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11-2 -フラッグ-

 フラッグの足取りは重たかった。それでも、ベルナールとセルジの二人についていくしかなかった。下唇を噛みながら、乾いた風の流れる森の中を進んでいく。


 一つの峠を登り切った所に、山小屋が設けられていた。トーマスなど山に入る猟師らが夜を越えるために用意されている。六人が入るには狭かった。


「申し訳ございません、教司様」


 ベルナールが白髪交じりの頭を下げてそう言った。セルジは道の途中で狩った獣と野草を調理している。


 リディアは小屋の唯一の椅子に腰を掛けていた。遠慮していたのだが、私たちも立ち続けなければならないとベルナールが泣き落とした。彼女の背後には青白い肌のハンネスが、尖りを帯びた眼差しで控えている。鉄板を仕込んだ具足に腰にはナイフを下げ、手には銃を握っている。森の中でも山登りでも、手放さず、ずっとリディアの守護士として備えている。


――仲間にも平気でナイフを投げつける男。


 躊躇がなかった。教会に入る前も、ベルナールとセルジの足元に銃を撃っていた。中らないことを確信しての発砲であるが、動きに隙がない。余計な言動をすれば、確実に撃たれると伝わってきた。


「ランベール教司を知っているか」


 リディアと女の守護士がトマの薬を取りに向かって離れた際に、彼はナイフを片手にそう尋ねてきた。


「知っている。我々が殺した」


 一拍の間をおいてから、ベルナールがそう言った。セルジが目と犬歯を剥いて、ベルナールの顔を見た。うすうす感づいていたが、はっきりと耳にすると、胸がざわざわと震え出した。


 四人が囲っていた机上にナイフが突き立てられた。ハンネスが刺し込んだ。そして、もう一本を逆手に握っていた。


「どうして話した」

「黙っていたところでいずれは明らかになる。暴かれる前に、晒した方がいいだろう」

「殺されにここに来たはずではないでしょう」


 セルジとハビエルは、集落の外から武器等を納めに現れたと聞いている。ベルナールはセルジの言葉に対して、眼を瞑って返答しようとしなかった。


――死んだなと、そう思う反面で、出るとこ出れば、無関係なのが立証されるかもしれないと、縋りつきたい思考がフラッグにはあった。


 そのまま無言となった。ベルナールもセルジもハンネスも口を閉じたまま。沈黙は重たかった。フラッグとトマはその重たさに圧されて、身を小さく縮ませていた。


――ハンネスが邪魔だな。


 一度だけ、セルジがぼそと吐き捨てた。ハンネスは狙ってそう行動しているとフラッグは睨んでいる。そういうことができるように、守護士として訓練を受けてきたのだろう、と。だからこそセルジの提案を遮るようにして、女の守護士に向けてナイフを投げつけ、脚に刺した。


――教司も女で守護士も女となるのは。


 緩やかな勾配の山道を進む際に、一考した。ハビエルと繋がれた少女の姿が脳裏をよぎった。過剰な対応であったが、なるほどと一つ納得した。


 同時に、ベルナールとともに教会を訪ねた際から、顔色一つ変えずに、ここまで来た。唇を固く結わえ、眼差しを尖らせて。灰色にすら見える肌が巌のように硬質に見えた。血を流してうめく彼女を一瞥だけして、フラッグらの動きに注視を続けていた。


「いえ、私は平気です。皆さまや、特にトマ君は大丈夫でしょうか」


 ハンネスに骨を折られたトマは、添え木で支えられている腕を摩りながら、床に尻をつけていた。リディアらの視線を感じてか、顔を上げてから、首をひょいと下げた。眉根を寄せている。恥ずかしさと嬉しさと申し訳のなさと、複雑なようでまだまだ子どもだなとフラッグはトマを見た。


「明日の昼には着く予定となりますので、どうかご容赦ください」

「謝ることはありません、ベルナールさん。これは私の、教司としての役目です」


 皴と痕だらけのベルナールの手をとり、リディアは青い瞳をまっすぐに彼の顔に向けて言い放つ。これができるから、彼女は教司なのだろうと、フラッグは部屋の隅で壁に身体を預けながら思った。自身が彼女に処方薬を出してもらった時のことを思い出した。――くれぐれもお大事に。そういいながら、彼女は両手でフラッグの手を包み込んだ。雪のような白い肌は、冷たく柔らかく、それでいて力強かったのを覚えている。


――トーマスは教会の処方に対して懐疑的だったけれど。


 彼の言動を思い出す。懐疑的というよりも、徹底的に批判、あるいは糾弾していた。国家間の戦争の裏に、教会の意向が潜んでいる。教会の処方薬の選定には、大聖堂だけが儲かるようになっている。そういった陰謀論めいた言説に、フラッグは辟易としていた。ただ彼から渡される乾燥葉の煙は、フラッグの心の震えを抑えるのに良く効いた。襲撃事件の後、銃声の幻聴が脳に響き、心が絞られるような心地に襲われることがあった。


 リディアから処方された薬は、幻聴を止めてはくれなかった。

乾燥葉を粉末にして、火で炙って煙を上げる。その煙を手で仰ぎ、端からゆっくりと吸い込む。視界がぐにゃりと歪み、頭の中がゆっくりと回り出す心地があったが、それが幻聴も、心の痛みも取り除いてくれていた。


 フラッグは教会に通うことをやめて、トーマスから乾燥葉を買うようになっていった。


「お身体のほうは大丈夫ですか?」


 森の中を進んでいる際に、リディアは何度かフラッグにそう尋ねてきた。フラッグは返答できなかった。「えぇ、まあ」と濁った返事しか喉から出てこなかった。「辛くなったら無理をせずに、いつでも仰ってくださいね」とリディアはつづけた。赤みがかった頬と柳のような柔らかな眼差し。フラッグはリディアの顔から目を逸らして、小さく頷くのが精いっぱいだった。


「で、これからどうするんだ」


 焼けた香草の匂いが鼻に届いた。狩ったウサギに野草を詰めて焼いた料理をセルジが用意していた。トーマスもよく似た調理をしていたのをフラッグは思い出した。


 手持ちのナイフで切り、それぞれに取り分ける。ハンネスはこれを拒み、リディアに注意を受けていた。暗にリディアに口にしないようにと告げているようでもあったが、リディアは守護士の言葉を聞かなかった。結局、毒味と称して、彼は一口だけセルジの料理を食んでいた。


「カーライルが手を出す前に、こちらから手を上げて出ていくしかないだろう」

「そうするつもりで、このザマだろう」


 フンとセルジがベルナールの言葉を鼻であしらった。


「そのために私が着いてきているのでしょう」


 リディアが口をはさんだ。セルジの親指の爪より小さな眼が、彼女を捕らえる。蔑ろの

色を多分に含んでいるようにフラッグには見受けられた。


「ドライゼか、アストラに間に入っていただき、我々の正当性を発言できる場を用意していただくよう――」

「それは期待し過ぎだ。それに教司殺害の責は免れられないだろう」

「――殺害は、貴方たちの独断でしょう。集落を巻き込まないでいただきたい」


 ベルナールがちらとリディアの表情を窺ってから、噛みしめるように言った。彼女は固唾を飲んだのか、口を噤んで、二人の会話を聞いていた。


「ここまで関わってきて、そうはいきまい」

「そうだな。その通りだ。しかし、集落の者すべての責とならないようにしなければならない。それが私の長としての、これからできるせめてもの役目だ」


 ベルナールの意思は決まっているようであった。セルジは呆れ混じりの半眼になっていた。リディアは大きく息を吐き出しているようだった。そのままランベール教司および彼の兄であるジャンの殺害について、彼女は問うことはなかった。


 その後、雑魚寝となって、夜を過ごした。リディアも椅子に腰かけたまま、眼を瞑っていたが、その背後には常にハンネスが厳しく眼を尖らせていた。


 日が昇り始める前に小屋から出て、集落へと目指す。吐く息は白く、空気が身体の芯まで冷やしてくる。毛皮で守られていても、手がかじかんでくる。


 教司を連れている。山道や森を歩くのに慣れておらず、すぐに肩で息をするようにして歩く姿となっていた。ハンネスやトマに助けて貰いながら進んでいる。ベルナールはこまめに休憩をとりながら、集落を目指した。


 到着した時には、当たりは真っ暗となっていた。手燭灯を頼りとして、暗がりを進むのは恐怖であった。なんとか間に合ったと、フラッグは息をついた。


 ベルナールとセルジの二人の表情は、ここでひと際、険しく強張らせていた。


「取り急ぎ、こちらにお越しください」


 ベルナールはそう言って、リディアを案内する。その後ろにはハンネスも着いてくる。セルジとトマも、ベルナールとともに歩を進めていった。フラッグも、現状、寝泊まりするのはベルナールの暮らしている家である。彼の後を追うしかなかった。


 集落の中央に設けられた家に入る。一人の男が居間で待ち構えていた。狼のような細面のハビエルだった。ベルナールとセルジを睨むのもつかの間、彼らの後ろに立つリディアとハンネスの姿を見て、顔を歪めさせた。


「お前も話を聞くべきだろう。時間をくれないか」


 レンガ造りの暖炉に火を入れて、ベルナールは最寄りの椅子に腰かけた。セルジやハビエルも自身の近くの椅子を引き寄せて座る。ハビエルは腕を組み、見下げるようなベルナールに視線を向けていた。


 リディアとハンネスは居間の入り口にいる。ベルナールが奥へと招き入れようとするも、ハンネスが牽制した。リディアは二人の顔をちらちらと見比べていたが、ベルナールが根負けした。トマはリディアの傍に控え、フラッグはベルナールの近くの椅子に座った。


 状況を手短にハビエルに伝えると、彼はわざとらしく舌打ちをして、苛立ちを現した。「言わんこっちゃない。案の定とはこのことだ」


「カーライルから斥候が来ているだろう。ここが特定されるのも時間の問題だ」


 ハビエルの言葉に続けるようにして、セルジが言った。


「教司様が居る限り、問答無用に攻めかかってくることはないだろう」


 ベルナールが言った。


「申し訳ありませんが、その点はよろしくお願いいたします」


 彼はリディアに正対して、姿勢を正してから、深く頭を下げた。


「リディア様の兄は、お前らが殺した守護士だ。ランベール教司の件もある。よくもまあ、そう頼れるものだな」


 棘のある言葉が響いた。ハンネスの声だった。


「ハンネス、何を言うのです」


 リディアが咎めるも、ハンネスの厳しい眼差しに変化はない。ベルナール、セルジ、ハビエルの三人に向けている。


「誰が殺したと言った」


 ハビエルの言葉に対して、ハンネスはベルナールを顎で指して答えた。


「余計なことを言ってくれたな」

「――ならば、トーマスとともに、ベルグラーヴの娘を攫ってきたのはなんなんだ。向こうは軍人まで使って、探査を仕掛けてきた。それが先日の銃撃戦になったのではないのか」

「蝶の羽ばたきが、巡り巡って竜巻を起こすっていうのか」

「少なくても、ここまでの因果関係は明確でしょう。そしてそもそもを辿れば、お二人がベルグラーヴを取り戻すと――」

「それが悲願なのだろう」

「そうだな。その通りだ。その甘言に転がった私の責は重い」


 噛みしめるようにしてベルナールは言った。


「そこで頼みである。集落の者をドライゼかアストラへ連れて行ってくれないか」


 ベルナールは並んで座るセルジとハビエルに向けて、そう言った。セルジがハビエルの顔を一瞥した。ハビエルは口を噤んでいるが、


「いや、二人には残ってもらおうか」


 またもハンネスが口を開いて、横やりを入れてきた。


「二人は絶対に、だ。そして、三人で教司殺害の件について、エンフィールドに出頭してもらわなければならない」

「言ってくれるな」


 ハビエルが腰を上げた。手には短銃が握られていた。「よせ」と、セルジがハビエルを制した。ハンネスの手にもナイフが握られていた。


「自分が行きましょうか?」


 フラッグが恐る恐ると手を上げた。


「お前はエンフィールドの人間だろう」

「繋がりがあるわけではありませんが――」


 フラッグはここにいる六人を改めて見渡した。本来ならば教師のリディアに頼むべきなのだろう。ただカーライルとの交渉役として、この場から離れられない。そうなるとハンネスも貼りつくことになる。未だ子どものトマに先導させるわけにもいかない。


「自分しかいないように見えるので」

「判った。明日、さっそくだがよろしく頼むぞ」

「その前に、兵隊の準備だ。戦えるヤツは残しておくべきだ」


 ベルナールの言葉に被せるようにして、ハビエルは言い放った。


「あと、こいつらどうするんだ」


 つづけるようにして、顎でリディアとハンネスの二人を指した。


「交渉役として」

「カーライルは教司様を確保したら、何をしてくるかわからない。その点を留意して――」

「とりあえず、二人とも奥に居てもらおうか」


 セルジが言った。


「こちらとしては、教司様が切り札だ。初手から差し出す策はない」

「あくまで争いが前提なのですか」


 リディアが尋ねてきた。セルジは目を瞑って聞き流し、ベルナールは口を噤み、眉根を寄せて視線を逸らした。


「そうだ」


 ハビエルは断言した。その目の奥は爛々としていた。


 フラッグは息をのんで、夜が明けるのを待った。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

これからは終盤に向けての駆けてまいります。

引き続きご愛顧いただければ幸いです。


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何卒よろしくお願い致します!

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