第184話 回廊の戦い(11)てつはうVS魔導砲台3
「そ……そんな、ばかな……」
ハクスイ将軍が呆然の声を上げて、周囲を見渡す。
先行して突撃した前衛攻撃部隊「雷撃隊」は、砲台「ナガマンテの鞭」からの正確無比な射撃で一発も「雷撃箭」を放つ間も無く壊滅。
そして、自分たち後続の「爆撃隊」も、砲台から打ち出された飛翔体「魔燕弾」による誘導弾攻撃で次々と打ち落とされてほぼ全滅。砲台に突撃して「テツハウ」弾を投げ込む筈であったが、近づくことすらできずにこの有様であった。
イプ=スキ族が誇る約40騎の騎馬部隊はほぼ全滅。どうやら自身……ハクスイ将軍のみしか生き残りはいない様に見えた。
何故自分だけが飛翔体「魔燕弾」の攻撃を受けていないかはわからないが、おそらくは先行する兵の直後に付けていたこと、そして爆発の煙に巻き込まれて見えなくなった事で攻撃を免れたのだろう。
そうなると、これは煙が薄れるまでの一時的な安全という事になる。今のうちに次の行動を決めねばならない。ハクスイ将軍は考えを巡らせた。
「……………」
彼は後方にある自陣を見た。自陣の前方にある櫓では、彼の主君である右賢王サカが、そしてハーンがこの状況をつぶさに目にしている筈だ。
今のうちに自陣まで撤退すべきか……? 一瞬考えが浮かんだが、ハクスイ将軍は首を振って即座にその考えを否定した。
(族長……右賢王様やハーンのご期待を背負いながらこの始末……どの面下げてお二人に報告できるというのだ。生きて合わせる顔などあろう筈がない)
そして、改めて砲台の方に振り返る。
(自分一人でも敵陣へと突撃し、将としての責任を果たすとともに、イプ=スキ騎兵の誇りを、そしてハーンの兵たる気概を示すのみだ)
しかし……。
彼は改めて敵陣の砲台、そして飛翔体を打ち出した物体を眺めた。
このまま煙が薄れてくれば……いや、今すぐ突撃したとしても、砲台からの射撃か飛翔体に打ち落とされて無駄に命を落とすだけだ。それは犬死にに他ならない。
このまま無為に全滅してしまっては、我が軍の士気に与える悪影響は計り知れない。
それだけではない。奥の手として投入した兵器を一切使えないまま失い、しかも相手側は無傷となれば、戦況に与える悪影響も計り知れないものがある。この先の局面において、タヴェルト軍の攻勢に対応する事が極めて難しくなるだろう。
それゆえに、自分は……ハクスイ将軍は単に「気概を見せて犬死にする」だけでは許されない。何とかして一矢を報いる……あの砲台に攻撃し、ダメージを与え、できれば破壊する必要があるのだ。
しかし、現在のこの状況からそんな事が……「何とかする」事はできるのか?
彼は次第に薄れていく煙の中、必死に考えを巡らせるのであった。
……………
対する、タヴェルト侯の砲台陣地では、クルトセン技師と配下たちが満足げな表情を浮かべていた。
砲台「ナガマンテの鞭」と飛翔弾「魔燕弾」の威力を遺憾なく発揮し、襲撃してきたゴブリン騎兵を壊滅させたのだ。
おそらくはゴブリン兇奴側の精鋭部隊であっただろう騎兵約40騎を、何もさせずに全滅。
そして、砲台「ナガマンテの鞭」も飛翔弾「魔燕弾」も充分にその持ち味を発揮。その性能と威力をタヴェルト侯に見せつける事ができた。
彼らの主君、ノムト侯ゴクルトの思惑通り、自分たちの魔導兵器の威力で戦況を有利に変えるとともに、その性能をライバルたるタヴェルト侯に見せつけて威嚇する。その目的を存分に達成できたと言えた。
「我らが『築きの国』の魔導技術の高さを、存分に見せつける事ができましたな」
配下の言葉に、クルトセン技師は満足げに頷いた。
「ゴブリン共も、そしてタヴェルト侯も、古王朝の真の後継者たる我らがノムト侯の、我が『築きの国』の力を思い知っただろう」
この戦いに勝利した先は、彼らの主君ノムト侯とタヴェルト侯の間での主導権争いとなる。大陸東部のゴブリン領土を浸食し、どちらが多く取るかの競争となるだろう。ここでの多寡が、どちらが次なる大陸の覇者になるかにも大きな影響を及ぼす事となる。
ここでノムト侯の魔導軍事技術、圧倒的な力を誇示する事でタヴェルト侯を威嚇し、この先の情勢で主導権を得るのが、形の上では援軍として派遣されたクルトセン技師たちに与えられた役目だった。
今回の活躍を見せつけた事で、ノムト侯はかなり有利になっただろう。この先の戦いでも引き続き魔導軍事技術を見せつけて主導権を発揮し、ゴブリンのハーンの討伐や、「灰の街」の降伏などの美味しい部分を自分たちノムト侯側の手で行うのが、クルトセン技師たち、ノムト侯に派遣された技術派遣軍の目標なのだった。
……………
そんな風に、クルトセン技師が「先のこと」に考えを巡らせていた、その時だった。
部下の一人が、魔導表示板にいまだ光点が表示されている事に気がついて叫んだ。
「! ゴブリン兵に生き残りがいます! 識別番号7-5-4-2が残存!」
「何だと?」
「700の方向、ゴブリン兵1騎! 迎撃を……」
ほぼ真正面の方向を示されて、クルトセン技師は胸に下げていた双眼鏡でその方向を見た。
薄れゆく爆発の煙の中から、一頭の馬がこちらに走ってくる姿が見える。しかし……
「……空馬だな」
双眼鏡越しに見えてきたのは、誰も乗っていない空馬だった。
周囲の部下たちも、肉眼や双眼鏡でその姿を確認して、安堵の声を上げる。
「ゴブリン兵を打ち落として落馬させ、馬だけが生き残って走っているようですな」
こちらの方に走ってくる空馬を見ながらほっとした声を上げる。
……その時だった。
近づいてきた空馬の鞍上に……忽然と、一人のゴブリンが姿を現した。
「!!???」
クルトセン技師たちは、狐に化かされた様な表情をして、突然馬上に現れたゴブリン兵の姿を見る。
その間にも、そのゴブリン兵は全力で馬を走らせてどんどん砲台の方へ接近して行く。
馬上に現れたゴブリン兵は、ハクスイ将軍であった。
彼はその卓越した騎乗技術とバランス感覚で、身を落として馬の横腹にしがみついて身体を隠し、まるで空馬であるかの様に装っていたのであった。
空馬を装って接近していたハクスイ将軍は、更に馬を加速させて一気に砲台まで迫る。
「!! しゅ、主砲発射! 迎撃しろ!」
虚を突かれていたクルトセン技師が我に返って叫んだ。
部下の技師が慌てて魔導表示板を操作して照準を合わせ、手に取った発射ボタンを押そうとする。
しかし、その間にもハクスイ将軍は砲台の間近にまで接近していた。
……………
騎馬を駆って突進するハクスイ将軍の目の前で、砲台「ナガマンテの鞭」が旋回してこちらに向くのが見えた。
その瞬間、ハクスイ将軍は馬上に立ち上がって前方に跳躍した。
直後に、ドン、という発射音とともに砲台から発射された弾丸が騎馬を打ち抜く。しかし、跳躍したハクスイ将軍はその上を……宙を舞っていた。
続いて砲台が仰角を上げて空中のハクスイ将軍に照準を合わせる。彼の目に、砲台が自分の方を向くのが見えた。
(……遅いわ!!)
ハクスイ将軍は空中で振りかぶって、渾身の力を込めて「テツハウ」弾を投擲する。
そして、戦場全体に響き渡る声で叫んだ。
「ハーンに……右賢王様に栄光あれ!!!」
彼の最期の叫びは、戦場全体に、そしてゴブリン軍の陣地に響き渡り……ハーンであるリリと右賢王サカの耳にも、確かに届いたのであった。
……………
ハクスイ将軍が最後の力を振り絞って投擲した「テツハウ」弾は、砲台「ナガマンテの鞭」のすぐ後ろ……飛翔弾「魔燕弾」が格納されている箱のすぐ側にぼとりと落ちた。
落ちてきた金属球を……その球から伸びている導火線に火がついている事を一瞥したクルトセン技師の顔色が変わる。
「ま……まずい! 全員逃げろ!!」
悲鳴と共に、クルトセン技師と部下たちは蜘蛛の子を散らす様に、後方へと全力で駆け出した。
その直後。
轟音とともに、「テツハウ」弾が爆発した。
爆発の大きな灼熱の炎が周囲に吹き荒れた。
そしてその次の瞬間、爆発に巻き込まれて、すぐ側にあった「魔燕弾」が次々と誘爆した。
連続して響き渡る、身体を震わせる爆発音と衝撃に、クルトセン技師と技師たちは耳を押さえながら逃げ惑う。
連続する「魔燕弾」の爆発に続き、爆発の炎は砲台「ナガマンテの鞭」に格納されている弾丸にも燃え移る。
弾丸は一気に誘爆して、砲台そのものを吹き飛ばす大爆発を巻き起こした。
巨大な炎と煙とともに砲台「ナガマンテの鞭」の金属色の外殻が吹き飛んで宙を舞う。
爆発の大音響は戦場全体に響き渡り、びりびりとした音の波が両軍の兵士たちの身体を叩いて震わせる。巻き上がる炎と煙、吹き飛んだ砲台の凄まじい有様は、戦場にいた両軍の兵士全ての者たちの目に強く焼き付いたのであった。
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