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【2-3】 レディ・トゥ・ダイ - Ready to Die - ③

 


 和は、静海の後を追いかけるようにして廊下を走っていた。オカ研の部室は文化部棟の一階、その一番奥に位置している。和たちの教室からだと結構な距離があるので、歩いて向かうのでは時間を食いすぎる恐れがあった。校則的にあまりよろしくないとはわかっていても、やむなく廊下を全力疾走する和と空の二人だった。

 問題のオカ研ことオカルト研究部は、今年の春に創設されたばかりの新しいクラブだった。部員も二人だけのごく小さなクラブではあるが、創設者にして部長であるひとりの生徒がほぼ毎週のようにトラブルを巻き起こすため、文化部全体にとって問題児のような存在となっていた。


「ふう……」


 校舎から文化部棟へと繋がる渡り廊下に出たところで、空がふと走りを止め、かがんで息をついた。深い息を吐きながら、腰元まで伸びたストレートロングの黒髪をさっとかきあげる。長い黒髪が、烏の塗れ羽のような光沢を放ちながらさらさらと流れていく様子は、同性の和でもうらやましくなるほど美しい。「墨を流したような」というおさだまりの形容がぴったりと合うような、完璧な黒髪だった。


「あの部長さんにも困ったものね」


 空は、背後から追いついてきた和に語り掛けるように、そう呟いた。


「他の文化部から苦情が生徒会に寄せられるたびに、私たち『対策組』が出動しなければならない。しかもその部長さん本人には、自分がトラブルメーカーであることの自覚がナシときているのだから、まったくやりきれないわ」


 『対策組』というのは、オカ研が何かしらトラブルを起こした際に、その早急な解決を目的として生徒会に設置された役職のことである。もちろん書記や会計のように公式なものではなく、生徒会の中から特別にオカ研の対策を命じられた二人組――つまり和と空の二人が事実上そう呼ばれているに過ぎない。


「突然、へんちくりんな実験を行っては、静かな文化部棟の平穏を乱す……。オカ研の部長さんて、テロリストみたいですね」


 和の言葉を聞いて、空はふっと笑みを漏らした。


「テロリストね……。なかなか上手い例えだと思うわ」


 部長さん本人は、オカルト研究の成果を試すための重要な『儀式』だと言い張っているが、端から見れば完全に化学の実験でしかなかった。異臭騒ぎだって、今回が初めてではない。二週間ほど前は、自作した香料だといって、妙ちきりんなカタマリを香炉に入れ、部屋中でもうもう炊きまくっていた。部室の中に踏み入れたとたん、呼吸も満足に出来なくなったことを、和は思い出す。今度は一体何を炊いているのか。想像もできない。


「オカルトって単語がくっついているぶん、怪しさも十分ですし、オカ研は『謎部』の中でも特に危険な存在だと思います」


「実害も出てるしね。確かに並みの『謎部』とは言い難いわよね」


 オカ研のみならず、九十九高には「かくれんぼ部」や「スルメいか部」など、活動内容がよくわからないクラブが多数存在しており、学内ではひとまとめに『謎部』と呼ばれている。九十九高は学業だけでなく、様々な分野で生徒の個性を伸ばそうという教育方針を持っているため、多種多様なクラブが創設されやすい環境にある。謎部の出現には、そうした背景があった。

 空は目を閉じて、もう一度深呼吸をすると、


「早く先を急ぎましょ。今度は鬼が出るか、蛇が出るか」


 そういって、再び走り始めた。




 長い渡り廊下を通って文化部棟に入り、オカ研の部室を目指して廊下の角を曲がると、奥の方に八人ほどの集団が身を寄せあって立ち尽くしているのが見えた。苦情を寄せた文化部員たちだ。異臭を防ぐためか、みな一様に顔をハンカチで覆っている。

 空は、小走りで集団に駆け寄っていった。和もその後に続く。


「みんな大丈夫? 部室から異臭がするっていうから急いできたのだけれど、今度は一体どんな……う!」


 言葉の途中で空は鼻を覆った。和も思わず鼻をつまむ。凄まじい異臭がオカ研の部室から漏れ出していた。


「くっさ~……。いったい、何をどうしたらこんなニオイが出るんだろ……」


 確かにコレなら苦情が出るのも無理はない。隣の部室を使っているクラブなどは、とても部活動どころではないだろう。それくらい酷い異臭だった。


「今回は特にヒドそうね……」


 空は深刻な声色でつぶやき、目付きを険しくさせた。和の背中にも緊張が走る。オカ研の内部をちらりと伺ってみるも、わずかに開くドアの向こう側には黒幕が垂れ下がっており、内部を知ることはできなかった。確認できないということが、より一層、和の不安をかき立てる。一体この中で何が行われているのか、あるいは行われようとしているのか。和の頬に一筋の汗が流れ落ちていったそのとき、さらなる異変が起こった。

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