11-1 -ルシアナ-
リディアとハンネスがベルナールらの後に着いて森の中に消えていった。フェリルの行動は早かった。アディとアンワルに斥候として追うよう指示をだし、保安駐在所とロシュへの応援要請を出すように、伝令役の馬を走らせた。
「マーレイにも、登録した傭兵を連れてくるように伝えておけ」
ルシアナはフェリルの背後に控え、ひりつくような声音を放つ彼女を見るしかできなかった。
――動くときは、風のように早く疾れ。
フェリルとともに読んだ書籍に記されていた言葉を思い出した。――あなたの親の国の言葉ね。フェリルはそう続けたが、ルシアナは首を傾げて受けるだけだった。
回復の傾向にあった。杖はもういらないと言って、屋敷から外に出ていった。アーネストは代理委任として、引き続き対応をするからと彼女に告げていたが、それをフェリルはそれを拒んでいた。
「ベルグラーヴを治めることを任された。結果を出さねばならぬ。それために陣頭指揮を顔を見せて為さねば、誰も私に着いて来はしまい」
彼女はそう言い放ち、アーネストやレヴィンのレイチェルの制止を振り払って、馬に跨った。ルシアナも止めるべきであることはわかっていたのだが、それ以上に着いてくるな、と拒絶されることを恐れた。声調に棘があり、佇まいは針のような尖りがある。
屋敷なの手すきの者をかき集めて、教会へと向かっていった。眼差し厳しく、教司のリディアと、教会に助けを求めたという四人の顔を睨んでいた。
結果として、四人を確保することをかなわなかった。それどころか、リディアが自ら、向こうに着き、森の中へと消えていく運びとなっていた。
「ハンネスさんが着いていますから、万が一があっても」
「それでも万が一は万が一だ。ランベール教師はその万が一で殺されているんだ。その時は、カーライルは家としても終わりだ」
フェリルは硬くそう断言した。
「犯人の確保と処断も絶対だ。教会の言葉を反故するわけにもいきまい」
ランベール教司の襲撃については、エンフィールドも肝を入れている。ユーリの部下にドライゼやアストラ、果てはファブリカの大聖堂にまで赴かせて調査をさせていると、ルシアナも聞いている。分厚い報告書が毎月のようにユーリから送られており、カーライル家としても、ユーリに向けてベルグラーヴの現状とともに、保安駐在所と連携して進めている調査の状況報告書を送っている。
「まさか向こうから来るとはね」
カーライル邸に戻る際に、馬上でフェリルがそう呟いた。熊のような白髪の大男に、狼のような尖りを帯びた目つきの男。そして、リディアに治療を受けていた少年と、保安駐在所に勤めていたフラッグ。彼については、先日のレヴィンの報告からトーマスとともにベルグラーヴと襲撃犯とをつなぎパイプ役として注意が定められてばかりの人物だった。
残りたいとの旨の発言も聞こえた。しかし結局はベルナールとともに、フラッグも森の中へと消えていった。リディアの手を取って歩くトマと、その後ろでちらちらと振り返りながら進む様子に、ルシアナはフラッグの未練の意思をみた。
「意外でしたか。でもハンネスさんに指示を出していたのですよね」
「一応、ね」
教会までは距離がある。小さな川を越えて、小高い丘を登らねばならない。川沿いほど近くに、家の者を置いて、教会の動向を見張らせていた。
四人が現れる瞬間は見られなかったと、報告があった。教会が死角となっていたようだった。その点をフェリルは咎めなかった。銃声が響いてから、一人がカーライル邸に駆けていき、もう一人が保安駐在所へ向かった。配置と指示を誤っていたか、とフェリルは苦々しく顔を歪めて呟いていた。
「しかし教司様は頑迷が過ぎるな」
「リディア様は、教司としてのお立場がありますから」
「それでも、あれはなかろう。まさか自ら前教司と自身の兄を殺した連中に着いていくとは」
「そうですね」
――頑ななのはフェリル様も同じように思えます。
喉元まで込みあがってきたのだが、ルシアナは発することは堪えた。亜麻色の髪を搔きむしりながら苛立ちを隠さない彼女の背後に黙して控える。自分はあくまでフェリルの従者である。カーライル家に拾われて、彼女の傍らで常に控えることが、自身に与えられた最大の役目である。
屋敷に戻ると、フェリルはすぐにレヴィンとサイモン、そして療養中のギルバートを呼びつけた。教会に連れて行った者たちとともに、これからフェリルたちが消えた森へ向かうことを告げた。
「倉庫から武器を出せ。砲もだ。すべて持っていく」
ベルグラーヴに入った当初から、数点の武器を購入していた。レイチェルが高額の支出があるとして、ルシアナに愚痴を漏らしていた。屋敷の離れに設けられた蔵には、使われないままの大砲や重火器が並んでいた。
――常に備えていなければならないからな。
ルシアナがフェリルに尋ねると、淡々とそう答えていた。試し撃ちを数度行った後に、蔵から一度も出さずに納められている。埃を被っているものもあるだろう。
「戦争にでも行くつもりですか」
「戦う前に終わらせれば、幸いだ。可能な限り戦闘は避ける。当然。可能な、限り」
噛みしめるようにしてフェリルは言った。
「我々は殺し合いをしに行くわけではない」
フェリルはそう言葉を続けるも、集まった皆の眼差しは厳しいままである。
「教司様が人質として取られているのでしょう」
「何もいきなり攻撃するわけではない。しかし、武装もなにもなしでは交渉のテーブルにもつけないだろう」
「そのための教司様では――」
レヴィンの問いに対して、フェリルは返事をしなかった。ルシアナには無視を決め込み、意図的に排していたように写った。
「ギルバート。例の現場まで、何日かかる」
「交戦の現場ですか。最短で二日となりますが――」
「物量の都合を組めば、三日と見といたほうがいいな。そこからさらにかかることも踏まえて片道五日分。計十日か。メリル、軍糧と荷駄の手配を頼む」
急な言葉にメリルは目を丸くして、人差し指を自分自身に向けていた。
「フェリル様、お言葉ではありますが――」
「レイチェルには命じていない。レイチェルには、ベルグラーヴの惣と出納に集中してほしい」
メリルの隣に控えていたレイチェルの言葉を叩き切るように遮って、フェリルはさらに細かに指示を飛ばす。また倒れてしまうのではないか、との不安がルシアナにはよぎった。背後に控えながらも、口を大きく開いて発言する彼女の姿をはらはらしながら見つけていた。
「――以上だ。すぐに取り掛かれ。準備整い次第、出発だ」
「マーレイやロシュからの応援は」
「間に合えば、共に出る。そうでなければ、ベルグラーヴの守備についてもらう。この状況は迅速を貴ぶ。待つという選択肢はない。アーネストとサイモンは、残り守備の指揮を頼むぞ」
フェリルの回答は早かった。まくしたてるような言葉づかいではなく、一つ一つを明瞭に、確実に通りように声を発している。
「ルシアナ。私のチョッキと装具を出しておけ」
「フェリル様も向かわれるのですか」
「当然だ。私が交渉する」
あまりにも真っすぐな彼女の視線に、ルシアナは押し黙るしかなかった。大股で進む彼女を追って、用具室へと向かっていった。
――守護士が教司を守ることが絶対ならば、私は彼女を守り切ることが絶対。
ハンネスが同僚のクレアに向けてナイフを投げつけて、脚に怪我を負わせたのを見た。一瞬の出来事であり、呆気にとられて何もできなかった。ハンネスの顔を検めると、青い肌に冷徹なまなざしを、森から現れた四人に向けていた。血を流し呻くクレアは一瞥もなかった。
負傷したクレアは応急処置を施された後、保安駐在所の預かりとなった。肩を借りて連れられて行く際に、喉が切れんばかりに慟哭する姿があった。胸を殴られるような痛々しさに、ルシアナはすぐに目を逸らした。
「ハンネスは守護士として、どうしてあのような行動をとったと思うか?」
帰り路の馬上で、フェリルがそう問いてきた。ルシアナはさあと言葉を濁して答えなかった。フェリルもそれ以上、このことに関して話をしていない。
――あのような機転を求めているのだろうか。
そう感じながらも、ルシアナは未だ問いに対する答えを見出していない。
鉄の鎖を縫いつけてある胴前に、鉄板を仕込んだ籠手や脛あて。総重量はどっしりと腰にくるほどである。病み上がりのフェリルにこれを装わせるのは気が退けていた。
「――皆が私を誤解している。そう思わないか」
具足の介添えをしていると、そんな呟きが聞こえてきた。風が吹けばどこかに飛んで行ってしまいそうな、木の葉のような声音だった。腰かけて装いを整えているフェリルの口から発せられた言葉であると気づくのに、一拍の間を要した。
咄嗟に顔を上げる。いつもはきりりと凛々しく鋭さを帯びているフェリルの眦が、糸くずのように垂れていた。
「フェリル様のお身体を心配されているのですよ、皆さま」
「そうかな」
「そうですよ、フェリル様」
平静を装いながら、ルシアナは答えた。答えながら、彼女の負っている物を改めて考えてみた。カーライルの末娘として、ベルグラーヴの領主として差配を任されている。同じ年頃の貴族の娘はいまだに家の外から出たこともない者も多いとルシアナは聞いている。現場に出て業務を取り仕切るのは、男でも僅かである。父の思惑を踏まえて、自身の責任で指揮をふるうのは、やはり重たいのだろう。
「私は、常にフェリル様の味方ですから」
フェリルの胴前を固く結わえながら、ルシアナはそう言った。遊びをわずかに残しながらも、これでずれて体位が崩れることも、落ちることもない。
「ありがとう」
顔はみなかった。ただフェリルから羽のような軽やかな声を聞こえたことで、ルシアナには十分だった。
自分自身にも具足を整えてから、用具室を後にする。
「私も連れて行ってください」
すぐに声がかかった。ロングスカートの給仕服姿ながら、猟銃を抱きしめたエレーナが居た。フェリルは足を止めて、彼女の青い瞳を見つめた。
「足手纏いになりません。挽回の機会をください」
先の指示の中に、エレーナの名前は出なかった。森の探査の際の彼女の立ち回りは、報告を受けている。交戦時には木影に隠れて、震えるばかりで何もできなかったことも、フェリルもルシアナも耳にしている。
「挽回も何も、あなたは先の隊で十分に役割を果たしたと聞いています。負い目を感じる必要はありません」
「しかし――」
共に行動していた者たちが、目の前で血を吹いて倒れた。その現場に銃を以て居合わせて、何もできなかった。その現実に対して悔いがあるのだろう、とルシアナは推した。
「判った。着いて来なさい。期待している」
ランスでの、彼女の射撃の腕前を思い出した。猟師として山の中で獣を狩ってきた経歴とその技は頼もしい。
「無理はしなくていいからな」
「ありがとうございます」
エレーナは頭を深く下げると、踵を返して駆けて行った。支度を整えに戻ったのだろう。さすがに給仕服のまま、森や山に入ることはない。
「アンナのことも気がかりだが、気負いが過ぎて動きが悪くなるかもしれないな。彼女は注意が必要そうだな」
エレーナの姿が見えなくなってから、ぼそとフェリルが呟いた。「そうですね」とあいづちを入れた。
屋敷の大階段を下りていると、下階より駆け上る給仕が居た。褐色肌のルオであった。声が響いた。
「ユーリ様がお越しになりました」
「このタイミングでか」
「どうしてもお会いしたいと。応接間でお待ちです」
「そうか。ルシアナ、このままいくぞ」
具足姿のままなのは、礼儀に反するところでもあったが、フェリルはルオの後について進んでいった。ルシアナは彼女たちに追っていくしかなかった。
応接室のソファには二人の男が座っていた。無精に伸びた髭と碧色に見えるほど汚れで濁った金髪姿はユーリであり、年若で髪を短く切りそろえた男は、彼の部下のカイルだろう。ユーリが彼を使って捜査を進めていたことはルシアナも聞いている。
「今は急いでいる。挨拶は抜きにして、本題はなんだ」
二人に相対するようにして、フェリルは用意された椅子に、浅く腰を下ろした。ルシアナはフェリルの背後に着く形で起立のまま、二人を見た。カイルは強張った表情をしているのに、気がついた。
ユーリは黙したまま、一枚の紙をフェリルに差し出した。フェリルも口を噤んだまま受け取り、さっそくと広げる。
彼女の唇から、深いため息が吐かれた。紙はすぐに元の通りに折りたたまれて、フェリルは自身の上着のポケットに収めた。ルシアナからは一文字も読み取ることはできなかった。
「これが教会からのお達しだ」
「本意ではない。関係したもののみでいいはずだ」
「――教会からのお達しだ。森の奥に人の住む場所などは、初めからなかった。エンフィールドが、ベルグラーヴに新領地として切り拓くことを認めると、督郵からの伝達だ」
ユーリの口から重々しく言葉が紡がれた。
「ひいては、私たちも着いていかせてもらう。エンフィールドの部隊として、武器の提供を求める」
ユーリの瞳は苛烈であった。
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