第64話 山頂の一騎打ち(後編)
「!?」
突進していた聖騎士サイモンが、何かに驚いた様に、手綱を引いて馬に急ブレーキを掛けた。
サイモンの乗騎は、立ち上がる様にして、その場に急停止する。
「……何だ、これは?」
サイモンが当惑の声を上げた。
兜前面の目の部分、跳ね上げていた金属の眉庇が突然ずり落ちて来て、サイモンの視界の左半分が覆われたのだ。
「急に壊れたのか?」
視界の違和感に戸惑いながら、サイモンは兜に手を当てて確認する。
兜に眉庇を留めている金具が……左側が壊れたのか、無くなって外れていたのだった。
……………
その様子を確認してから、わたしは、サイモンから逃げるように、崖の方に向かって走り出した。
サイモンの兜が壊れたのは……勿論、偶然では無い。
全身を、魔力が通じないミスリルで覆っている、聖騎士サイモン。勿論、兜も、眉庇を含んだ全体が、ミスリルで出来ている。
しかし……眉庇を固定している金具だけは、ミスリル製ではない、普通の金属だったのだ。
ミスリルでなければ、わたしの「採掘」で、消す事ができる。
だから、突撃してくるタイミングで、兜の留め金を「採掘」で消して、眉庇をずり落として、聖騎士サイモンの視界を塞いだのだ。
兜の固定金具。山道で何度も「採掘」を試行錯誤して発見した、サイモンの装備で「消す」事のできる、数少ない箇所の一つだった。
だが……。
あくまでもこれでは、聖騎士サイモンの視界の一部を、遮断しただけに過ぎない。
聖騎士サイモンに、何らかのダメージを与えたわけではないのだ。
わたしは、必死に崖ギリギリのところに向けて走った。
視界を微妙に塞ぎ、そしてわたしがこの位置に移動すれば、サイモンの次の攻撃は、きっと……
サイモンが期待通りに動いてくれるかは判らない。けれど、わたしが勝つチャンスはこの一点に掛かっていた。
……………
気を取り直したサイモンは、改めて「リリ」の姿を探した。
ハプニングで気を取られた隙に、「リリ」は草原の端、崖のすぐ側まで逃げていた。
しかし、この山頂の草原では、それ以上、逃げる場所は無い。
崖に突き当たったのか、「リリ」はその場に立ち止まっていた。
「改めて……首を取らせて貰おうか」
視界の違和感を少し気にしながら、サイモンは改めて馬を「リリ」に向けて突進させようとした。
そこで、ふと気を取り直す。
視界が半分覆われて、遠近感が少しおかしくなっている状況で馬で突進すれば……もしかして、崖の手前で止まれずに、落ちてしまうかもしれない。
そして……「リリ」は、それを狙って、直前で身をかわすかもしれない。
全力疾走の馬から剣を振るって、頸を飛ばすのは愉しいが、崖から落ちてしまっては元も子もない。
(なるほど……私の自滅を狙った、小細工なのかもしれぬな)
サイモンは視界の左側を覆う、眉庇に手を当てながら考える。
(だが……そうはいかんぞ)
サイモンは、馬を右前方に走らせて、崖の間近まで移動した。
草原がすぐ前で終わっており、その前は切り立った、高い高い崖。覗き込むと、山の上から、遙か下の地面と遠くの風景が見えている。
(もしこの高さから落ちれば、ひとたまりもないな)
そんな事を考えながら、改めて「リリ」の方を見た。
「リリ」は、サイモンより前方で、崖のギリギリのところで立ち止まっている。逃げ場がもう無い事に絶望しているのだろうか。
崖は切り立っており、降りる事もできない。飛び降りるのは、勿論、自殺行為だ。
サイモンに斬られるのも、崖から飛び降りるのも、死ぬことには変わらないが、少なくとも「リリ」は、飛び降りる選択は選べない様だった。
サイモンは、「リリ」の方に向き直った。
自分から見て、崖はすぐ右側。そして、崖際で立ちすくんでいる「リリ」も右側だ。
この向きなら、視界の左半分が覆われた、サイモンからも、はっきりと見える。
「さあ……。この私に、良い表情を見せてくれよ」
そう呟いて、馬に拍車を入れた。
指示に応えて、乗騎が崖沿いに、全力で「リリ」の方に走り出す。
サイモンは、馬上で右側に身体を傾け、身を乗り出した。
右の鐙に全体重を乗せて、右腕に持った剣を振り上げて、草を刈り取る様に突き出しながら、全力で馬を突進させる。
馬を走らせた先には。身を乗り出した身体の、突き出した剣の先には……「リリ」の頸が。そして絶望顔が待っているのだ。
その瞬間がやって来る愉悦を予感して……聖騎士サイモンは歪んだ笑顔を浮かべた。
「ゴブリリよ……その首、貰った!」
疾走する騎馬が目前に迫ってきた「リリ」が顔を上げた。
しかし……
「!?」
「リリ」の表情は、サイモンが期待していた絶望顔ではなく……決意に満ちた表情だった。
……………
剣を振りかざし、馬から身を乗り出した聖騎士サイモンが、目前まで迫って来た。
狙っていた通りに動いてくれた、このタイミングを生かすしかない。
(……今だ!!)
わたしは、サイモンの方に手を差し出して、「採掘」を発動させた。
全身を、魔力が通じないミスリル装備で固めた、聖騎士サイモン。
先ほどの兜の金具の様に、そんなサイモンに「採掘」が使える、数少ない部分……。
その一つ、右足を支える「鐙」に、「採掘」を発動させる。
ボシュッ、と音がして、鐙が消えて……消えた鐙に全体重を乗せていた聖騎士サイモンは、ずるりと右側に大きくバランスを崩した。
「……!!?」
慌てて手綱を短く握り直して、落馬を回避しようとする、聖騎士サイモン。
(……そうはさせない!)
間髪入れず、わたしは素早く、続いてサイモンの手綱を「採掘」で消した。
ボシュッ、と音がして、掴もうとしていた、手綱が消える。
手綱を握ろうとした手が空振りとなり、崩した体勢を戻す事ができずに。
「アッ-!」
聖騎士サイモンはそのまま右側に体勢を崩し……全速力で走る馬から、右側に落ちていった。
それは……一瞬の出来事だった。
その一刹那後、全力疾走する騎馬が、激しい蹄音を立てながら、わたしの右側を通過する。
そしてその瞬間、わたしの額に鋭い痛みが走った。
「……っ!」
わたしの首を切ろうと狙っていた聖騎士サイモンの剣が、バランスを崩した事で狙いを外して、額を切ったのだ。
額と共に、斬られた髪がぱらぱらと舞い落ちた。
わたしは痛みを感じながらも、後ろを振り返って、通り過ぎた騎馬と聖騎士サイモンを見た。
鐙と手綱を消された事で、バランスを崩した聖騎士サイモンは……少し先で、全力疾走する馬から落ちて、地面に叩き付けられた。
「うぐ……っ」
ミスリル鎧が地面に激突する金属音と、落馬の衝撃で肺の空気が押し出された様な、くぐもった呻き声が聞こえてくる。
そして、その次の瞬間……
落馬した勢いで崖沿いの地面を転がった、聖騎士サイモンは……
その勢いのまま、崖の端まで転がり、
……そして、崖から空中へと投げ出された。
「アッー--------!」
サイモンが悲鳴を放ち。
その悲鳴ごと、ヘルシラントの山頂から、はるか下の地面へと落ちていく。
ほんの数秒。
でも、わたしにとっては長く長く感じられた時間の後。
遙か山の下から、何かが地面に叩きつけられた音が。
金属と何かが潰された様な音が。
小さく、だけど確かに、わたしの耳に響いてきたのだった。
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