
それは、王冠と王笏が……すなわち、わたしがハーンになるという事そのものが。「火の国」の民達によって、捧げられるという事を意味している。
その思いが伝わってくる様で、わたしは胸が熱くなった。
そして、白く輝く、一面の花びらの上に……ひときわ輝く、王冠と王笏が置かれている。
「王冠と王笏は、『灰の街』と『カイモンの街』からの捧げ物でございます」
コアクトが言った。
共に、人間の街である、「灰の街」と「カイモンの街」。
ゴブリンのハーンであるわたしに、王冠と王笏を献上するのは、人間たちも、わたしが「火の国」を治めるハーンとなる事を支持するという、何よりの意思表明となる。
そして、この「火の国」で。わたしが治める、新たなるハン国で。
人間たちとゴブリンたちの、末永い友好を願う意味も込められているのだ。
……………
わたしは、改めて王冠と王笏に目を遣った。
それぞれの品物については、予めコアクトから説明を受けていた。
カイモンの街からの献上品である王笏は、カイモンの街に立っており、街の象徴でもある、千年樹の枝から出来ている。
切り出した千年樹の枝をベースとして加工された王笏は、華美に過ぎない、白を基調とした、上品な高貴さを感じさせる出来映えになっている。
そして、その先端には、紅い宝玉が埋め込まれていた。
そして、「灰の街」で作られた王冠。
先日彼らに渡したミスリル鉱石を加工して作られており、ベースは虹色の白銀に輝く、ミスリルで出来た冠だ。
わたしの頭に乗せても重くなりすぎない様に、王冠、というよりも、髪飾り……ティアラに近い形になっている。
魔光石や竜牙、玉や宝石類が各所に埋め込まれている。王冠の造形と相まって、こちらも上品な高貴さを醸し出していた。
それだけでなく、王冠の内部には、わたしを守るための魔道具が、護符の形で組み込まれている。
先日、聖騎士サイモンの所持物から回収した、「弾除けの護符」そして「罠視の石」も埋め込まれていた。
ミスリルによって作られているので、魔法を寄せ付けない効果があるだけでなく、「弾除けの護符」によって飛翔物の攻撃からも身を守ることができる。そして、「罠視の石」によって、罠も感知する事もできる。
この冠は、これらの様々な危害から、わたし……ハーンの身を守る効果を持っているのだった。
そして冠は、コアクトの注文により、頭の上だけではなく、額の一部も覆う様なデザインになっていた。
聖騎士サイモンとの戦いで額を切られ、傷が残ってしまったわたし。
そんなわたしの事を気遣って……冠をつければ、傷が隠れて見えなくなる様なデザインにしてくれたのだった。
……………
「冠と王笏を、りり・ハーン……トゥリ・ハイラ・ハーンに、お捧げ致します」
コアクトの言葉と共に、台を持った、一同がわたしの前に歩み出る。
右賢王サカ。左谷蠡王ウス=コタ。弓騎将軍サラク。大尚書コアクト、そして「天の神巫」たるココチュの五人が、台を捧げ持って、わたしの元に歩み出てくる。
その後ろでは、各部族の重臣たちや来賓たちが頭を下げて、その様子を見守っていた。
目の前まで歩み出てきた五人によって、わたしに台が捧げ上げられる。
わたしは、玉座から立ち上がって、台の前に立った。
民衆たちが摘み集めてくれた、一面の白い「リリの花」の上に、王冠と王笏が輝いている。
わたしは、手を伸ばして、両手で王冠を持った。
そして、そのまま頭の上まで捧げ上げる。
上を向くと、どこまでも透き通った、青空が見える。
青空の中に、捧げ持った王冠がきらきらと輝いていた。
わたしは……そっと、王冠を頭に乗せた。
王冠が、わたし自身の手によって、わたしの頭に収まる。
頭に乗せられた冠が、わたしの頭の上で輝いた。
わたしは右手で王笏を手に取り、皆の前に向き直った。
頭に王冠を載せ、王笏を持った新たなるハーンが、玉座の前に立っている。
「……ご戴冠、万歳!」
コアクトの声とともに、一同は、一斉にわたしに向かって頭を下げたのだった。
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