第63話 山頂の一騎打ち(前編)
「どこにも、逃げ場は無いな、『ゴブリリ』よ」
ヘルシラント山頂の草原。
乗騎の上で、聖騎士サイモンが言った。
「覚悟は、いいか?」
「……このまま、帰ってくれるわけにはいきませんか?」
わたしは、山を駆け上がったために弾んだ息を整えながら、サイモンに言った。
「貴方が討伐を依頼されたのは、マイクチェク族……北のゴブリンの筈。わたしたちは対象外の筈です」
「そうはいかないな」
立ち止まったまま、聖騎士サイモンが言った。
「ゴブリンが団結して、勢力を伸ばす事は阻止すべきだし、それになにより……」
そこで一旦言葉を止めて……そして、にやりと笑って続けた。
「お前の様な、珍しいゴブリンを。そして、見た目は普通の女の子であるお前を殺して、首を切る事ができるのだ。こんな愉しい事を、止められる訳がないだろう?」
そう言って、わたしを眺め回す様に見た。
サイモンの表情は、兜を被っているので見えない。
しかし……隙間から見える目は笑っていて、狂気を秘めた光を称えていた。そして、兜に隠れて見えなくとも、口元は歪んだ笑いを浮かべているのが判った。
「それに、ここで死ぬのは、別に寂しい事ではないぞ?」
サイモンは続けた。
「……ひとりでは、ないのだからな」
「! どういう……ことですか」
「お前の首を斬った後は、そのままこの山を下りて、お前の仲間のゴブリンたちも全て斬って、後を追わせてやる」
「……………!」
「お仲間たちに、切り落としたお前の首を見せつけてから……一人一人斬っていってやろう。お前の首を見せた時。そして殺される瞬間。どんな表情を見せてくれるのか……本当に楽しみだ」
心から嬉しそうな、愉しそうな口調で話す、聖騎士サイモン。
(……歪んでいる)
わたしは思った。
聖騎士、という肩書きなのに。
強すぎるためか。それとも、これまで多くの敵を倒し、殺してきた結果なのか。
いつしか、敵を斬る。殺す事に快感を、愉しみを覚える様になってしまっているのだ。
敵を斬る瞬間の、相手の苦悶や恐怖の表情を見る事に、快感を覚える様になっているのだ。
わたしもこれまで、イプ=スキ族との戦いなどで、多くの敵を倒してきた。
だけど、戦ってきた、そして命を奪うことになってしまった相手の顔が、そして表情が、ずっと頭の端に残って消えてくれない。
こうした光景は……わたし自身にとっては、命を奪うことになってしまった心残りとして、そして心の傷として刻まれているけれど。
だけど……そんな、命を奪った相手の姿が、そして命を奪う光景が、心地の良い、愉しい記憶として刻まれる者が、ここにいるのだ。
歪んでいる。
改めて思う。
だが、そんな歪んだ愉しみが、そして魂まで歪んだ男の悪意が。今はわたしに向けられているのだ。
ここまでゴブリン達が殺されなかったのも、「わたしの首を見せる」楽しみのために、わたし自身が出てくるまで後回しにしていたのだろう。
わたしが殺されてしまえば、その悪意は、次には、仲間のゴブリンたちに向けられる。
リーナや爺、コアクトたち、洞窟に住む、部族のみんな。そして、今回わたしと共に、聖騎士サイモンを迎撃してくれた、イプ=スキ族のゴブリンたちや、マイクチェク族のウス=コタ。
様々な出来事を通じて、わたしの元に集まってくれた、ゴブリンたち。
これまで「火の国」の中で争っていた三部族が、共に戦える状況になりつつある。
今回の事件が無事に終われば、「火の国」の三部族が力を合わせられる、新しい時代が来るかもしれない。
だが、それも……ここでわたしたち全員がサイモンに殺されてしまえば、水泡に帰してしまう。
おぼろげに見えた気がした未来も、閉ざされてしまう。
何とかして……何としてでも、この男は。聖騎士と名乗る、サイモンという歪んだ悪意は。ここで止めなければならなかった。
……………
「さて、ゴブリリよ。斬られる瞬間に、どんな表情を見せてくれるのか……。愉しませてくれよ」
サイモンはそう言って、少しだけ馬を後ろに下がらせた。
こちらに全力疾走させるために、助走の距離を取っているのだ。
(何とか……何とかしないと……!)
わたしは、どの様にして聖騎士サイモンに対抗すべきか……山を登りつつ、ここまで集めてきた情報を元に、必死に頭を巡らせた。
「……行くぞ!」
聖騎士サイモンが馬に拍車を入れる。
数歩で全力疾走に入った馬が、ものすごいスピードでこちらに向かって来る。馬上では、聖騎士サイモンが剣を掲げていた。
「…………っ!」
わたしは両手をサイモンに向けて、「力」を込めた。
その瞬間。
ぱきん、と音が響いた。
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