第71話 クリルタイ(後編)
わたしのハーン即位に伴い、挨拶に来訪した、大巫女ココチュ。
その思惑、そしてこれからどう付き合っていくべきなのか。
そんな事を考えながら、ウス=コタの方を見ると、憤慨していた先ほどとは一転して、何だか落ち着かない表情だった。
「……どうしました?」
わたしが尋ねると、ウス=コタは珍しくもじもじしながら言った。
「い、いえ、次の来訪者が、我がマイクチェク族の者なので……」
「? マイクチェク族の有力者の方達とは、これまでも結構顔合わせをしたと思いますが……」
「あ、はい。でも、次は……」
ウス=コタがそこまで言った時、
「お初にお目にかかります、りり様!」
「族長の間」に、大きな声が響き渡った。
その声と共に、大きな足音と共に大きな姿が部屋に入ってきた。
それは、とても大柄なゴブリンだった。
本当に大柄だ。わたしの横に立つウス=コタも、ゴブリン離れした大柄な体躯を持つが、入ってきたゴブリンは更にそれよりも一回り大きい。
驚いたのは、そのゴブリンが女性だという事だった。
そして、その大柄なゴブリンは、お腹がかなり膨らんでいた。これは……。
わたしがそんな事を考えていると、その女ゴブリンはその場でわたしに向かってぺこりと頭を下げて会釈をした。
「りり様。……身重の身ゆえ、立礼とさせていただくご無礼をお許し下さい」
わたしが頷くと、彼女は改めてその場で立礼して、部屋に響き渡る凜とした声で言った。
「お初にお目に掛かります。先の副王が一子にして、現在のマイクチェク族王妃、トワでございます」
王妃……
横に立つウス=コタを見ると、彼は小さな声で言った。
「はい、私の妻です……」
その言葉を聞いて、改めて目の前に立つトワを見た。
夫であるウス=コタよりも、更に一回り大きな身体を持つトワは、先の副王ワント=シンの一人娘らしい。副王も大柄な体躯で知られていたので、その性質が娘にも伝わっているという事だろう。背伸びすれば天井に頭が付きそうなほど、大きい。
それにしても、ウス=コタに妻がいたとは知らなかった。しかも身重の身で、あの大きさだと出産も近そうな感じだ。
だが、それよりも目を引くのは、やはりその身体の大きさざった。
見上げる様にトワを眺めていると、彼女はわたしを見て言葉を続けた。
「この度の、りり様のハーンご即位、心からお喜びを申し上げます。
また、我らマイクチェク族と良人ウス=コタをお引き立ていただき、誠にありがたく思っております」
「お祝いの言葉、ありがとう」
わたしは、トワに言った。
「ウス=コタ殿にはいつも助けられています。
新たなる国では、彼には左谷蠡王として、引き続きわたしを支えて貰う予定です」
「我がマイクチェク族に、そして我が良人に、過分の地位を与えて下さり、感謝にたえません」
トワは、そう言って頭を下げると、言葉を続けた。
「また、りり様におかれましては、先般に我がマイクチェク族を襲撃した聖騎士サイモンを倒して下さったとの事、改めて御礼を申し上げます。
先王を始め、殺された我が一族の敵を討っていただいた事に感謝を申し上げるとともに、七英雄たるサイモンを倒されたそのお力に、心からの敬意をお捧げ申し上げます」
トワは知性を感じさせる整然とした言葉使いで、武人然とした夫のウス=コタよりも、余程、部族の長としての雰囲気を感じさせる。
「ありがとう。聖騎士サイモンとの戦いでは、ウス=コタ殿もわたしを助けて力を尽くしてくれて、本当に感謝しています」
わたしがそう言うと、トワは笑いながら、急に砕けた口調になって言った。
「いやいや、うちの人、全然役に立たなかった様で、申し訳ないです」
「ト、トワさん……!」
慌ててウス=コタが口を挟もうとしたが、それを制してトワがぴしゃりと言った。
「お黙り! 全く、人間の騎士一人に遅れを取るなんて、情けない……」
そう言って、膨らんだお腹を撫でながら続けた。
「あたいがこんな身体でなければ、聖騎士の一人や二人、叩き潰してやったのにね」
言いながら、腕をぐるぐると回す。この巨体であれば、本当にできてもおかしくない感じだった。
「ト、トワさん、そのくらいで……」
ウス=コタがワタワタしながら言うと、トワは豪快に笑いながら言った。
「何はともあれ、我が良人が倒せなかった聖騎士を討ち取ったりり様に、心からの敬意を捧げます。そして、王であるウス=コタが仕えると決めたりり様……ハーンに、マイクチェク族の王妃として、改めて忠誠をお誓い申し上げます」
そう言って、改めてわたしに頭を下げてくれる。
「ご即位の祭典を、楽しみにお待ち申し上げております」
最後にそう言って、トワは下がっていった。
横では、ウス=コタがばつの悪そうな、それでいてほっとした表情を浮かべている。
彼女のさっぱりとした、豪快な人柄を感じるとともに、ウス=コタとの夫婦関係も垣間見られて、何だか面白かった。
……………
そうした様々な会見や謁見をこなしているのと並行して、ヘルシラントの各所では「クリルタイ」の本来の目的である、会議も続けられていた。
統一された「火の国」の新たな国の形、そして組織を決めるための会議だ。
会議を取りまとめるコアクトを中心に、ヘルシラント、イプ=スキ、マイクチェクの三部族の代表たちが集まり、新しい国の諸制度について、会議で話し合いを続けていた。
会議の要所では、わたし自身も参加して、意見を出した。
わたしが部族長になる前。幽閉時代から読んでいた様々な物語や書物。そこから得た知識、そして、わたしが考えている新しい国に望む「あるべき姿」を示して、議論に加わる。
同じように書物を読み、知識を持っているコアクトにも補佐して貰い、また、各部族の年長者たちから現実に即した意見を出して貰いながら、議論をすりあわせていく。
新しい国家……ハン国で新設される官位や役職、組織、そしてその他の国家運営に必要な事項が、話し合いで、そして最終的にはわたしの裁定の下、次々と決定されていった。
新国家では、ハーンとなるわたしの下に、ヘルシラント、イプ=スキ、マイクチェクの三部族が、概ね現在の勢力圏を担当して統治する形となるので、基本的な形は現在と変わらない。
唯一、議論になった……というより、揉めたのが、イプ=スキ族とマイクチェク族の所管領域……言い変えれば、勢力範囲の策定だった。
イプ=スキ族とマイクチェク族は、聖騎士サイモンの来襲で中断されたものの、直前まで戦争状態にあったので、両者の勢力の線分け、区分けが課題となったのだ。
具体的には、戦争を通じてマイクチェク族がイプ=スキ族から奪取し占領した、「チランの村」周辺地域の帰属が焦点となった。
イプ=スキ族側は、統一の過程で戦争が終わったのだから、戦争前の状況に戻すべき、イプ=スキ側に返還すべきと主張した。
一方でマイクチェク族側は、この戦争は、統一の過程とは別であり、ハーンの傘下に入る前に独立して行われていた戦いなのだから、占領地は自分たちに属すると主張した。
どちらの意見も一理あり、いずれも譲らずになかなか解決しなかった。
そして、「チランの村」では、既に一部でマイクチェク族が移住を始めているのも、問題を複雑化していた。
こんな状況でどちらかに有利な裁定を下すと、後々に禍根を残す事になりそうだった。
最終的には、わたしが裁定に入り、チランの村と周辺地域は、わたしが預かる事になった。ハーンの直接統治の下、両部族が居住できる「ハーン直轄地」として扱う事で、当面の解決としたのだった。
……………
こうして、新たな国の諸制度や、様々な議題が話し合われた「クリルタイ」。
最後に決定された、そして全会一致で決定された事。
それが……わたしの、リリ・レンティの、「火の国」のハーンへの即位だった。
会議に集まった全てのゴブリンたちの拍手と、万歳の声の中。
わたしをハーンに推戴する事が決定した。
戴冠の、即位の日は、会議最終日から数日後の吉日に決定されて。
ハーンへの即位、そして即位の日程が正式に決定した事で、「クリルタイ」は、祝祭に向けた明るい雰囲気に包まれ、ゴブリンたちによる、前祝いも兼ねた祭りの場へと姿を変えていくのだった。
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