第69話 ハーン推戴(後編)
「りり様に、『火の国』のハーンの座に、即いていただきたいと思います」
……………
「えっ、あの……えっと……」
突然の展開に、わたしは当惑してしまった。
「わたしが……ハーン、ですか……」
「はい」
コアクトが頷いた。
「りり様のご活躍により、『火の国』のゴブリンたちは統一されました。今こそ、ハーンの座にお即きになり、内外にご即位を、ゴブリンを統べるハーンの誕生を宣言なさるべきです!」
「その通りです!」
後ろから、ウス=コタも大声で言った。
「りり様は、あの七英雄、聖騎士サイモンを倒し、『火の国』のゴブリンたちを危機から救われたのです。それ故に、我らマイクチェク族は、りり様の傘下に入ったのです」
「我らも同様です」
その横で、サラクも言葉を添えた。
「私たちイプ=スキ族は、りり様に庇護を求めて傘下に入りました。
その後こうして、対立していたマイクチェク族すらも傘下に加えられましたし、我ら総出で倒せなかった聖騎士サイモンも討ち取られました。
りり様は、我らイプ=スキ族……いや、『火の国』のゴブリン全てから、脅威を取り除かれたのです」
ふたりの言葉を引き継いで、コアクトがわたしに言った。
「りり様は、イプ=スキ族、マイクチェク族を統合して、『火の国』を統一され、更には七英雄である聖騎士サイモンを返り討ちにして、ゴブリン全体の危機を救われました。これは偉大な功績です」
「確かに、結果的にはそうなりましたが……」
当惑するわたしの前で、コアクトは続けた。
「りり様の元で、『火の国』のゴブリンたちが統一され、新たなる時代を迎えようとしています。今こそ、火の国のハーンとしてご即位を宣言され、我ら統一された『火の国』のゴブリン政権誕生を、大陸全土に示される時だと考えます」
コアクトの言葉に、一同は「その通りです!」と言葉を合わせた。
「その……何というか、勝手に『ハーン』になってしまってもいいのでしょうか?」
なんとなく不安になってそう言うと、コアクトが力強く言った。
「勝手にではありません! 私たち『火の国』の代表たちが推戴しているのです!」
「そうです! りり様がハーンの座に即かれる事は、『火の国』のゴブリンの総意です」
「それに、ゴブリンだけではなく、人間たちも、りり様のハーンご即位を願っているとの事ですよ」
横に立っていたリーナが、わたしに言った。
その言葉に続けて、コアクトが言った。
「実は既に、『灰の街』、そしてカイモンの街の代表から、りり様を『火の国』のハーンとして推戴する旨の言質を得ています」
「……本当ですか?」
「はい。ご即位に合わせて、『灰の街』からは、ハーンの冠が。カイモンの街からは、王笏が献上される予定となっています」
「……………」
コアクトの言葉に、わたしは小さくため息をついた。
いつの間にか、外堀が埋められている。
どうやら、わたしの知らない間に、コアクトが中心となって、諸部族や、各勢力の代表達に根回しして、今回のハーン即位の話を進めていた様だ。
既に冠や王笏の手配まで進んでいるという事は、わたしに知らされない内に、水面下でかなり事態が進展しているのだろう。わたしのハーン推戴への流れは、ほぼ既成事実化されていると言っても良さそうだった。
わたしがそんな事を考えながらコアクトを見ると、コアクトは少しだけ目を伏せて……そして、上目遣いでわたしを見上げて、言った。
「その、りり様……。りり様に黙って、勝手に話を進めてしまって、申し訳ありません……」
「……いつの間にか、ここまで話が進んでいるとは思いませんでしたよ」
「はい……。でも、こうした事は、私たち、りり様を推戴する者たちが、話を進めるものなのです。私たちが、りり様にハーンになっていただきたい、と考えたからこそなのです」
「それはそうなのかもしれませんが……」
わたしが当惑しながら呟くと、コアクトは、わたしの前に立って……そして、わたしの目を見上げて、言った。
「それに……りり様が、『ゴブリリ』として目指そうとしているもの。
全てのゴブリンたちを統合して、ゴブリン全体を、そしてりり様を信じる全ての者たちを幸せに導く事。
そのためには、ハーンの座にお即きになり、統一された新しい、そして強い国を作る必要があるのではないでしょうか」
「……………」
コアクトの言葉に、わたしは改めて、思いを巡らせた。
幼い頃から、そして幽閉されていた頃から。そして、「ゴブリリ」として生まれた時から、思い続けたこと。
昔から読み続けた、様々な本に描かれていた、「ゴブリリ」女王の活躍。
わたしの目指すべき、憧れていた姿。
ゴブリンの諸部族をまとめ、ゴブリンを繁栄に導く、「ハーン」の座に即いた、「ゴブリリ」の姿。
そんな、ゴブリンを導き、繁栄のために力を注ぐ、「ハーン」の姿。
……いきなり現実のものとして目の前に現れたので、何だか当惑してしまっていたけれど。
わたしの思い描いていた、「ゴブリリ」のあるべき姿。そして、「ゴブリリ」として生まれてきたわたしが、目指すべき姿。
「ゴブリン諸部族のハーン」としてのわたしは、確かに、そこにあった。
……………
「……わかりました」
わたしは頷いた。
「コアクトの、皆さんの言う通りですね」
「自分が何をすべきなのか。思い出しました。
……ハーンの座に即く事にしましょう」
わたしがそう言うと、目の前に立っている皆の顔が、ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「りり様、ありがとうございます!」
「ありがとうございます、りり様……」
わたしの横では、リーナと爺が手を取り合って喜んでいる。
コアクトなどは、緊張の糸が途切れたのか、涙目になっていた。
わたしは、そんなコアクトの手を取って、語りかけた。
「それで、ここからはどうすればいいのですか?」
「は、はい……!
りり様のご即位のために。そして、新しい国の形を決めるために……」
コアクトは、涙を拭きながら、わたしを見上げて言った。
「ゴブリンたちの代表、有力者たち全てを集めた会議を。
……『クリルタイ』を、召集、開催します」
……………
忽隣塔。
有力者たちなどが集まって開催される、ゴブリンの最高意思決定会議。
ハーンとなる者の命の元に、広く召集された諸部族の長、重臣たちからなる政治会議だ。
国家の運営方針。そして法令の決定など……ゴブリンの国家、ハーンの国としての重要方針が定められる場。
そして、何より……ハーンの選定と即位が行われる、重要な大会議だ。
わたしの名の下で召集され、わたしが主催する「クリルタイ」の場で、新たなる「火の国」の統一政権の成り立ちが。そして……わたしがゴブリンのハーンに選定され、即位する事となるのだ。
こうして、「火の国」の。そして、大陸の新たなる歴史を決定づける会議が、開かれようとしていた。
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