2-2 -フェリル-
ここでようやくフェリルからの視点となります。
フェリルの性格とともに従者のルシアナ、そしてエレーナと、女性の登場人物が増えていきます。
キャラ分けして描かれているかも、ポイントかもしれませんね。
潮騒の中に銃声が3つ響いた。砲口より煙が空にゆらゆらと昇っている。砂浜には砕けた陶片が散らばっていた。
「まさか3つとも的中とは――」
「見事だ。素晴らしい!」
フェリルは椅子から立ち上がって、手を叩いて感歎の賛辞を送った。彼女の視線の先には、一人の少女が、銃を抱えて立っている。無造作に伸ばしたぼさぼさの髪に、土埃のついた上下の衣類。首をやや持ち上げるようにして、フェリルらに一礼をした。
船舶の留まる入江から歩いて十分したところに、砂浜が広がっていた。日はまだまだ高く、秋らしい軽やかな陽光が降り注いでいた。風は頬に感じるぐらい。波は小さく穏やかである。
三本の柱を立てて、掌ぐらいの皿を的として括り付けていた。撃ち落としてみよと、フェリルは命をだした。
少女は規定の立ち位置に足を揃えると、人差し指を一舐めしてから、自身の顔前で突き立てた。口を堅く噤んで、しばらく動かなかった。瞑想でもしているように、ルシアナは感じられた。潮風に髪を遊ばせながらも、身体の芯は微動だにせず――空気の流れを読んでいるよう。
そして、ゆっくりと腰を下ろして砂浜に膝立ちの姿勢を整えた。猟銃をかまえて、腰に巻き付けていた袋から、実包を取り出す。そこからが早かった。装填してからトリガーを引くまで、迷いのなさが伺える。そしてその全てが的中していた。
「気に入った。採用しよう」
「フェリル様、それは――」
背後に控えていたルシアナが慌てて言葉を放ったが、一度決断し、声を放った以上、覆ることはないと察して、言葉を続けることを止めた。ただ頭を抱えているレイチェルの姿が、ルシアナの脳裏には浮かんでいた。
大陸の港町ランスに着くとともに、フェリルは、事務所に現れた少女の話を耳にした。雇って欲しいと懇願されて、手に負えず困っているとの旨です。
これからベルグラーヴへと向かう最中であった。もっとも船に積んでいる荷物を降ろし、今度はロシュへの列車に積荷をする。そのために一週間、ランスに宿泊することが決まっていた。ベルグラーヴに入るのは、さらに列車から馬車へと積荷して移動をする必要があるため、更に3日後がかかると計画されている。
レヴィンの報告書を読む限り、ベルグラーヴも順調に事が進んでいるようである。ロシュで雇った使用人を巧く配置して、屋敷の整理が進められている。最も、ルシアナ達が入ってからも配置換えなど手が加えられるが前提である。
本島から十名とラウレルから二十名。それがアダム・カーライルが決定したベルグラーヴへ派遣される人数だった。
ザイカやワホウの交易の拠点ともなっているラウレルからも人数が割かれている。記載されている氏名も、ルシアナには思い当たらぬ名前ばかりであった。ホセ、ロドリコ、エミリオと綴りからでは大陸や本島でも使われている名前ばかりだが、現地の者たちが含まれていると、ルシアナは察した。同時に、狙いも、ぼんやりとではあるが、勘づくところはある。フェリルは書類を渡された時点で、納得済みなのだろう。淡々と報告書や計画書を読み進めていった。
ユーリからも修道院へ向かう旨の書簡が送られてきた。カーライル家が教会の本山に献金までしている。要望の教師が派遣されるのは内定しているが、まだ気が抜けない。適宜、ユーリからの連絡を仰いでいた。
猟銃を持った少女はエレーナと名乗った。年頃はフェリルやルシアナよりも二つ、三つ下のほどの年齢と見受けられた。汚れの目立つ雑然とした装いに、ガラス細工のような青い瞳が不釣り合いだった。交易の事務所にふらりと現れて、雇って欲しいと、か細い声で願い出てきたとルシアナは聞いている。
採用に当たっての書類の記載を求めるも、ペンを持たず、両手を膝に置いて、身体を小さく窄めるだけだったそうだ。このままでは採用できないと、係が告げると、袖をつかんで、何でもしますから、お願いしますと懇願したと報告を受けている。のっぴきならない事情でもあるのか、引き下がる気配もなかった。所持品は僅かな銭貨と猟銃、火薬と実包、灰まみれのボロボロの布巾、ぐらいであった。火薬や実包は狩りで得た毛皮を売ったものであり、残りは5発分となっていた。
出身地を尋ねると、シュペートよりさらに北にそびえる山間の村だと答えた。所持している猟銃は、父の形見であると。銃の扱い方については父親に習い、後は独自で修練し、射撃の上でを磨いていったようだ。これで狩りをして暮らしていた。おカネを貯めて本島にでるつもりだったのだが、ランスにたどり着いた時点で底を尽きた。火薬と実包の費用が、山間の村より高くつくのが計算外だった。
なんとか食いつないできたのだが、いよいよ生活に困り果てたので、職に就きたいと申し出たそうだ。カーライル家の関わっている処ならば、本島へ出ることはある。あるいは遥か東の果てのザイカやワホウで自身の持つ猟銃が活躍できる場があるのではとの、計算もあったようだ。読み書きはできなくても、情報収集はキチンとしている。その点はルシアナもフェリルも感心していた。
しかし一方で疑念があった。それは身の上話を聞く前から、抱かれていた疑いでもある。――なぜこのタイミングで。
ベルグラーヴの一件がある。マーク・トンプソンはいまだ行方不明であり、教会を襲撃した面々も明らかになっていない。
――さすがに素性の知れない輩は雇えませんよね。
裏に回ってから係はルシアナにそう言った。彼女は、その通りと、肯ずることはできなかった。彼女自身が氏素性の知れぬ輩であったからである。十五年前にフェリルの誕生日プレゼントとして、アダム・カーライルに拾われて以来、フェリルの側に立ち続けている。
拾われた場所は裏路地とも娼館とも定まっていない。どちらでも関係ないと割り切っている。ルシアナ・ファンリーの名前も、フェリルが読んでいた書籍から付けられたものだ。それ以前の名前は憶えていない。また、思い出すこともないと、ルシアナはあしらっている。読み書き算術、生活の知恵も、武術もすべて、フェリルとともに習い、育てられてきた。そして今、フェリルの傍らに常に立ち、彼女の手足となって働いている。それが肝要であった。
――面白い。
ランスに着いてから暇を持て余していたこともあってか、フェリルが直接、エレーナの向いに座った。そして、じっと彼女の青い瞳を見つめた。睨むような鋭い眼差しだった。臆したのかエレーナは背を引いて、顔を強張らせる。突然現れた尊大な娘が、厳しい視線で自分の品定めをしている。身構えるのも頷ける状況だった。
――では、その銃の腕を見せてくれないか。
しばらく見つめた後に、フェリルはそう言った。束の間、エレーナは目を丸くさせた。しかし覚悟を決めたのか、すっと眦を尖らせて、やりますと答えた。
「読み書き算術は、これから教えればよいだけだ。何とかなるだろう」
手招きをしてエレーナを側まで近寄らせた。
「ありがとうございます」と小走りが駆け寄り、彼女は深々と頭を下げた。満足そうにフェリルは表情を崩した。
「それで申し訳ございませんが――」
頭を下げたまま、エレーナが言葉を続けた。
「おカネの前借りをお願いできませんでしょうか」
上目遣いに、申し訳なさそうに眉間にしわを寄せてエレーナはそう言った。まさかの言葉に今度はフェリルとルシアナが顔を硬直させる番だった。
取り敢えず、最寄りの事務所に下がっていった。書類をまとめるためである。
「でも、私は文字が――」
「ルシアナが口頭で説明する。了承の認印は、拇印でいい」
エレーナの言葉に対して端的に答えていった。
「ちなみにエレーナ。前借りをして一体どうするつもりだったのですか」
ルシアナが尋ねると、「いや、その――」と視線を泳がせて言葉を濁した。
「何これからは、衣食住、生活用品、銃の消耗品、すべて面倒をみるぞ。言ってみろ」
前を歩くフェリルがそう付け加えた。ホントですか、とエレーナの青い瞳が一層に輝いたようだった。
――またご勝手に、とルシアナは頭を掻いた。
「いや、その、借りているおカネを、返さないといけないもので」
聞けば、証文のいらない金貸しにカネを借りて生活をしていた。本来ならば狩りへ出るべきなのだろうが、ランスに身を置いて以来、狩猟を行っていなかった。
「どうしてランスへ」
「本島に行ってみたくて」
「ランスで所持金が尽きて、結局、ここでダラダラと借金しながら暮らしていたわけだ」
エレーナは顔をくしゃくしゃにしてぺこりと頭を下げた。
そして、フェリルはルシアナとエレーナへと交互に見比べ始めた。顔ではなく肩から胸周り、腰へと視線を上下に、這わせるようであった。
「ルシアナ、取り敢えず、エレーナに服を貸すように。後、ベルグラーヴに着くまでに、何着か仕立てないとならないな」
「いえ、それはお給金で」
「仕事着よ。後、私服も、その格好でベルグラーヴ領の勤め人だと思われると、いささか態が悪い」
――あまり服を持っていないのだけれども。
心内でそう思いながらも、時折、フェリルの着せ替え人形になることがあるのを思い出した。今は黒のロングパンツと無地の白いシャツと動きやすい装いで済ましているが、フェリルの興に付き合いフレアスカートのワンピースやコルセットで腰回りを絞ったドレスもある。ルシアナの黒髪を梳かして、薄く化粧を施す。これもフェリルが手掛ける。
その際、フェリルが着ることはない。彼女もまた、軽装のパンツルックを好む。よほどでない限り、スカートを履かない。その分かはわからないが、ルシアナに服を買ってきては、着せて眺めて――そしてルシアナにその服装一式を送る。そうやって楽しんでいる嫌いがあった。
今一度、じっとエレーナの顔立ちを確認する。化粧気はないが、目鼻立ちは整っている。何より瞳の青色とともに調和がとれている。
「お嬢様、まさか」
眼差しを尖らせて、フェリルを見つめやる。
「当座の服装だけだ。」
「アーネストに読み書きと出納帳の付け方を教えるよう、伝えておいて。それまでの財布の管理もね」
「畏まりました」
「借金の返済も――アーネストが適任かしらね。エレーナに案内してもらって、向こうの言い値を即金で返してこいって」
こちらが認識している額を返しても、なんだかんだ物言いをつけて繋がりを残そうとするのが、この手の金貸しであると、二人とも認識している。
アーネストは積荷の検査と列車への手配を進めていた。使いをやって、取り急ぎ、エレーナの借金返済を優先させた。
「やることは、手配の確認と、変更の調整だろう。半日ぐらい後回しにしても、アーネストなら十分にできるだろう」
エレーナはありがとうございますと手を合わせて、フェリルに向けて何度も頭を下げた。
「しかし、任地はベルグラーヴだ。我々と帯同となる。本島へ渡るのは当分できないからな」
「それは諦めております。雇っていただけるだけで、感謝です」
売春宿の斡旋まで受けていたが、エレーナは頑なに拒否をしていた。何とか稼ごうと算段するも、月日ばかりが流れていき、今月末までに返済しなければ、強制的にでも働いてもらう最後通牒を申しだされていたとは、後でアーネストより報告を受けた。
「読み書き以前に、色々と教育が必要そうだな」
「今更そう仰られましても」
「面白い人材なのは間違いないだろう」
「それはそうですけれども」
海風のある中、三射三中させた銃の腕は確かに得難い人材である。
「しかし控えてくださいね。レイチェルさんからの小言が待っていますよ」
「それは勘弁願いたいな」
さすがのフェリルも苦笑いを浮かべて返事をした。
事務所に戻り、机上に上がっていた決裁案件の書類を一通り目を通す。明日からの挨拶周りのリストも含まれていた。
「――面倒だな」
「でもお付き合いは大切ですから」
「仕事の半分は人間関係か」
「特にカーライル家は商人なのですから」
「まったくだな」
同意しながらも、フェリルは嘲を含んだため息を吐き出していた。
すべての書類に目を通し、サインと修正の赤入れを加え終わる。窓より西日が射し込んでいた。
「屋上へ行こう」
「畏まりました」
ペンを机上に放り投げるや背を伸ばしながら、フェリルはそう言った。ルシアナが返事をする前に、椅子から立ち上がって、扉へと向かっていた。
外に設けられた安普請な階段を登り切り、屋上に上る。――海が見えた。橙と黒とに輝く海が広がっていた。
「しばらく海は見納めだな」
「――そうですね」
風が吹いていた。少し冷たい秋の風だ。フェリルは腕を組んで、淡く赤く輝く西日を眺めている。ルシアナも同じく、彼女の側に立ち、夕焼けを眺めていた。
「これから忙しくなるな」
声の調子が軽やかである。頬は僅かに笑みを刻んでいるように見受けられた。ルシアナは唇を閉ざしたまま、日が落ちる様を見つめながら、自分の表情が強張っていくのをはっきり感じていた。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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