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4-1 -レヴィン-

カーライル家と外をつなぐ視点としてレヴィンを据えましたが、硬そうな見た目から人間臭いキャラクターとして、調整してみましたが、いかがでしょうか。

 空が青過ぎる。レヴィンは手綱を握りながら、ぼんやりと空を見上げていた。ベルグラーヴの冬は長かった。むき出しの空に陽光が鋭く輝いている。風は冷たく吹く度に身を窄めさせ、羽織っているコートの襟もとをつかんで口を覆い隠していたが、額にはうっすらと汗が出ていた。太い眉を八の字に歪めながら、馬を歩かせていた。


 ゆっくりと馬を歩かせて、砦へと向かっていた。見回り口実として屋敷の外に出ていた。サボタージュの狙いはない。ただ、屋敷が騒がしさにいい加減、疲れを覚え始めていた。吐き出す息は白い湯気のよう、すぐに散り消えていく。


――ローランドによろしくと言っておいてくれ。後は、晩飯前に帰って来れば、今日はそれでいい。


 アーネストにそう言われて、レヴィンは送り出されていた。ローランドは砦の補修の計画担当として現場に入り、状況の整理と調整を図っている。明後日に屋敷に戻り、人日数と予算についてのレポートを提出される予定だと、レヴィンは聞いていた。


――態よく追い出されたというべきか。


 馬上で深いため息を吐き出した。首がもたげて、たてがみが鼻を擦った。視線だけ僅かに上げて、雪の積もった白い道を手綱を引いてゆっくりと進ませていた。


――やはり、道だな。先ずはロシュへの道を拡張、整備する必要がある。


 屋敷に住まうようになって一週間後、書類や報告書を一通り目をとおしたフェリルは、レヴィンやアーネストらを彼女の執務室に呼び、そう言った。目を大きく広げて絶句してたレイチェルの顔は、一カ月近く経とうとした今でも、脳裏にしっかりと残っている。教会の督郵は三カ月に一度程度。商人は居るが、エンフィールドやランスといった街で暮らしていた者からすれば、品揃えが悪く、望みの品がないのが殆どである。ロシュへ赴き、行商へ駄賃を払ってまでベルグラーヴへ訪ねさせている。


――線路を引けとは言わないが、物流のパイプを太くしなければならない。何より、ヒトの出入りだ。ベルグラーヴを通るだけでもいい。その頭数を増やす。


 アーネストは淡々と聞き、メリルも表情を変えずにフェリルの言葉を耳にしていた。レイチェルは眉間に皺を寄せて、サイモンは我関せずとフェリルの背後に設けられている窓の外へと視線を飛ばしているようであった。もっとも彼の主な仕事は屋敷の使用人の統括である。そして一番頭を痛めるのが、経理で出納の管理を任されているレイチェルとなる。


――着手はいつ頃となりますでしょうか。


 おっとりとした口調で尋ねるものが居た。フェリルのすぐ背後にルシアナとともに控える――使用人服のエプロンドレスを着た少女、エレーナだった。雇用契約は使用人扱いではなかったが、くたびれてよれよれの服しかないと聞き、ルシアナが手配したと聞いている。


――今日にでも、順次、手配していく。


 ロシュからの街道の整備については、砦の補修作業にも関わっている。そして何より、ベルグラーヴはロシュを介さなければ、満足に調達ができない。早くからベルグラーヴに入っていた四人とも、その問題については共通に認識している。それでもレイチェルは頭を抱える。


――レイチェルは真面目が過ぎるからな。気晴らしに椅子から遠ざけても、頭は経理のことばかり。一刻も早く、右肩上がりの軌道に乗せないとな。


 フェリルはそう言っていた。実際に、廊下などで彼女とすれ違う際に、針で刺されるような気を感じ、咄嗟に距離をとってしまう時がレヴィンにはあった。


 出費が増えている上に、収穫高が昨年の八割に届いていなかった。村民は減っており、人手不足によるものと推測された。トンプソンの襲撃により家長を失った家もあれば、一人息子を殺された家もある。村民の皆が寄り合って営んでいるベルグラーヴではあるが、一人一人の負担が増えて、手に負えなくなっていた現状があった。開墾計画を含めて、春先までに対策を打つとフェリルとアーネストが机上で資料を広げている。


――レイチェルを爆発させないように、調整をしないと。


 そう考えながら、レヴィンは屋敷の全体を見渡し、自身の業務に臨んでいた。フェリルが屋敷に入ってから、明かりの灯る部屋が増え、使用人たちが慌ただしく廊下を進む姿を見るようになった。アーネストとともに、フェリルの今後のスケジュールの調整や、サイモンと使用人の教育スケジュールの確認を進め、その傍らで、フェリルの計画している事業の手配や状況を検める。それぞれ執務の部屋が違い、屋敷中をぐるぐると歩き回る。サイモンから幾度も注意を受けながら、廊下を走るエドの姿を見かけ、その度に、自身も駆けまわって業務を遂行したいと羨望すらいただいていた。頭でそう考えながらも、カーライル家に仕えていた十数年で、粛々と歩き、行動することを身体に叩き込まれていた。


――またそういうものを吸って。忙しさに毒されているぞ。ここのところ、ちゃんと外の空気を吸っていないだろう。


 屋敷の裏庭で煙草を口に咥えた際、そう言われた。アーネストには見られていた。勤めだした頃より喫煙をしている。注意を受けることは余りない。ただアーネストがこういう時は基本、自分が急いて苛立っていることが多かった。自室で煙草のストックを検めると、ここのところ量が増えているのに気がついた。つい先月、ベルグラーヴに来た行商から買いだめをしていたのが、残り5分の一にまで減っていたのだ。ペースから行けば、三週間は煙草を我慢しなければならなくなる。


 伸びたもみ上げと角ばった顎を撫でて、遊んでいる手を慰める。むっつりと唇はへの字に曲げて表情を硬く固めているためか、距離を取られている印象がある。特に、雇用したばかりの使用人たちには恐れられているようだ。近寄る口実は、仕事の依頼と注意しか持っていない。しかしながら、フェリルたちのティータイムや談話に参加する覚悟はなかった。


 おっとりとしたメリルは彼らと休憩時間にお茶を飲み、お喋りに興じている処を見る。サイモンも、業務から離れて、使用人たちと屋敷の裏庭で組手やスポーツなどをして過ごしている。それぞれが適当な過ごし方を見つけて出している。レイチェルも行商に頼んで、書籍を買い込んでいた。


――自分はそう長くここにいないだろう。


 アーネストはそう言いながら白髪を掻いていた。エンフィールドのカーライル邸に長く勤め、家長アダムの右腕としても携わっていた。休息中には本島の実家の話や、妻の作る料理の話を耳にする。自宅に戻る度に料理が不味くなっていくと微笑を頬に刻みながら話すアーネストの姿を思い出した。ベルグラーヴを終の棲家として定めるつもりはないように、レヴィンには見えた。


 フェリルはルシアナらを連れて、ヴァロワ家へと出向いている。ベルグラーヴの屋敷の整理が落ち着いたため、近隣の領主ヘ挨拶周りを積極的に行っていた。隣国のドライゼやアストラまでに手紙を送り、出向きたいとの旨を表明している。そして贈り物として、馬車で持ってこさせた人の顔ほどの大きさの壺を包ませた。雪のように白い磁器に、冴えた青色の花を咲かせた壺だった。


――ワホウのソメツケなら、悪い気にはなるまい。


 フェリルは自信を持ってそう言い放ち、使用人に丁重に包み、馬車に積み込むよう指示を出していた。そして一泊二日の道へと出ていった。戻り次第、荷を積み直して次はルベツキ家を訪問する予定となる。そのため実質、一週間以上は屋敷を空けることとスケジュール上ではなっている。


 今、屋敷内を総轄しているのはアーネストである。報告後とはすべてアーネストの元へとまとめられた。つつがなく取りまとめて、フェリルが戻ってきた際に、すぐに彼女の手に戻れるようにと、自身の業務とともに遂行している。仕事ぶりをみながら流石だな、と感心を抱く。同時に、自分で消化できるかと、脳裏の端で算段をする。アダムからの指示や異動を鑑みれば、求められていることは見えていた。


――そうしたら、今度は俺なのか。


 脳裏にそう過った。自嘲を込めてふんと鼻息を吹いてかき消した。アーネストは屋敷の中、すべてを把握している。それこそ使用人の名前や癖までもである。フェリルたちとの会話に参加できず、サイモンらのように使用人たちとの交流も馴染めずにいる。眉間の皺を深めさせながら、それでも馬を進ませていった。


 保安駐在所などが設けられている村の中心部を通り越す。要はまだ高くにあるため、幾人か外を歩く者たちが居た。雪の積る中だからか、頭まで衣を覆わせて顔を見せず、身体を窄ませて歩いていく。民家が疎らに建ちならぶ畑道をさらに進んで行く。歪に雪だけが積もる平坦な一角が見えた。マーク・トンプソンの実家があった場である。捜査が終えて、保安隊の検証班は半年近くも前に引き上げている。それ以来、放置されていた。


 両親とも死んでいる。村を襲撃する前に、トンプソンが殺害していた。現在、土地を保有しているのは、ベルグラーヴの領主であるカーライル家となる。そして、土地を利用したいと屋敷に訪れる者はいなかった。フェリルも、この土地の利用については、考えておくと吐き捨てるように言うだけである。余裕がないのだろう。


 事件については、レヴィンの頭の中にも常にあった。脳に張り付いて離れなれてくれない。ベルグラーヴに着くまでは、時間が解決するだろう、とレイチェルやメリルたちと話をしていたのだが、襲撃後の陰りは税として、今も尚、届いている。村にはロシュからの一個小隊の兵が残り、警邏を続けている。


 検地や戸籍の整理で民家を尋ねていれば、トンプソンに殺された者の名前が必ず出てくる。そうでなくても、教会の襲撃者の正体が割れていないことに不気味さを覚えて、村を出ていく者すらいる。


――村が沈んでいく、とレヴィンは思えていた。それを立て直すために、カーライル家として、屋敷の内外を問わずに躍起になっている。それは理解し、自らも励んでいる。


 レヴィンはまた大きく息を吐いた。唇から出た白い湯気は瞬く間に霧散していった。外気が肺に染み渡り、身体の内側が冷えていく。そうすることによってレヴィンは落ち着きを覚える。


――自分は、言われた事を、淡々と遂行する。只、それだけ。


 勤めだしてから、なんとも自身にそう言い聞かせている。馬を歩かせながら、何度も胸の内で唱えていた。


 いよいよ民家も見えなくなり、人影も全く見えなくなってきた。ただ積もった雪に轍ができている。運搬に馬車を利用した後だろう。轍をなぞるようにして、進んで行く。背の高い木々が並び立っている。葉の細い針葉樹だけが緑を残しているが、おおむね幹や枝をむき出しにして雪と寒風に晒されていた。


 元は二百年近く前に建てられた隣国ドライゼの砦だと聞いている。アストラの侵攻を防ぐため、あるいは、アストラへの侵出の拠点とするために石造りで設けられた。百年前の三つ巴の戦争によりエンフィールドがベルグラーヴまでの領を得て、この砦もエンフィールドの物となった。


 エンフィールドは国防の拠点として、この砦を利用せず、国境近くの山間に新たに関と砦を築いた。砦はロシュが管理することとなったが、放置されていた。戦争の損傷、設けられた地形の無益さ、保持に係る費用と効果。それらを検討した上でのことだとレヴィンは聞いている。


 門を潜り、奥へと進んで行く。初めて訪れた際には、木々が砦のすぐ近くまで生え並んでいた。それらは切り倒されて、補修作業の足場として、あるいは人足の宿舎となっていた。


 一角で馬を止めて、杭に手綱を括り付ける。たてがみを柔らかく撫でさすってやり、静かに待つよう、馬に言って聞かせた。


 砦の中に入る。ところどころに燭台を置き、灯の明かりを頼っていた。天井は高く、足音が高く響き渡る。石を積み上げて設けた柱の周りにはことごとく足場が設けられており、二、三人の人足が作業をしていた。


「おや、珍しい」


 瘦けた頬をした初老の男とキツネのような細い眼をした男の二人がレヴィンに近寄ってきた。ローランドと、現場監督をしているスミスソンだった。


「突然、申し訳ございません。ご様子を伺いにまいりまして」

「そうですか。そうですか」


 目を細めて、柔らかな口調でローランドが答えた。アダム・カーライルが取り寄せた砦の図面から、彼が補修のための計画の線を引き、その監修をしている。


「作業自体は計画通りに進んでおりますよ。雪の影響で木々の伐採が止まることも計算済みですから。しばらくは砦の清掃と、基礎基盤、柱の補修です」

「本格的な作業は雪が解けてから、ですか」

「いえ、もっと先となるでしょう。正直、損傷が激しいので」

「そうですか」

「作業の人足もしばらくはここままで進めてまいります」


 スミスソンが言った。フェリルが来る前までが人数不足を訴えて、屋敷に直談判に訪ねてきたこともあった。応対したのはレヴィンである。苛立ちと殺気の混ざった顔をしていたが、淡々と受け応えた。ベルグラーヴとロシュで数人を雇っていたのだが、それ以上の雇用をフェリルから止められていた。


「先日、領主様とともに来られた方々。とても良い働きです。特に――あの青年」


 スミスソンの指さす方向には、褐色肌の男が居た。柱の足場を組み上げている最中であった。頬や眉間から鼻頭にかけて刺青が彫られている。ラウレルから来た兄の方だ。名前はアディと教えられた。蛮刀を握り、試すような視線を向けられていたことをレヴィンは思い出した。


「身軽で高いところも器用に作業してくれる。力もあるし。二人力のいい人材だ」


 腕を組みながらスミスソンは感心げに言葉をつなげた。妹は屋敷にとどまり、使用人の一人としてサイモンの教育を受けている。


「そうですか。それなら良かった」


 そう応えながらも、蛮刀を握り、鋭利に睨むアディの顔が、レヴィンの脳裏から離れることはなかった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

ゆっくりとではありますが終盤に向けてのタネは仕掛けております。

引き続きご愛顧いただければ幸いです。


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何卒よろしくお願い致します!

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