第190話 回廊の戦い(17)地竜の蹂躙
タヴェルト軍の切り札、地竜の軍団、「竜騎兵団」。
巨体を生かして軽々と堀を渡ってきた地竜たちは、そのまま斜面を登って来て防御柵を薙ぎ倒し、我が軍の守備兵たちに襲い掛かった。
その圧倒的な力で薙ぎ倒され、踏み潰され、噛み殺され、弾き飛ばされる兵士達。
それはもはや戦闘ではなく、一方的な蹂躙であり、殺戮であった。
前線の兵士たちが恐怖しながらも地竜に斬りかかる。しかし、頑丈な鱗の前に刃は弾かれ、全く効果が無い。
次の瞬間、地竜が腕を振り下ろし、長い尾を振り回し、巨大な顎で噛みついてくる。その圧倒的な力にゴブリン兵の盾は木の葉の様に砕かれ、悲鳴と共に兵士達は吹き飛ばされた。
後衛の弓兵たちが矢を放ち、もしくは魔法兵たちが攻撃魔法を放つ。しかしいずれも頑強な竜の鱗には何の効果も無かった。
竜を御している騎乗兵を狙撃する弓兵たちもいたが……騎乗兵は巧みに地竜を操縦して、竜の身体で受け止めさせる様にしてガードしてしまう。それでも一部の攻撃は騎乗兵に届いたが、想定済みなのか騎乗兵は金属鎧を装備しており、攻撃は鎧で弾かれてダメージは通らなかった。
「うろたえるな! 『雷撃箭』と『テツハウ弾』を使え!」
イプ=スキ騎兵たちが、虎の子とも言える、残弾の少ない新兵器を投入する。
進み出た兵士たちが地竜に向けて「テツハウ弾」を投擲した。
放たれた「テツハウ弾」は、狙い違わず、地竜のすぐ側で爆発する。
しかし……火薬の爆発も、飛び散る陶器と鉄片も、地竜の鱗の前には、僅かな傷をつけることしか出来なかった。
かすり傷では地竜の動きを止めることはできない。それどころか、傷を受けて怒り狂った地竜は益々激しく暴れ始めた。
続いて後衛の兵士たちが地竜たちに向けて「雷撃箭」を放つ。一部の兵士達は御者を狙って矢を放った。
空中で矢が炸裂し、雷撃の渦が地竜を襲う。
しかし……やはり地竜には効果がなく、驚いた地竜が一瞬動きを止めただけだった。
一部の兵たちによる、御者である騎乗兵を狙った攻撃については、効果があった……かに見えた。
雷撃の効果は鎧の上からも効果があり、御者は雷撃を受けて気絶するか絶命するかして、その動きを止めたからだ。
しかし……それは「地竜の制御が失われた」だけに過ぎなかった。
御者の制御を外れた地竜は後方に逃げ去ったり、地竜の間で同士討ちなどはしてくれなかった。そのまま暴れ続け、更に激しさを増して前方のゴブリン兵に襲い掛かる。結局、更に凶暴化した地竜が暴れ回る結果となったのだった。
一縷の望みを持って投入した新兵器、「雷撃箭」と「テツハウ弾」でも地竜の軍団は止められない。
暴れ回る地竜たちに防御陣地は蹂躙され、完全に前線は崩壊しつつあった。
その様子を見て妨害が無い事を確認すると、タヴェルト軍の兵士達も次々と堀を渡って我が陣地に進出してくる。
更にタヴェルト軍歩兵達は手慣れた様子で堀に仮橋を架橋していく。架けられた仮橋を渡り、タヴェルト軍の戦車部隊が堀を越えて次々と我が軍の陣地に前進して来た。そして、陣地に到達したタヴェルト軍の兵士と戦車部隊は、地竜部隊と共に攻撃に加わる。
我が軍の陣地に侵入したタヴェルト軍の歩兵と戦車たちが地竜とともに暴れ回り、我が軍の守備兵たちを蹂躙していく。
回廊の西出口に構築した我が軍の防衛ラインは……完全に崩壊。回廊西出口の陣地は、タヴェルト軍に制圧されようとしている。
わたしは、その様子を櫓の上から呆然と眺めていた。
……………
「ハーン! ここは危険です! ご撤退を!」
コアクトとシュウ・ホークが、わたしの身体を引っ張り、引き下ろすようにして櫓から下に降ろそうとした。
「で、でも前線の者たちが……」
「もはやこの前線は保持できません! 敵軍が迫っています! ここは危険です!」
コアクトが叫ぶように言った。
前方を見ると、前線を突破した地竜と戦車部隊たちが、我が軍防衛陣の抵抗を拝してこの櫓に向けて前進して来ていた。
「あちらがゴブリンどもの本陣だ! 打ち破れ!」
「ゴブリンのハーンを討ち取れ!」
タヴェルト軍の者たちが叫ぶ声が聞こえる。わたしがいる櫓に掲げられたハーンの旗印を見て、こちらに攻撃を向けようとしているのだ。
巻き上がる戦闘の埃。そして敵影が迫ってくる状況に、本営は大混乱に陥っていた。
「この陣はもはや持ちません! 後方、回廊内部の陣地にお下がり下さい!」
シュウ・ホークが叫ぶ。その時、蹄音がこちらに駆け寄ってくる。騎馬で前線から下がってきていたサカ君だった。
「りり様! お乗り下さい! 急いで!」
「で、でもみんなは……」
「すぐに後から参ります!! まずはりり様が安全なところへ!」
逡巡するわたしをコアクトが護衛兵たちと半ば無理矢理馬上に押し上げる。サカ君はしっかりとわたしの身体を持ち上げて鞍の上に乗せ、掛け声と共に馬を駆けさせた。
馬が加速し、あっという間に本陣から遠ざかっていく。
わたしは振り落とされない様に、両腕を回してしがみつく様にサカ君に抱きつきながら……遠ざかる本陣を振り返った。
混乱する本陣。そしてその後ろで崩壊する防御陣地。戦塵の中、敵軍の地竜と戦車部隊、そして歩兵騎士たちに撃破されていく兵士たち。
我が軍のゴブリン兵たちが、地竜に踏み潰され、戦車に薙ぎ倒され、そして歩兵騎士たちに斬り殺されていく。タヴェルト軍による蹂躙の波は本陣にまで到達し、先ほどまでわたしたちがいた本陣の櫓が地竜の攻撃で崩れ落ち、ハーンの旗印が倒れて踏み潰されるのが見えた。
その惨状に、わたしは思わず身体を震わせて……サカ君にしがみつく腕に力を込めていた。
……………
回廊の内部に入り、その中央部……かつて「吾亦紅の街」があったあたりの後衛陣地へと避難して来た。
馬から下ろされたわたしは、サカ君が汲んできたくれた水を飲んで、一息ついた。
「皆……大丈夫なのでしょうか」
わたしは小さな声で呟く様に言った。
「前線の兵達には、撤退命令を出しています。きっと被害を最小限に抑えてこの後衛陣地まで撤退してくれる筈です」
「それならいいのですが……」
わたしは戦場の様子を思い出していた。迫る巨大な地竜たち、そして陣地を蹂躙する敵軍。既に前線の兵士たちの損害は甚大である筈だ。あの状況からこれ以上の損害を押さえて撤退する事はかなり難しいとしか思えない。
「それに、みんなも無事なのでしょうか。心配……」
西の方角を見ながら呟く。日が次第に傾き始めている。この一日でこれほど状況が激変するとは思わなかった。
「大丈夫です。我がイプ=スキの騎兵たちも殿を努めていますし、防御に優れたオシマ族もおります。きっと皆、無事ですよ」
サカ君が元気づける様に言ってくれる。しかしわたしは心配でならなかった。
わたしは一足先に撤退したが、コアクトやシュウ・ホーク、そして首脳部の皆を敵軍が迫る本陣に取り残して来ていたのだ。
「どうか、皆、無事で……。我が軍の兵士も、一人でも無事に帰ってきて……」
わたしは西の方角を見上げて、祈るように手を合わせて願ったのだった。
……………
暫く時間が経ち、陽が落ちてきて西の空が赤く染まり始めた頃、西の回廊出口から撤退して来た者たちが、次々とこの後衛陣地に到着した。
最初に到着した者たちの中に、浮遊魔法で空を飛んでいるコアクトの姿が見えたので、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
「コアクト! 無事で良かった!」
わたしが駆け寄って抱きつくと、コアクトも安心させる様に抱き返してくれた。
「もちろん無事ですよ、りり様。それに……主だった者たちは全員無事です」
その言葉通り、コアクトの後に徒歩で到着した者たちの中には、シュウ・ホークや櫓や本営にいた者たち。各部族の首脳部たちの無事な姿があった。
「みんな! 無事に撤退できてなによりです」
わたしは彼らの下に駆け寄り、手を取り合って無事を喜び合った。
撤退してきた者の中に、殿軍を取りまとめていたオシマ族長、左日逐王グランテの姿を認めた。彼はハーンの旗印を手にしていた。危険を顧みず、占領された本陣から奪回してきてくれたのだ。わたしは駆け寄ってその手を取って礼を言った。
「左日逐王よ。よくぞ無事でいてくれました。撤退する軍を混乱無く取りまとめてくれたこと、礼をいいます」
「ありがとうございます、ハーン。しかし……」
グランテは殿軍を指揮していた事もあり、幾箇所も怪我をしているのが見える。そんな彼は後方に続く撤退軍を見ながら言った。
「被害は深刻でございます。ハーンからお預かりした兵を損ね、申し訳ござりません」
グランテの言葉に、わたしは首を横に振った。
「何を言います。敵軍にあの様な恐るべき地竜がいるなど、想定できないこと。この状況で損害を最小限に押さえてくれた事は、そなたの手柄です」
わたしは撤退して来た兵士たちを見回しながら言った。
撤退してきた兵士たちは前線での戦いで傷ついた者が多い。そして、あの混乱の中では現地で戦死した者たちを回収する事もできていない。わたしは心が痛んだ。
しかしその反面、前線でのあの悲惨な、一方的に蹂躙されていたと言ってもいい状況を考えると、この地まで撤退して来てくれた兵の数は思った以上に多かった。
我が陣地を蹂躙していたタヴェルト軍の地竜や戦車の攻撃が続き、そして撤退時に追撃があると考えれば、更に被害が増大する……ほぼ全滅に近いダメージを受けていてもおかしくない。その状況を考えれば、これだけの兵士がここまで撤退できたのは奇跡に近いと言ってもおかしくなかった。
「そなたたちの手腕で、被害が少なかったのは不幸中の幸いですね」
わたしはそう言ったが、グランテは首を横に振った。
「……残念ながら、それは我らの手腕ではござりません。敵軍が陣地の占領に留め、追撃してこなかったおかげです」
そう言われれば確かに、敵軍が回廊の中まで追撃してきて、この場所まで攻撃してくる様子は見られない。
「おそらくは日没の時間になったので、夜襲を受けるリスクを冒さずに、制圧した陣地の確保を優先し、一旦守りを固めて夜営する事にしたのだと考えられます」
「そうですか……」
わたしは頷いた。
敵軍は回廊西の陣地を制圧する……陣地から我が軍を追い出して確保する事を優先したのだろう。回廊内部まで追撃して突入した場合、夜間となり死角から夜襲を受けるリスクが生じる。無理にその様な危険を冒さず、翌朝に明るくなってから地竜や戦車を前面に押し立て、正面から制圧していく方針を選んだのだろう。
そうなれば、あくまでも攻撃が止んだのは一時的。敵軍が進撃を再開するのは翌朝という事になる。
今日の戦闘結果を考えれば、再び地竜や戦車部隊を前面に押し立てて攻撃して来られた場合、我が軍には対抗手段が無い。この回廊の内部にはいくつも陣地や砦があるが、回廊西に構築していた陣地よりは小規模だ。次々と各個撃破されるだけだろう。
その事を考えれば、タヴェルト軍の進撃を止める事はできない。このまま簡単に回廊を制圧して、回廊を抜けて東に……わたしたちの「火の国」に突入する事になってしまう。
タヴェルト軍が翌朝に行動を再開するまでの間……今夜の内にこの状況を挽回する手段を考える必要があった。
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