第72話 ハーンの称号
寝覚めの月、その11日。
秋を迎えつつあるヘルシラントにて、リリ・ハーンの即位の儀が開催された。
新たなるハーンの即位を見届けようと、ヘルシラント山の周りには、各地から集まった数多くのゴブリンが集まっていた。
来訪者には、ゴブリンだけでなく「火の国」各地から来訪した人間たちも含まれている。
そして、「火の国」からだけでなく、即位の儀式に招待された、もしくは見物に来た、様子を見に来た周辺諸国のゴブリン達も数多く含まれていた。
こうした様々な者たちによって、ヘルシラントの山の周辺は、人の渦で覆われている。
その人数は、クリルタイ開催時から更に膨れ上がっていた。
クリルタイ開催の時期から継続して、ヘルシラント山周辺は連日賑やかな大騒ぎで。まるでひとつの街が出現した様な。祭りが毎日続いている様な状態になっていた。
そして、祭りとは言っても、この日に開催される行事は、より厳粛な。そして祝福すべき。歴史に残るものだ。
その瞬間を待ちわびつつ、集まった者たちは、いつもよりは少しだけ静かに。即位の、戴冠の儀式が行われる、ヘルシラントの山上を見上げていた。
快晴の青空の下。
太陽が真上まで登った時。
山上から、どん、と太鼓を叩く音が響いてきた。
その音を聞いた民衆達は、静まりかえって、一斉にヘルシラントの山を見上げる。
リリ・ハーンの、即位の儀の始まりだった。
……………
ヘルシラント山の頂上。はるか下に、山の麓に集まった者たちの渦が見える、山上の草原。
そこには、即位の儀式が行われる、幕舎が張られていた。
中心には、「族長の間」から運ばれてきた、玉座が置かれている。
これまでは、ヘルシラント族長としての玉座。そして今日からは、ハーンの玉座となるその椅子は、今日の行事に際してより豪華に作り替えられ、朱を基調とした布地が張られていた。
その玉座に、わたしは座っている。
見上げれば、どこまでも透き通った青空が広がっていた。
今日の儀式に相応しい、すばらしい天気だ。
わたしが座っている玉座の後ろには、虹色を含んだ白銀色の光を放つ、大きな鎧が立っている。
それは、聖騎士サイモンの着用していた、ミスリルの鎧だった。
七英雄として名を馳せ、ゴブリンたちを襲撃し、最終的にはわたしに討たれる事になった、七英雄の鎧。
白銀色に輝く大きな鎧は、玉座の後ろに置かれ、飾られる事によって、ハーンに権威を添えるものとなっていた。
この「サイモンの鎧」「聖騎士の鎧」は、この後も、常に玉座の後ろに置かれることとなる。
玉座に座るハーンが描かれる肖像画には、後ろに立つ白銀に輝くミスリル鎧が、必ず一緒に描かれることとなった。
そのため、後世の歴史において、わたしの国は「白銀鎧汗国」という異名で呼ばれる事となったのだった。
そして、幕舎の中。わたしが座る玉座の前には、「火の国」のゴブリンの有力者たちが一同に会していた。
ヘルシラント。イプ=スキ。マイクチェク。
かつては「火の国」の覇を競っていた三部族を代表する者達が、いまや、ハーンとなるわたしを共に支える存在として、ここに集っている。
わたしの前に立つ最前列には、新ハン国の首脳部となる者達が立っていた。
新たなる国で、右賢王となる、イプ=スキ族の少年族長、サカ。
左谷蠡王と矛剣将軍の称号を受ける、マイクチェク族の族長、ウス=コタ。
右賢王サカの側近で、弓騎将軍の称号を受ける、サラク。
そして、ヘルシラント族からは、コアクト。彼女は大尚書として、わたしに仕える文官のトップとなる。
これらの称号は、正式には、この即位の儀式の後、ハーンとなったわたしから授けられる事になっている。
そして、彼らのすぐ後ろには、各部族の重臣たちや来賓たちが並んでいたが、最前列には、「天の神巫」であるココチュが一族とともに床に座っていた。
彼女は、「天の神巫」として、わたしにハーンの称号を捧げる役割を持っている。
この「捧名の儀」が、ハーン即位に伴う最初の儀式であった。
……………
儀式の始まりとして、ココチュの一族が「ゴブリンの神に捧げる歌」を合唱する。
二弦琴の演奏に合わせ、一人で高音と低音を同時に発音する不思議な声色で、ココチュ率いる神巫の一族が歌唱する。
一同は静まりかえって、不思議な抑揚で、そして荘厳な雰囲気を持つ彼女たちの合唱に聞き入っていた。
やがて合唱が終わると、ココチュ老が床から立ち上がり、わたしの前に歩いてくる。
そして、ぺこり、と頭を下げて言った。
「この度は、ハーンへのご即位、心よりお祝いを申し上げますじゃ」
「ありがとう」
玉座に座るわたしが礼を言うと、ココチュは満面の笑みを浮かべて言った。
「ゴブリンの神の代理人である、ココチュが申し上げます」
「神の啓示により、新たなるハーンに、ゴブリンの神より称号が与えられました」
そう言って、ココチュは巻かれた羊皮紙を捧げる様に差し上げた。
わたしの後ろに控えていたリーナが歩み寄り、羊皮紙を受け取る。
そして、わたしの所まで戻ってくると、跪いて羊皮紙を捧げ持った。
玉座に座るわたしは、羊皮紙を受け取って、書かれた文字を読むために広げる。
それに合わせる様に、ココチュが言葉を紡いだ。
「ゴブリンの神より下された啓示によれば……新たなるハーンの称号は……
『トゥリ・ハイラ・ハーン』でございます」
「トゥリ・ハイラ・ハーン……」
わたしは、羊皮紙に「ゴブリン文字」と「鶻文字」で併記された文字を見ながら、繰り返した。
「はい、『トゥリ・ハイラ・ハーン』でございます」
ココチュが頷いて言った。
「『トゥリ』は、『天』を指す言葉です。
そして、『トゥリ・ハイラ』とは、今、我らの上にある、澄みきった青空……天を、創造する者という意味ですじゃ。
これから天下を治め、ゴブリンの天下を創造し、広げて行かれるハーンに相応しき名かと思いますじゃ」
「天を、青き空を……創造する、ハーン……」
わたしは、空を見上げた。
見上げれば、青空が広がっている。
今は、幕舎に区切られて、手を広げれば収まってしまう広さに見える、青空。
しかし、この幕舎を出れば、天は……青空はどこまでも、どこまでも広がっている。
わたしを信じて、ついてきてくれるゴブリンたちの新しい国は、今は大陸の片隅、「火の国」だけだけれど。
いつの日か、この青空の、天の様に、どこまでも、どこまでも広がっていくのだろうか。
ココチュが続けた。
「……『トゥリ』は『天』だけでなく、様々な意味を含んでおります。『風』や『叙事詩』という意味もございます」
「風……そして、叙事詩……」
「左様でございます」
ココチュが頷いた。
「『風』の方は、空を吹き抜ける風のごとく、ハーンの国がどこまでも広がり、ハーンの威風がどこまでも伝わっていく意味合いを持っていますじゃ」
聞き入っているわたしに、ココチュは続けた。
「そして、『叙事詩』という意味もございます。
すなわち、この称号は、叙事詩を創造する者、叙事詩を紡ぐ者、という意味も持っております。ハーンの国が、ハーンのご活躍が、後の世に叙事詩として語られるものになる事を、この称号は示しているのですじゃ」
「叙事詩を、紡ぐ者……」
その言葉が、わたしの心に染み入ってくる。
本に囲まれて育ち、文学少女として様々な物語に心を躍らせてきた、わたし。
歴史上の英雄達の活躍に、彼らが生み出す物語に。そして、昔から生み出されてきた様々な叙事詩を、夢中になって読み続けていた、わたし。
だが、これからのわたしは、ハーンとなったわたしは……
歴史を生み出す者に。
物語を生み出す者に。
そして、「叙事詩を紡ぐ者」となって、後世に残る物語を生み出して行く存在となっていくのだ。
本の読者だった、物語の読み手だったわたしが、これからは……未来の人たちに読まれる、語り継がれる物語を生み出す、物語の主役としての存在となるのだ。
「叙事詩を紡ぐ者」という言葉に、じわじわと、実感が湧き上がってくる。
……………
「……これらの様々な意味合いを含んでおりますが、いずれの意味も、ハーンに相応しい、ハーンのすばらしき御代を象徴するものであると思いますじゃ」
ココチュの言葉に、わたしは頷いた。
様々な意味合いを含んだ、「トゥリ・ハイラ・ハーン」の称号。
その名前が、じんわりとわたしの中に溶け込んでくる。
言葉が示すどの意味も、とても良いものだ。
中でも、「叙事詩を紡ぐ者」という言葉が、わたしの心に深く響いたのだった。
トゥリ・ハイラ・ハーン。
とても良い称号だ。
そしてわたしは……その称号に相応しい、そして、その名に恥じない、ハーンになりたい。
わたしは、そう思った。
始めてココチュ老に会った時、怪しげな、油断ならない人物だと思って……それは、今でも変わっていないけれど。
だけど、「神の啓示」として彼女が捧げてくれた、ハーンの称号は、とても良いものだ。
(ココチュ老に称号を伝えた、「神」は、本当にいるのかもしれない)
「トゥリ・ハイラ・ハーン」という称号の響きを、心の中で反芻しながら、わたしはそう考えていた。
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