第186話 回廊の戦い(13)閃光粉末2
夜闇の中、敵陣から飛んで来た、多数の白い飛翔体。
光輝く粉末の様な軌跡を描いて飛翔し、我が軍の陣地上空に到達した流れ星の様なそれは、空中で分裂して多数の光弾となって我が軍に降り注ぎ、轟音とともに爆発した。
多数の光弾が、警戒を解いて夜営モードに入っていた各部族の陣地に降り注ぎ、爆発する。突然の閃光と大音響の爆発が連続して発生し、各部族の者たちはパニック状態に陥った。
精神的な影響だけではない。爆発の威力はかなり大きく、直撃を受けた兵、周囲にいた兵達を吹き飛ばしている。大音響とともに、兵士達の悲鳴が陣地に響き渡った。軍馬たちも悲鳴を上げ、陣地内を駆け回り逃げ惑っているために、更に混乱に拍車をかけている。
爆発の衝撃がびりびりと櫓を震わせる。わたしは呆然として眼下の我が陣地で繰り広げられている惨状を見つめていた。
もしかしなくても、これは……
「て……敵の攻撃です!」
大声で叫ぶコアクトの声に、わたしも我に返った。
「敵陣から……爆発する飛翔体を撃って来ているのです!!」
わたしは改めて西方の景色を見つめた。
敵陣から飛んでくる白い飛翔体。それは光輝く粉末の様な軌跡を描いて飛翔し、我が軍の上空に到達すると分裂し、爆発する光弾として我が軍に降り注いでいるのだった。
今でも、敵陣から次々と夜空に白い飛翔体が打ち出されている。まだまだ敵軍の攻撃は止みそうに無かった。
光弾は上空から我が陣地に降り注ぎ続け、至る所で爆発を巻き起こしている。光弾は突然の攻撃にパニック状態に陥った各部族の者たちに次々と降り注ぎ、爆発に吹き飛ばされ、薙ぎ倒される兵達が続出している。
「りり様! ここは危険です! 櫓から避難してください!」
コアクトが叫ぶ。
敵軍はこんな長距離を……敵陣から、あの遠方から我が陣地を直接攻撃できる武器を持っている!?
白い飛翔体。光輝く粉末の様な軌跡。降り注ぐ光弾と爆発。そんな武器の事など、見た事も聞いた事もない。
まさか……あの魔導砲台と同じく、古王朝時代の流れを汲む兵器!?
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。
今はまず、何とかしてこの攻撃に対応しないと!
……………
一方のタヴェルト軍の陣地。
タヴェルト侯本陣の前方に設置された陣営から、魔導兵器「閃光粉末」が次々と撃ち出されていた。
クルトセン技師の配下たちが、腕の太さ程の長い筒が据え付けられた長い矢を、三脚の様な発射台に設置していく。
そして、魔法で炎を点火した瞬間、その矢は轟音とともに光る粉末の軌跡を残しながら飛翔し、遙か遠くの敵陣に向かって飛んでいくのである。
敵陣の上空に到達した飛翔体「閃光粉末」は、流れ星が砕ける様に多数の光弾となって飛散し、敵陣に降り注いで爆発していく。
タヴェルト侯の陣地からも、夜空を切り裂いて飛んでいく飛翔体と、敵陣の上空で散開して降り注ぐ光弾。そして敵陣の各所で爆発が発生する様子が見て取れた。
「いかがです、タヴェルト侯閣下」
クルトセン技師が、次々と「閃光粉末」が撃ち出される様子を見ながら、自慢げな表情でタヴェルト侯に言った。
「これが我が主であるノムト侯閣下の誇る兵器、『閃光粉末』でございます」
前方の発射陣地を指し示しながら告げる。
「敵の陣地に空から降り注ぐ神の鉄槌。遠方から一方的に撃ち込む魔導技術力。これこそがノムト侯閣下のお力です」
「……なかなか壮観な眺めではあるな」
タヴェルト侯は、光り輝く白い流星が敵陣に降り注ぐ有様を眺めながら言った。
クルトセンも、敵陣に流れ星が降り注ぐ様な、ある意味「美しい」その風景を眺めながら、自慢げに続ける。
「今回この陣地に持ち込んだのは、我らが保有する『閃光粉末』のごく一部に過ぎませぬ。今頃ノムト侯閣下は北の地で、この『閃光粉末』の圧倒的な力で北方のゴブリン共を一方的に打ち破っている事でしょう」
ゴブリン討伐後の来たるべき対決の時に備えて、自軍の力を誇示してタヴェルト侯を威嚇する事も、派遣されたクルトセン技師たちの役目である。
「我が軍自慢の『閃光粉末』。そして魔導砲台の数々。圧倒的な力に対して、この大陸に叶う者などいない事でしょうな」
もう一言、ダメ押しで魔導兵器の力について、タヴェルト侯に誇示する様に告げる。
「……………」
タヴェルト侯は何も言わずに椅子に座り、グラスを傾けながらその言葉を聞いていた。
「今宵の攻撃で、ゴブリンの陣営はガタガタになるでしょう。この状態で明朝に歩兵を進めれば、敵陣の守りを突破する事などたやすい事かと。侯におかれましては何も心配されず、我らがお膳立てし『地ならし』した後を、ごゆるりと進まれればいいかと存じます。これからの東征戦も、我らが主、ノムト侯閣下にお任せ下され」
「……………」
自慢げな言葉を続けるクルトセン技師。タヴェルト侯は何も言わずにグラスを傾けていた。
……………
一方の、わたしたちリリ・ハン国側の陣地。
敵陣からは飛翔体が飛来し続け、白い流星となって我が陣地に降り注ぎ続けている。
降り注ぐ光弾。至る所で起きる爆発。吹き飛ばされる陣地と兵達。我が陣営は大混乱に陥っていた。
「り……りり様! ここは危険です!」
コアクトがわたしに駆け寄って言った。
「櫓の上は危のうございます。どうかご避難を!」
コアクトがわたしの頭上をガードする様に覆い被さる格好をする。それと同時に、サカ君もわたしの前に立って飛来物から守ろうとしてくれる。
しかし、頭上から降り注ぎ、爆発して各所を吹き飛ばしている光弾だ。そんな事で身を守りきれるとは思わなかった。
そうしている間にも光弾は降り注ぎ、各所で爆発を巻き起こしている。わたしたちがいる櫓に命中していないのか不思議な程だった。
ただ、この状況では櫓の下に逃げても、天幕の中に隠れても身を守れるとは思えない。安全な場所など、どこにも無いように思えた。
「ハ……ハーン! どうか後方に避難されて下さい!」
息を切らせながら櫓に上ってきた文官のパスパが言った。
「回廊にまで撤退すれば、攻撃は飛んで来ません! ハーンに迅速に避難いただくための、連続ゆーきしぐまの準備は出来ています! どうか撤退の開始をご命じください!」
その言葉を聞いて、コアクトが退避魔法発動のため、「眼鏡の人の眼鏡」を外してわたしに渡そうとする。
しかし……
「いいえ、朕は逃げません」
わたしは首を横に振った。
「この状況で朕が後方に下がり安全な場所に撤退すれば、我が軍の士気は崩壊し、この防衛陣地を維持する事は不可能となるでしょう。そうなれば、この戦いでの敗北は決定してしまいます。敵軍が回廊を突破し、『火の国』に突入する事を防げなくなります」
「それはその通り……その通りですが!」
コアクトがわたしにしがみつく様にして言った。
「我が国の国体は、ハーンがおられてこそです! ハーンの身にもしもの事があれば、諸部族の者は心の拠り所を失い、我が国は崩壊してしまうのです! まずは御身のご安全を第一に考えてください!」
コアクトがそう言ったが、わたしは首を横に振った。
「違うよ、コアクト。わたしがいるから、この国があるのではなくて……皆がいてくれるから、この国の皆が支えていてくれるから、わたしがいるの」
そして空を見上げ、周囲を見回しながら続ける。
「皆がこの攻撃に対して必死に対処してくれている中、わたしだけが一人で安全なところに先に逃げるなんてできません。わたしも皆と共に戦います!」
わたしは櫓の上から周囲の諸部族の者たちに呼びかけた。
「皆の者! 敵軍の攻撃に屈しない忠勇あるハーンの兵よ! 奮い立て! 朕はここに……皆と共にある!」
わたしの言葉に、周辺の兵士たちは一斉に櫓を見上げて……応!と大きな声で応えた。
「皆の者、陣形を崩すな! 盾を構えて空中の攻撃から陣地を守るのだ!」
士気が戻ってきたところに、前方の陣地を指揮するサラク将軍が乗騎で陣中を走り回りながら指示を出す。
同じく、オシマ族を指揮する左日逐王グランテも麾下の兵達を激励する。
「塹壕に陣取り、大盾を構えて陣形を崩すな! ハーンの加護を信じて、この地を守り切るのだ!」
彼らの激励と適切な指示で、逃げ惑っていた我が軍は改めて持ち場を守る。士気崩壊による潰走はひとまず回避できそうだった。
しかし、敵陣からの攻撃が我が陣地に降り注ぎ続けている状況は変わらない。そして、防御姿勢を取ってはいるものの、被害が完全に防げるわけではなく、各所で爆発による被害が続出している。このままでは……。
「ハーン……りり様。ハーンとしてのお心構えとお覚悟はわかりました。しかし……この場所が危険であること、そしてハーンの身にもしもの事があれば我が国が崩壊する事は事実です」
シュウ・ホークが進み出て言った。
「せめて、少しでも安全な場所……櫓の下や、塹壕の中にお移り下さい」
その言葉に、わたしは首を横に振った。
「大丈夫。朕に攻撃は当たりません。ミスリルの冠と護符の力で、魔法による攻撃、そして飛翔物による攻撃は無効化できる……。この櫓に攻撃が当たらないのが、何よりの証拠です」
わたしはそう言ったが、コアクトが進み出て進言した。
「確かにその通りなのかもしれませんが、なんと言っても今回の攻撃は古王朝時代の流れを汲む兵器によるものです。ハーンを守る、冠や護符などの能力が無力化されて効かない可能性も考えておくべきです。櫓に攻撃が当たっていないのも、たまたまかもしれません。やはり今のうちに安全な場所に……」
コアクトの言葉に、わたしは首を横に振って行った。
「いいえ、逃げません。わたしには……ここでやるべきこと、できる事があります」
「やるべきこと……?」
疑問の表情を浮かべる周囲の者たちをよそに、わたしは櫓の前方に進み出て、空中に突き出す様に手を伸ばした。
そして探るように……空中に意識を集中させる。
ちょうど空中で、光の粉末を降らせながらわたしたちの方に向かって空中を飛んでいる「閃光粉末」の姿が見えた。
わたしはその空中の「閃光粉末」に向けて、意識の手を伸ばしていく。
そして……意識の手が届き、「掴める」ことがわたしの感覚に伝わってきた。
(やはり……あの飛翔体は……「掴む」事ができる!
つまり……!)
「採掘」
わたしは小さく呟いて、広げた手のひらを掴むようにして、閉じた。
次の瞬間、わたしが「掴んだ」「閃光粉末」は、わたしの力で「採掘」され、ボシュッ、という音と共に空中で消滅する。
「!!!」
その様子を、櫓の周囲に集まっていた者たちは、そして空を眺めていた兵士たちは、はっとした表情で見つめていた。
やはり……あの飛翔体「閃光粉末」は……わたしの力が届く! わたしの力で「採掘」する事ができる。
つまり……わたしの力が届く範囲であれば、わたしの能力で消滅させる事ができるのだ。
事態打開のための大きな糸口を掴む事ができたわたしは……思わず、自信の笑みを浮かべていた。
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