柒
駆け付けてきた医者と母さんをなんとかはぐらかし、一応ではあるが落ち着きを取り戻す。
失敗だった、また母さんを不安にさせてしまった。
事故から目覚めた俺を、息子の俺から見ても美人だと思わせる程の面影を残すこともなく、顔をしわくちゃに歪ませながら泣きすがる母さんを見て━
決して親父に言われたからという訳ではないが、こんな顔は二度とさせないと心の中で誓ったはずなのに…
全く上手くいかないな…
誓いなんてものを立ててはみたものの、自分の実行力の無さに嫌気がさす。
だがため息はつけない、喉元まであがってきたそれを飲み下す。
台風一過の如く散らばった頭の中を整理しないことには同じ轍を踏んでしまいそうだ…
まず事故に遭った。
これは間違いない。事実、新聞やニュースに取り上げられているし何より身体が痛みとしてそれを覚えている。
そして夢?を見ていた。
これは確認しようもないことで、これについて考え出すとまたあいつが出てこられては堪ったもんではないので保留としておく。
目を覚ましたのは事故から2週間後の8月中旬。
目を覚ました当初は自分で起き上がることすらままならかった。
この時から、俺は死んだはずの親父が見えるようになっていた。
推論になるが、俺自身の感情が高まったときに身体の内から現れる。
怒りでも、不安でも親父は俺の意思とは無関係に現れるようだ。
しかし何をするわけでもなく、ただ現れて俺に小言を残して何処かへ消える。
まだ実害と呼べるようなことは起きては居ないのだが正直俺にとっては心労にしかなっていない。
親父は俺以外の人には見えてはいないようで、母さんも親父が隣に居ようと気付く気配はなかった。
そして今は事故から一ヶ月。俺が目を覚ましてから2週間になる。
絶対安静の期間も終わりを告げる。
親父のことは誰かに打ち明けられるようなことじゃない。
医者に言おうものなら確実に母さんにも伝わって要らぬ心配をかけてしまう。
多分これは俺の心の問題なんだと思う。
だから、俺自身で解決するのが筋というものだろう。
よし、当面の問題は俺の親父として行動にうつそう!
決意と共に拳を固く握りしめ、小学生の言い訳よろしく「明日から本気出す」と心の中で懲りもせずに誓いを立てた。
━━ジワジワと気だるい朝を告げる様に熊蝉が鳴く。
時間は午前の6時過ぎ。
こんな朝っぱらからの求愛行動を目覚まし代わりに重いまぶたを開ける。
白を基調とした病室は清潔感があり、寝起きの身としては心安らぐことこの上ない。
ベッドの上で上半身を起き上がらせ欠伸と共に身体を伸ばす。
病院の朝は早い、と言っても朝食まではまだ時間があるようだ。
事故に遭って以降、日課となった寝起きの体操、もとい動作確認を済ませ立ち上がる。
絶対安静期間を終えた今日からは行動範囲がグンと広がる。
ベッドの上での2週間。考える時間は充分すぎる程あったので迷いもなく行動にうつす。
向かった先は屋上。
早朝ということもあってか誰かと出会うこともなく辿り着けた。
少し肌寒い風が吹き付ける屋上を見回り、人が居ないことを確認する。
「出てこいよ親父。」
反応はない。これは想定内。
確認する為とはいえ、少しばかり躊躇われるがあの悪夢を思い浮かべる。
苦痛 腐臭 悪寒━
あれから時間が経った今でも、鮮明に頭に焼き付いた悪夢は呼吸を乱れさせ、体温も上昇させる。
身体の内側からなにか湧き出るような感覚に襲われる。
「やっぱ出てくんのかよ…」
これも想定内のことではあったが、やり場のないこの感情を嫌味として親父に吐き捨てた。
「出てこいとか言ったり出てくんのかよとか言ったり…反抗期にも程がある。」
やれやれと肩をすくませながら親父が現れた。
やはり病室だけでの現象ではないようだ。
想定内。想定内ではあるのだけれど淡い期待を抱いていたこともあってか、この気持ちの沈みようは抑えきれない。
だがため息はつけない。これ以上不幸になってなどたまるものかと、事前に用意しておいた質問を投げ掛ける。
「親父は何をしに現れたんだよ?」
「知らん。」
「死んだ人間が理由もなく現れるもんなのか?」
「知らん。というか理由があれば死んだ人間が現れるもんなのか?」
「知らねえよ!」
「そう怒るな、実際俺は何もわからないままここに居る。だけどな、これが現実だ。あるものはあるものとして考えてみないか?」
死人が現実を語り出す。
全く笑えない冗談だ。
結局のところ誰も何もわからない。
これを現実として受け止めたところで何が変わるわけでもないのだろうが、一人で抱え込める問題ではなさそうだ。
とりあえずは、ということで親父の存在を受け入れる形として解決策を探していくしかないのだろう…
「━分かった。とりあえず今確認できることをやってみよう。」
「具体的にはどうするつもりだ?」
やれることをやる。人生とはそういうものでしかないのかもしれないな、と悟りでも開いたかのような気持ちを隠しつつ、俺と親父は昇り始めた太陽の下で初めての親子としての会話を始めた。




