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戻って、変わって、変わらない

 ノートンが新しい事業を始めてから半年が経った。


 アルゲニア工房のキャリー。

 彼女は老舗の大手冒険者ギルドに、ポーション仕入担当として派遣されてきた才女である。


 しかし彼女は今、祖父であり、アルゲニア工房の代表であるオーガスの前で沈んだ表情を見せ、項垂れていた。


「キャリー。お前に任せた宣伝活動だが、結果は出たのかね?」

「申し訳ありません。結果は出ませんでした」


 彼女の販売戦略が完全に裏目に出た為、叱られているからだ。


「失敗の原因は分かるかな? 何が一番いけなかったと思う?」

「組むべき相手を間違えました。大手であり、有名な冒険者ギルドと手を組めば良いと安易に考えた事が、失敗した一番の理由であると考えています」

「……その程度か」


 オーガスは、孫娘(キャリー)が成長する為に必要だと感じ、今回の一件を彼女に任せた。

 そして彼の予想通り(・・・・)キャリーは大きな赤字を出し、今回の詰問となったのである。


 キャリーの考えた販売戦略。

 中小規模の同業者を潰し、自身は有名冒険者ギルドを宣伝塔にして販売数を増やすという目論みは、オーガスから見て最初から穴だらけだったのである。





「お爺様、私の何がいけなかったのか教えて頂けないでしょうか?」


 キャリーは自己分析が間違っているという反応を返した祖父に対し、素直に教えを請う事にした。

 そうやって問われればオーガスも自分で考えろと言わずにちゃんと説明をする。


「そもそも宣伝費を払った後の販売数増加すら起きなかった訳だな。

 それはな、彼らがポーションに命を預けるのが確かでも、やはり値段というのはどこまでも重要なのだという事だ。

 特に、駆け出しの連中だと」


 キャリーの失策は、良い物であれば売れるという幻想に取憑かれた事だとオーガスは説明する。


 キャリーは所属ギルドに安くポーションを卸しただけでなく、一般販売分のポーションの値上げをしていた。

 本当に僅かな増額であったが、増額は増額。消費者としては受け入れられないものだったのだ。

 それにより増える客より減った客の方が多かった。それだけの話。


 有名人が使っているからと手を伸ばすのは、どちらかと言えば初心者に属する冒険者。

 そんな彼らが求めやすい値段で販売するならともかく、宣伝費用の上乗せをすれば手が出なくなるのは道理である。


 また、それでも購入できるベテランの冒険者は、すでに馴染みのポーション工房が存在する。

 本気で彼らを取り込みたかったのなら、一般販売分も多少の値下げを敢行するべきだったのだ。

 そうすればいくつかの工房を潰すぐらいの成功は見込めただろう。


 要するに、キャリーの行動は中途半端で思い切りが足りない。購買層の選定がロクにできておらず、客を見ていない。

 経験が足りないのだ。


 オーガスはそう締めくくった。



 その後、アルゲニア工房はノートンの古巣から手を引き、赤字の垂れ流しをそこで止めた。

 そして値段を元に戻す事で「以前よりもお求めやすくなっています」と言い切り、経営を立て直す。


 値上げの時に離れていった客は戻ってこなかったが、そこで一定黒字を出せるだけの客を確保する事に成功。

 経営状態が完全に元通りになるには、2年もの歳月を必要とした。





 一方、古巣の冒険者ギルド。

 こちらも経営がガタガタになっていた。


 アルゲニア工房から安くポーションを買えた時期は良かった。

 同じ予算で3割以上も増えたポーションを使えれば、以前よりも仕事を熟す事ができる。

 その点ではギルド長であるマックスの判断は正しかったと言える。


 しかし、アルゲニア工房が赤字を理由に手を引いてからは元の状態に。いや、前よりも悪くなる。

 ポーションの仕入れは専門家が必要。

 専門家がいなくなり、以前よりも高く質の悪いポーションを買う事になる。


 使うポーションの数は半分、質が落ちたとなれば仕事の成果も散々で、潤沢なポーションに慣れてしまった冒険者達は何度も任務に失敗をしてしまう。

 ギルドの評判と一緒に、マックスの毛髪もずいぶん地に落ちてしまった。


 こちらは立て直しの際にトップの入れ替わりが必要となってしまう。

 トップが入れ替わると彼らもノートンの世話になり、昔のようなポーションを仕入れられるようになったのであった。





「お前も変わったよな」

「そうですか?」

「ああ。ウチに居たときは、ここまで働く奴じゃなかったぞ」


 ノートンはポーション販売業の立役者である。

 しかしそれ以上にポーション仕入担当であり、鑑定人であった。

 立場が変わろうとやる事は変わらない。


 そんなノートンのところに、古巣の冒険者が遊びに来た。

 彼はノートンの仕事ぶりに感心すると共に、その働く姿が前よりも頼もしく思える事に驚いていた。

 ノートンに、自覚はない。


「うーん。ああ、環境が変わりましたからね」


 ノートンは、昔は大手のポーション仕入担当だ。

 安定した職場で、高給取り。

 ミス無く仕事を熟していたが、ぬるま湯に浸かっていたようなものだ。生活に危機感など覚えない。


 しかし職を失い必死になる理由ができたので、昔よりも頑張らねばいけなかった。

 ノートンが頼もしくなったのだとしたら、それは、そうせざるを得なかったからだろう。


 ノートン自身は昔から真面目にコツコツ仕事をする人間で何も変わっていないが、与えられた環境が違うのだから行動が変わるのも当然だ。



 もしも、だ。

 最初からノートンが今の冒険者ギルドに居たとしたらどうだっただろう?


 その時は、助けたい中小規模のポーション工房との縁もなく、今ほど頑張ったとは思えない。

 きっと、ギルドでそこそこの仕事をして終わっていただろう。


 ノートンは大手に5年間も居たからこそ、そこを追い出された後に頑張れたのだ。

 全ての結果は繋がっている。

 何も無駄な事など無かった。



「ま、今度、仕事が終わったら呑みにいこうぜ」

「えー。奢りなら良いですよ」

「おい! お前の方が貰うもの、貰っているんじゃないのか?」

「そうでもないですよ。以前よりも収入は減ってますし」


 顔なじみと話をしながら、ノートンは規定数のポーションを鑑定し続ける。

 軽口をたたき合いながらも、仕事に対し真剣な目で作業をする。

 手抜きなど、一切しない。


「じゃあ、またな」

「ええ、楽しみにしていますよ」



 ノートンはポーションの仕入担当である。

 きっと、それだけはずっと変わらない。

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