壱
「夢」とは何か?
夏休みの課題である一枚のプリントをつまみ、ペラペラと空を切らせてみる。
フロイトだかユングだか知らないがネットで検索して出た文字列でも並べてみるか。
チリンチリンと、風鈴の涼しい音を聞きながら机に向かい携帯に映る文字列を、そのままプリントに写し始める。
小難しい単語を主語として並べ、小学生レベルの述語で締める。この単純な作業でもA4サイズのプリントの空白を埋めるには大した時間はかからなかった。
━滞りなく課題を終わらせた頃には、時計の針は12時を回っていた。
全く持って勤勉、真面目な俺。そんな自分にご褒美があっても良いのではなかろうか?と考えつつ腹が減ったのでリビングまで降りてきた。
「あんた、宿題は?」
なぜ母親ってやつは息子に対しての一言目には、宿題や学校の話をしたがるのだろう…安否確認?嫌がらせ?
一気に気分を害した俺は気だるげに答える。
「一つ終わらせた。夏休みの宿題多すぎ、とりあえず腹減った」
「なに食べたい?」
「そーめん」
「ひやむぎしかないよ」
「じゃあそれで」
「あいよ」
一言いって母親はキッチンへと向かって行った。
ひやむぎができるまで携帯でも見て暇をつぶしておこう、ソファーに仰向けに寝転がり携帯を開く。
携帯には先程まで開いていた「夢」に関するページが残っていた。
ん…あれ?ふと気づく。
そういえば「夢」という文字は2種類の意味を持つ文字ではなかっただろうか、そして現役高校生の俺に対しての宿題という意味を考えればおのずと答えは出てしまう。
やってしまった、俺の小一時間が無駄となってしまった。
━━しかし書いてしまったものは仕方がない、ついこの間まで春だったし仕方がない!
自分に言い訳をしつつため息をついた。
「ため息ついたらしあわせ逃げるぞ」
昼飯の用意をした母さんは、突然変なことを言い出す。
「シアワセってなんですか?」
俺は片言で返す。
「あんたあたしみたいなこと言うね」
この人の笑いのツボは変なところにあるようで、けらけらと笑い出す。
「母さんが変なこと言うから聞き返しただけなんだけど…」
「とりあえず、ホラ」
こぼれんばかりのひやむぎがのった皿をテーブルに移し氷の入った小鉢を受け取った。
「ネギも煎りゴマもちゃんと入れなさいよ」
「はいはい。」
「返事は一度。」
細かいことを言う母親気質な人は俺の母さんだった。
「で?しあわせがなんだっけ?」
麺つゆにネギとゴマをぶち込みつつ話を戻す。
「あたしも昔よくため息吐いててね、そう怒られたんだよ。あんたの父さんに。」
「俺は父さんのことあんまり覚えてないんだよね、亡くなったのって俺が3歳のときだっけ?」
「そうだね、あんたが物心つく前に逝っちゃったからね。でもあんたはあたしたちの遺伝ばっちりだから!顔は父親似で性格はあたし似なんだから。」
懐かしむような、淋しいような表情で語る。
なんだろう…母さんのこんな表情は見ていて気持ちの良いものではないな。
「さっきさ、宿題で「夢」について調べてて…俺、夢に親父がでてくることが結構あるんだ」
写真やビデオでしか知らない親父。あの頃のままの親父。
「母さんを頼むぞ!って何回も言われるんだ。いやほんと何回も…」
「まだガキのあんたになんか頼まれてなんかやるもんかい母親の力なめんじゃないわよ」
拳を熱く握り締め、なにやら奮起しだす母さん。
「それもそうなんだけど、俺ももう高2だろ?あと2年もすれば社会人だし。親父の言葉だからって訳じゃないけど、俺も早くなにかしたいんだ。」
「あんた就職考えてんの?進学する気はないの?」
「できれば、就職したい。」
「大学行きな、お金の心配なんかしてんじゃないよ。」
眼を細め有無を言わせぬ威圧感を出してくる。というか箸の先端を眼前に持ってくるのはまじで恐いのでやめて頂きたい。
しかし俺は知っている、金銭的な余裕がないこと。仕事を増やしていること。俺の言葉では母さんの決意は変わらないことも。
「行きたい大学が見つかればそこに行けるように頑張るよ」
これくらいがこの話の妥協点だろうか。
「あんたの人生だから決め付けることはできないけどね、ちゃんと探しなよ」
言ってることと、やってることが違うって言ったら殴られるんだろうな。うん。
「ていうか、夢の話!家族が夢にでてくるのは好調の前触れらしいんだよ」
「あんた結構お父さんが夢にでてくるって言ってたじゃない、なにか良いことでもあった?」
「ない、かな?」
「あたしに言わせりゃ夢なんてそんなもんよ 夢は夢でしかないわ」
「まったくもって夢がないね」
親子二人で昼食で笑いあう。この時間は凄く好きだ。
━━昼飯を食い終わり腹も膨れた。
せっかくの夏休みだ。学生らしく街にでも遊びに出かけるか。
家を出ると夏の日差しが照り付ける。
━小学生の頃、太陽になんか負けないっ!と、太陽とにらめっこをして涙を流したのも良い思い出だ。
勝てるわけがない、地球の109倍の大きさらしいんだもの。一体なんの勝負をしていたのか、勝負にすらなっていない。
子供の頃は怖いもの知らずだった。まだ子供なのは置いておいて…
人は学び、成長する生き物である。マウンテンバイクからママチャリにもなる。
無理を言って買ってもらった変則段数12段ギアの俺の「ロードセイバー」。
もう自転車に名前も付けなくなってしまった。これも成長なのだろうか…ママチャリの横にちょこんと置かれたソレは錆付いてしまっていた。
今度油でも差してやるか、なんて考えつつママチャリに跨り駅を目指す。
暑い日ざしに照らされつつも、足に力を入れれば涼しい風がそよぐ。
自転車は良い、どこにでも行ける気がしてくる。
しかしながら、電車のほうが楽で涼しいのは至極当然だ。
駅に着き、駐輪場に自転車を止め鍵をかける。
流石に夏休みということもあってか、駅には同年代らしき者たちが目立つ。
携帯で時間を確認し切符を買い、ホームで待つ。
「○×行き快速列車が通過いたします。」
白線の内側に居ても、安全だとはわかっていても、あのスピードであの重量のものが通過するときは金玉が縮み上がる。これは俺だけではないと信じたい。
目的地行きの電車が到着し、それに乗り込む。
良かった、多いといっても座れない程ではないみたいだ。
ドアの近くで立ち話をしている女子高生グループの間を抜けスーツ姿の30代後半の男性と少し肥満気味な20代前半の男性の間に座る。
腰を落ち着かせて周りを見ると、皆が一様に携帯を触っている。
少し面白い光景に口元が緩む、ここで笑うと変な奴だと思われてしまうので必死に笑いを堪える。
電車が動き出す。ガタンゴトンと小気味良い揺れを出しながら進んでいく。
通学でも使う電車だがこの揺れには不思議な力でもあるのではないかという眠気に誘われる。
目的地の街までは40分、乗り換えもない。
別段疲れている訳でもないのだが、人間眼を瞑るだけでも睡眠効果があるという。
まぶたをそっと閉じ、揺れに身を任せる。
━人の話し声が聞こえる。女性だろうか、近くに居た女子高生グループが頭に浮かぶ。少し汗の臭いがする。となりの肥満気味な男性か?
眼を閉じていても人間案外わかることも多いんだな。などと思考していると暗さが変わった、いままでよりも暗い…━トンネルか。
面白い、五感を研ぎ澄ましている感じ。眼を閉じてるから四感か?
これは良い時間つぶしになる、睡眠効果もあって何かゲームみたいだなとわくわくしていると
ギギィーーーーー!!!
耳を劈くような音と身体が宙に浮くのを感じた━




