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8-3 -レヴィン-

乱取りがいよいよ勃発

銃撃戦から結末に向けて

 銃声が森の静寂を貫いた。フランツの脚が止まり、喉元を抑えながら倒れこんだ。


「隠れろ!」


 ロベルトが叫んだ。耳に届く前にレヴィンは大樹に背中を預けた。銃を抱きかかえると、膝が折れて、しりもちをついていた。


――どうしてこうなった。


 レヴィンは樹からそろりと顔をだして、フランツが倒れこんだ方角を確認する。がさがさと枝や草が揺れている。フランツが真っ赤に染まった首元を抑えたまま、震えていた。大きく開かれた丸い瞳が、こちらに向かっているようだった。レヴィンはすぐに顔を戻し、銃を握りしめた。


 銃声がもう一度、響いた。びしと樹の幹でも当たったのか。それ以上の音は聞こえない。


「方角はわかるか」


 眼を瞑りながら、叫んでいた。


「アディ、フランツを助けろ! エレーナは銃を構えろ」


 すぐ近くから声が響く。途端、がさがさと草木が揺れた。額や顎に入れ墨を施した褐色肌の男――アディは手で地をかくようにして、木々の合間を縫うように進んでいく。


 声の主はギルバートだった。すぐそばの樹影より銃を構えている。中腰の姿勢となって、茂る草葉に身体を隠すようにしている。レヴィンは深呼吸を繰り返して、高鳴った鼓動を沈ませながら、ギルバートの姿勢に倣った。


 肌が強張るような冷気の流れる森の中。急こう配が続く峠を、時には綱を頼りにしなければならないような山を越えて、七人の隊列を組んで三日ほど歩き続けた。「何か見つけるまで、帰ってくるな」とのフェリルからの厳命であった。


――何かって、なんだよ。


 行程では、ずっとそう胸の内で毒づいていた。吐く息は常に重く、疲弊しか覚えない。

ギルバートやフランツの指示に従い、山や森で過ごしてきたアディとエレーナの直観を尋ねながら、彼自身は隊の中で黙して歩だけを進めていた。従軍経験のあるネイトとアディの仲間であるアンワルは、軍人やアディの補助として、彼らが言葉を放つ前から、何かを察して傍により、斥候として先に進むなり、野営の見張り役として構えるなど働きをしている。


 風に運ばれてくる火の臭い、足跡や草木の折れた跡、そういうものを頼りに、野営をはりながら探査を進めていた。どうせ何も見つかりはしない、と心内で決めていた。ベルグラーヴが襲撃の際に、エンフィールドが軍を上げて、森も山も犯人は捜しに入っている。教師殺害の犯人を確保して処するのは、エンフィールドの沽券にかかることである。それが成しえなかった現実がある。


――いやむしろ、だからこそフェリル嬢は、探査のための理由が欲しかったのか。


 砦の修復作業の足場が崩れた。崩れた足場には、鋭利な刃物による切れ込みが入っていたと報告書に明記されている。これはベルグラーヴの保安駐在所の公文書として、そう記されて、ロシュを通じて本島に届いている。そこを足掛かりとして、ギルバートとフランツが、ベルグラーヴに派遣された。フェリルは一個小隊を陳情していた。人数の心もとなさから呼び出されて、加わる運びとなった。


 銃を担ぎ、ナイフを片手に歩いながらも、銃弾が飛ぶ事態になるとはゆめゆめ考えていなかった。


 キーンと高音が耳を突く。ほぼ同時に銃弾が、葉草を貫いて、土に刺さった。


――こんなことをするために、カーライルに雇われた覚えはない。


 歯を軋ませながら、銃を握りしめる。また銃声が響いた。熱い粉が鼻腔に入り込む。ギルバートの銃口から一筋の煙が出ていた。


 もう一度、顔を出してフランツの様子を確認するも、彼の周りの草木が揺れていない。ただ、緑と赤と草木の枝があり、その中に微動だにしないフランツの姿があるだけだった。


 硬質な青の香りの中に、硝煙が広がっていく。空を切り裂く銃声が飛び交い、樹の枝が揺れ、幹が砕けた。がさがさと擦れ音が煩わしい。


「レヴィン、援護を!」


 ギルバートの声が響いた。砕けんばかりに歯を食いしばってから、レヴィンは引き金に指をかけて、銃を構えた。銃の打ち方は習っている。弾を込めて、装填し、引き金をひくだけ。


 腰を低く据えて、葉草に身体を潜ませるように意識する。ギルバートの手が動いた。彼は左手へと移動すると合図を送っている。レヴィンには銃声から敵が隠れている方角を読むことはできない。ただ、先ほどまでギルバートが銃口を向けていた方向はわかっている。それに倣うことにした。


――魔法使いになった気分だ。


 引き金を引くと、耳を劈く音ともに、樹の幹が弾け落ちた。初めて銃を撃った時に、友人がぽつりと漏らしていた言葉をレヴィンは思いだした。呆けている暇はない。すぐに二発目の銃弾を装填して、引き金に指をかける。がさがさと最寄りの草木が揺れている。レヴィンの銃撃の間をぬって、ギルバートが行動に移している。


 チカチカと森の中で明滅する光がある。炸裂音とともに、空を割いて弾丸が飛びかう。その中で耳を掠める。ちりちりと頬に熱を感じた。そっと触れてみると、血が流れていた。


「大丈夫か?」

「掠っただけだ」


 答えるのがようやくだった。声は震えていた。死ぬつもりはない。死ぬためにカーライルに勤めているわけではない。


――どうして、こうなった。


 ガーゼを取り出して、出血している頬に抑える。裂けは深くない。ただじりじりとした熱と流れる血が煩わしい。冬の冷気が流れている森の中で、蒸しあがった息が込みあがってくる。


 ネイトはギルバートから離れて、繁みを利用して敵の把握に動いている。時折、彼の手が、銃先が繁みより上がる。アンワルは彼の支援として、銃を撃ち、繁みから敢えて身体を出して、狙いを集中させようと動いている。


 相手は五人か。ギルバートやネイトの動き、銃声の数から、レヴィンはそう読んだ。血まみれになったガーゼを投げ捨てて、汗と泥にまみれた両手を裾で拭い、改めて銃を握った。


「エレーナはどこだ」


 アディはするすると樹に上り、銃を撃ち、相手の位置を確認している姿を見かけた。フランツが撃たれてから、彼女の姿だけが見当たらない。


 山の中で空を読み、風を読み、土のくぼみから足跡を読み、ここまで至るのには、彼女が猟師をしていた経験が役に立った。それだけではなく、食べられる野草や、狩った獣を捌き、調理を施したのも彼女である。


 女性が探索に加わることに対しては、レヴィンも苦言を呈していた。フェリルの英断である。彼女をランスで雇い入れた嗅覚から、唸る思いがある。


――名手と聞いている。


 海風を読んで、はるか離れた的を命中させた。その腕をみて取り立てを決めたことをフェリルから聞いた。猟のために山に入って過ごしてきた経験と合わせて、ギルバートが渋々、了承した次第となる。


 こういう際に頼りになるのは、彼女であるはずだ。


 しかし、返事は一向に聞こえてこない。


「エレーナ」


 レヴィンはもう一度、叫んだ。バシィと背を預けている樹皮が弾けた。銃弾が自身に向けて飛び交っている。膝の力が抜けそうになる。どうにか堪えて、首を左右に振った。


 エレーナは近くにいた。虫のように小さくなっていた。愛銃を両腕に抱き留めて、両手は肩を掴んでいる。


「エレーナ、銃を構えろ。撃て」


 レヴィンの言葉に対して、震えともつかぬ程度に、首を横に振った。目を凝らしてみると、涙を流している。「むりです」そう口が動いているように、レヴィンには見えた。舌打ちが漏れていた。


「構うな。使えるやつを使え」


 ギルバートは的確であった。彼は銃を背に回して、剣を抜いていた。敵が近いのか。アンワルを呼び寄せて、攻めかかる間を計っている。


 胸でおおきく呼吸をしながら、周囲を見渡す。褐色肌のアディは木に登り、太い幹のうえで弓を構えていた。矢じりの先端には、火が灯っていた。


「何をしている」


 レヴィンの言葉をよそに、深く引き分けられた弓から、勢いよく火の点いた矢が射出された。ひゅうと森の中を飛びいき、一本の木に刺さった。アディは二手目を弦にかけて、矢じりに火を点している。


「おい、アイツは何をしているんだ?」


 蛮刀を腰に佩き、銃を背負い、弓矢を以て応戦している。声を出しているギルバートやレヴィンには一瞥もなく、火を点した矢を続けざまに射放っている。


――野蛮な奴らめ。


 レヴィンは忌々しく舌打ちを放つ。顔に彫られた入れ墨が、鉈を無造作に大きくしただけのような蛮刀と同じく、レヴィンには粗野に見えた。森を火の海にでもしようとしているのか。アディの行動が理解できなかった。


「フラッグ、火を消せ! お前も戦え」


 銃声に紛れて、声が聞こえてきた。声に覚えはない。しかし名前には覚えがあった。ベルグラーヴが襲撃された際にロシュへ早馬で駆けた男だ。保安駐在所に勤めていたが、その後は離れて、猟師の手伝いをしていると聞いている。


「待て! ギルバートもアディも待て! ベルグラーヴの者だ。撃つな!」


 喉をひりつくぐらい張り上げて声を放った。


「こちらはカーライルの者だ。フラッグの名前が聞こえた。ベルグラーヴの者なら、銃を下して、名を挙げてほしい」


 森中に響き渡るように叫んだ。期待は抱いていた。返ってきたのは、銃声だった。レヴィンの足元近くに、銃弾の穴ができていた。


「銃を下せ。我々は殺し合いをしに来たのではない」


 せめてもの思いが、もう一度、叫び声として出ていた。返事はなかった。厳しく張り詰めた風が、森の中を吹き抜けていく。風はそのまま裂を負ったレヴィンの頬を擦り上げていった。


「戦るぞ」


 ギルバートはそれだけ言って、銃を構えなおした。アディは蛮刀を片手にして、樹の枝をひらりひらりと渡っていく。木々が揺れた後に悲鳴が響いた。葉や枝と混じって、頭と身体が別々に落ちていったのが見えた。銃声はさらに増えいった。どさりと落ち転がった首から視線を上げていく。蛮刀を赤く染めたアディが木の幹の上に立っていた。もう止められない。そう悟った。


 銃を放ち、ギルバートが控えている繁みへと駆け込む。十歩も満たない距離であるが、息が切れる心地がした。


 青の茂みの中で、白色が揺れ動いているのが見えた。その数は二つ。そして、その傍らにも、毛皮を身に着けた者がいる。


「あとは三人ですか」

「おそらく。ネイトは五人と言っていたが、一人はアディが首を切り、もう一人は大奥の木の陰で横になっているそうだ。銃弾が当たったのかもな」


 近くから銃声が響いた。ネイトの銃口から煙が上がっている。それを合図として、ギルバートは剣を構えて進みいく。


 ザックから弾を取り出して、装填する。ギルバートに手信号を送って、レヴィンも木影を離れて、近づかんと踏み出した。ふと視界の隅に、いまだ転がるフランツの死骸が写り込んだ。土気色に変わり果てた肌をしていた。両目を広げたまま、どこに焦点をあわせるでもなく、泥の塊のようであった。


「おい、殺すな。生きて捕らえろ」


 ギルバートの声が響く。アディは樹の上で一瞥だけよこした。言葉は届いているのだろうか。今一番動けるのは、彼であり、彼を頼るしかない現状もある。


「弾は未だあるな」

「それはもちろん」


 残りは五つ。敵の姿は、レヴィンにはまだ明確にはとらえられていない。遠方にひらひらと揺れる影が見えた。ネイトからの信号だった。


「左右からの挟み撃ちを仕掛ける。これで制圧する。レヴィンは援護を頼む」


 剣を握りしめたギルバートの指示に、意を結して深く頷いた。指示に応えて結果を出す。そうやって、カーライル家がやってきた。悪い地位ではない。投手の執事を務めていたアルバートに目をかけられている自負もある。


――それがどうして。


 その思いも過ったが、自分が今まで築き上げてきたものを頼りにした。弾を装填して、枝葉の隙間から仄見える白色の塊へと照準を合わせた。


 ギルバートから手信号が送られた。一つ呼吸を入れ替えてから、引き金を絞った。


 銃声とともに、ギルバートが吠えた。ネイトもそれに続かんと剣を握り駆けている。レヴィンはすぐに次弾を装填して、発砲する。狙いは空に向けて、二人に当たらないようにするためである。


「撤収! 退け!」


 声が上がった。白い外套を羽織った男が無造作に木影から姿を現した。すぐ近くの枝がさく裂した。アンワルが狙撃をしていた。外套の男は怯み、動きを止めた。そこを狙って、ネイトが剣を振り落とさんとする。


 銃声が響いた。ネイトの眉間から血が噴き出された。剣は振り下ろされることなく、ネイトは頭から地に倒れ込んだ。


「セルジ! ハビエル! 退け! フラッグも援護しろ」


 無精に髭を蓄えた大男が出てきた。毛皮のベストに長い銃身を装備している。銃口からはかすかに煙が昇っている。白い外套の男が我を取り戻したのか、駆け出していった。すぐ後にザックを三つ抱えた男が着いていった。顔は見えなかったが、毛皮のベストを羽織っていたことから、銃を構える男の仲間なのだと察した。


 無精ひげの男がさらに銃を放つと、左肩を抑えた外套の男が現れた。二人は背を向けて、レヴィンの視界から遠ざかっていく。その後ろを着くようにして、無精ひげの男が銃を構えながら後退する。挟撃に失敗したギルバートは樹に背を預けて、男の銃口を避けていた。


 じりじりと大男の進みは遅い。にげた三人の姿はすでに小さくなっている。隙が見えない。ギルバートもアンワルも攻めあぐねているのだろう。


 一筋の火が大男を灯った。腿に矢が刺さっていた。太いうめき声が聞こえるや否や、大男の頭上の木の葉が揺れた。アディが蛮刀を片手に飛び降りてきた。


「アディ、待て」


 レヴィンはとっさに叫んでいた。アディは蛮刀を振りかざして、大男の首を狩り落していた。深紅の血を吹き出しながら、ごろりと転がる。彼の声は間に合わなかった。


 耳障りな荒い息しか出てこない。


「追いますか」


 それでもと、ギルバートに視線を送る。彼は首を横に振った。


 青臭さも、土の臭いももうしない。目下に広がる血だまりが、レヴィンにはすべてに思えた。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

ゆっくりとではありますが終盤に向けての苗を育てつつは仕掛けを入れております。

引き続きご愛顧いただければ幸いです。


もしお気に召されましたら、感想、評価、ブックマークなど

何卒よろしくお願い致します!

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