第68話 ハーン推戴(前編)
「これは……?」
ゴブリンたちが運んで来て、机に置かれたもの。
それは、以前に彼らが「リリ」に献上した、ミスリル鉱石だった。
「そう、これは……以前、貴方たち『灰の街』に譲っていただいた、ミスリル鉱石です」
コアクトが言った。
「このミスリル鉱石で、貴方たち『灰の街』に、作っていただきたいものがあります」
「我々に……ですか?」
レバナスは、改めてミスリル鉱石を手に取った。
よく見ると、ミスリル鉱石は、彼らが献上した時とは異なり……一部が削り取られた様に欠けていた。
欠けた部分を眺めているレバナスに、コアクトがさらりと言った。
「それは、りり様が、ご自身の能力で削られた跡ですね」
「なんと……」
コアクトの言葉に、レバナスは改めてミスリル鉱石を覗き込んだ。
ミスリル鉱石の一部分が。真四角に削り取られた様に欠けている。削られた部分の断面はきっちりと真四角になっており、ぴかぴかに光っている。この部分だけが綺麗に消滅した、としか思えなかった。
再生能力が付与されているサイモンの鎧(聖騎士の鎧)とは違い、こちらは普通のミスリル鉱石なので、消滅能力で消えた部分は再生せず、そのまま欠けているという事だろう。
「りり様がお力を試してみようと、そして、何か作ってみようと試しに削られたのですが……。
貴重で、魔力を弾く性質を持つ、このミスリルで作るべきものは何か。そしてやはり今後のお付き合いを考えると、ミスリル鉱石の加工は、皆さん、『灰の街』にお願いしよう、と判断されたわけです」
素知らぬ顔で、コアクトが説明する。
「これは……すごいお力ですな……」
断面を見ながら、レバナスが驚きの声を上げた。
……実際には、ミスリル鉱石が欠けているのは、ゴブリンの職人たちに削らせたからだ。
「リリ」の消滅能力で削った、と誤認させるために、真四角に削り出した上で、鑿で削った形跡が露見しない様に、断面も綺麗に磨いている。
これに加えて、先ほどは聖騎士サイモンの遺体の胸元を穿ち、敢えてその状態を「灰の街」の者たちをはじめとして、多くの者たちの目に触れされた。
「リリ」の能力では、実際には死体しか消せないが、消滅能力が、生きている者相手にも有効だ、と思い込ませるためだ。
「リリ」は、ミスリル装備ですら消せるし、生きている者にも効果がある、強力な消滅能力を持っている。
そして、聖騎士サイモンは、一騎打ちの結果、「リリ」の消滅能力によって、ミスリル鎧ごと胸元を抉られて絶命し、山上から叩き落とされた。
七英雄、聖騎士サイモンですら一蹴するだけの強力な能力を、今回の「ゴブリリ」は持っている。
秘密を知る一部以外の者たちに。「灰の街」の者たちに。そしてそこから情報が広がることで、大陸全土の者たちに、そう思わせる事が目的だった。
その様に「リリ」の能力が認識される事で、周囲からは一目置かれる事になるし、諸勢力に対する力の誇示。そして抑止力にもなる。
その事が、「リリ」の身を守ることにもなるし、今後の情勢を見据えれば、必要不可欠な要素となってくる。コアクトはそう考えていた。
……………
削られた断面をしばらく見ていたレバナスは、気を足り直した様に尋ねた。
「それで、この鉱石で、私たち『灰の街』に作って貰いたい物とは、何ですか?」
レバナスの言葉に、コアクトは応えた。
「はい。それは……『冠』、です」
「冠?」
「はい」
コアクトは頷いた。
「私たちゴブリン自身で作っても構わないのですが、りり様は、この先を見据えて、貴方たち人間との……特に、皆さん『灰の街』との関係を大切に考えておられます。それゆえ、『冠』の作成を、貴方たちに依頼させて貰いたいのです」
コアクトの言葉に、レバナスはほう、と声を上げた。
「りり様が冠を……! と、いう事は、いよいよ……?」
レバナスの言葉に。
コアクトは「はい」と、しっかりと頷いたのだった。
……………
その日。
「族長の間」に、ゴブリンの代表者たちが訪ねて来た。
コアクトと、ヘルシラント族のゴブリン指導者たち。
イプ=スキ族の主、サカ少年と、側近のサラク。
そして、マイクチェク族のウス=コタだった。
「どうしました?」
来訪の目的を尋ねるわたしの前で、彼らは、一斉に跪いた。
「りり様」
コアクトが、顔を上げて言った。
「この度の聖騎士サイモン討伐を通じて、新たに、マイクチェク族の族長、ウス=コタ殿が帰順して下さりました」
その言葉に目を遣ると、ウス=コタは跪いたまま、しっかりと頷いた。
「……これにより、『火の国』の三部族……ヘルシラント、イプ=スキ、マイクチェクの三族が全て、りり様の傘下に加わった事になります」
「確かにそうですね」
わたしは頷いた。そして、目の前の皆を改めて見渡した。
気がつけば、「火の国」の主だったゴブリンたち全てが、目の前に揃っている。
様々な出来事が続いて、その時々で夢中になって対処していた内に、今こうして、各部族のみんなが、自分の元に集まって来てくれている。ありがたいことだった。
「これはすなわち。『火の国』が、りり様によって統一された事を意味します」
コアクトの言葉に、彼らは頷いて……そして、一斉にわたしを見た。
「それ故に……今こそ」
コアクトが、そこで一度言葉を止めて。
そして、わたしの顔を見上げて、高らかに告げた。
「りり様に、『火の国』のハーンの座に、即いていただきたいと思います」
その言葉とともに、目の前の者たちが一斉に立ち上がって叫んだ。
「りり様、どうか、ハーンにご即位を!」
「リリ・ハーンの誕生ですね!」
「りり様に栄光あれ!!!」
(……ええええっ!?)
突然の事に、わたしは当惑して、立ち尽くしてしまったのだった。
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