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phase5

 信司(しんじ)から真実を告げられて、紗世(さよ)の生活は変わったと言えばそうだし、変わってないと言えばたしかにそうなるかもしれない。


 夏希(なつき)は紗世にあったことを知ってか知らずか、これまでどおりに接してきたし、紗世自身も別段、人と距離をとったりはしなかった。


 むしろ、積極的に彼らのことを知ろうとしていた。


 例えば、信司たち「キャラバン」は、もともとこの奈川渡(ながわど)ダムに定住していたわけではなかったこと。


 彼らは、元々「クイーン」と名乗る女性がリーダーをつとめる放浪の集団で、〈街〉から人を救出しては、各地にある集落に人々を届けていたのだという。


 リーダーである「クイーン」が姿を消したのは、丁度一年前のことらしい。なんでも、「キャラバン」が奈川渡ダムに寄っているときに、突然いなくなったらしい。それで「キャラバン」は解散こそしないものの、この集落に定住するようになったのだという。そうして「キャラバン」の面々は〈街〉の軍隊からここを守る代わりに食料などを融通してもらい、安定して様々な作戦を実行することができるようになったそうだ。


 「キャラバン」のことといえば、千慧(ちさと)の出身のことにはおおいに驚かされた。


 彼女は、疑いようもなく、この集落で生まれたのだという。


 紗世が告げられた話とは、まったく真逆の事実だった。紗世自身も、信司が嘘をいっていたのか、千慧のことが本当なのか、大いに混乱した。


 信司から話された内容が気になって、集落にいる人々を少し観察してみたのだけど、確かに、この集落には家族と呼べるものが少ない。〈街〉から一緒に逃げ出してきたのだろう、親子などはちらほらいるものの、祖父母の代となると皆無だった。


 そんななかで、千慧がどういった経緯でこの集落を出身地にすることになったのか、言われてみればあたりまえのことだった。


 彼女もまた、〈街〉から逃げてきたのだ。ただし、その母親のお腹の中で。


 その女性を東北にある〈街〉から救出したのも、やはり「キャラバン」だったらしい。千慧はその母親から、彼らのことを聞きながら育ったようだ。


 その母親のことを聞くと、千慧はちいさく首を振って、けれどどこか誇らしげに言った。

「母さんは、私を守るために、必死で〈街〉から逃げてきてくれたんですよ。本当は体が弱くて、走るのもつらいはずなのに」


 〈街〉の外の世界。この集落の人たちには、それぞれ複雑な過去がある。生きるのがつらくなったことも、過去に押しつぶされそうになったこともあるのだろう。


 それでも、私たちは、生きている。


 なんて、ちょっとだけ自分を勇気づけてみる。


 断定するにはちょっと早いけれど、紗世は自分の母親が生きている可能性を見いだしたのだ。おそらくは信司の「処置」によって忘れていたのだろうけれど、〈街〉のG―23地区でのあの事件当日。紗世の母親は仕事で別の地区にいたのだ。だからあの『除染』には巻き込まれていない。


 ところで、紗世には最近、新しい友達ができた。はじめに仲良くなったのはやはりというか夏希なのだけれど、物静かな子で、紗世とは不思議と気が合った。

 そしてその友達、「篠崎(しのざき)ソラ」は、夏希に絶賛着せかえ人形にされているところだった。


「ああー、ソラちゃんはどーしてこんなにいろんな服が似合うのかなー。あたし嫉妬しちゃうー」


 夏希はだらしなく表情をゆるめ、ソラに頬ずりする勢いだ。前から夏希には百合の気があると思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。というかその域を越えて夏希のほうに一方的な変態の相が出始めているような気がする。いつものように夏希からはチョコレートのにおいがしているので、うん、なんだか……ね。


 とまあ、そんな着せかえ人形にされているソラは、夏希の言うとおりどんな服でも似合う。集落に来たころは背中を覆い隠していたその長い髪は今ではばっさりとショートヘアにされているけれど、とまあそんなことはどうでもいいくらいの美少女ぶりだ。紗世としてはせっかく伸ばした髪を切ってしまうのはなんとなくもったいない気がするのだけど。


「それはボクのせいじゃなくて、夏希の服のセンスがいいからじゃないの?」


 と、ソラは夏希の言葉を受け流す。


 紗世は、これまでソラが受けてきた記憶が悪い意味で蘇ってしまうのではないかと思っていたけれど、当人は特に気を悪くもしない。見ているぶんには満更でもなさそうだった。されるがままというわけでもなくて、危ないときにはコードを使って反撃することもあるので、まあ安心だ。


 ソラは、ほんの数日前に信司たちによって売春宿から助けられた女の子のうちの一人だった。それなのに、どうしてこんなに普通の反応ができるのだろう。これが、信司の言う「処置」の力なのだろうか。


 いや、違う。ソラに対しては信司も「処置」をすることができなかったという。〈街〉で普通の生活をしていたころの記憶と、この場所を直につなげることでつらい記憶を意識から追い出すあの力を使うには、今の人格と〈街〉にいたころの人格が関連していなければならないらしい。


 けれど、今のソラは過去の記憶がほとんど意識に残っていないのだという。信司はどうしてこうなったのか見当もつかないと言っている。一人称が「私」ではなく「ボク」なのも、その影響なのかもしれない。


「ねーねー、紗世。どうしてあたしが夏希って名前なのか? わかる?」


 ひとしきりソラとじゃれあって、夏希は上機嫌で聞いてくる。


「名前って……なつ……夏生まれだから?」


 紗世が言うと、夏希は満面の笑みを浮かべる。


「そう! そして今日は、あたしの誕生日です!」


 言われて、紗世はとっさに一ヶ月前のあの出来事を思い出した。どこかの会社が使っていたらしいビルの屋上に理奈(りな)と共に行ったこと。星と街明かりの輝き。理奈の過去。そして……。


 理奈曰く『革命の力』、〈ポルガノクス〉という、おそらくはコードを強引に受け渡されたこと。


 本当に、あれは何だったのだろう。


「と、いうわけで……」


 紗世がそんなふうに過去を思い出しているうちに、夏希のテンションはなぜか最高潮に達していた。


「楽しませろー!」


「ええっ!」


 夏希が飛びかかってきた。紗世は本能的に危険を察知し、とっさに防御用のコードを発生させた。


 瞬間、夏希の体はその場で勢いを失って、止まる。空中で中途半端な姿勢を強いられた夏希は、勢いよく床に顔をぶつけた。


「ふぎゅっ!」


「あ……大丈夫?」


 とっさの反応だったとはいえ、今のはかなり痛いだろう。心配になって、悶絶する夏希の顔をのぞき込む。


「いや、大丈夫。あたしもちょっとはしゃぎすぎたわ……」


 一週間前に信司から教えてもらったコードは、前方の物体の運動エネルギーをコードに変換する、防御用のものだった。それでさえ、使いようによってはこんなふうになる。


 理奈の言う『革命の力』というのは、いったいどんなコードなのだろう。紗世は背筋に冷たいものを感じた。


 理奈は……。


 もう生きているかどうかもわからない友人が、今なにをしているのか、紗世はとても気になった。







 星川(ほしかわ)紗季(さき)は、自宅でのデスクワークを一通り終わらせ、ゆっくりとため息をついていた。


 あの事件から、もう一ヶ月以上もの時間が経っていた。一人娘である紗世とは、一度も会えないまま。


 G―20地区にあるこのアパートの一室は、紗世の友達だった理奈が用意したものだ。いったいどこから手に入れたのだろう。ここにいればやつらの追跡は来ないから、と言ったきり、理奈はどこかへ姿を消してしまった。


 以来、紗季はこれまでどおり弁護士の仕事を続けるようになっていた。まるで、あんな事件などなかったかのように。


 あれから、G―23地区は「陸の孤島」と化していた。


 どんな交通機関も、道路も、G―23地区までは続いていない。まるで、その地区が存在していないとでもいうように。


 一度、徒歩で行こうとしてみたことがあったのだけれど、何度地図を確認して、G―23地区へとまっすぐに行く道を進んでも、どういうわけかG―23地区へはたどり着けなかった。


 理奈にそのことを聞くと、おそらくコードによる見えない障壁と、方位感覚を狂わせる効果のせいだという答えが帰ってきた。それから、政府のやつらに怪しまれるかもしれないから、そんなことはしないようにと言い含められた。


 ふと、一人娘の紗世の顔が目に浮かんだ。


 理奈が言うには、紗世はまだ生きているという。おそらくは〈街〉の外にあるどこかの集落で暮らしているようだけれど、そこで何をしているかまでは分からないそうだ。


 生きているだけでいい。


 そんな言葉が、大昔の文学作品にはあった。〈エーテルタワー〉による『生存権』と、手厚い社会保障によって国民が死ぬことがほとんどないこのご時世では、なかなか理解しがたいものだったけれど、今では半分だけ理解できる。


 理解できないもう半分は、「会いたい」という感情のせいだった。


 なのに、自分はここで何をしているのだろう。行き場のない焦燥が、たまっていくだけだった。


 と、物々しい電子音が、部屋にこだました。


 紗季がびっくりして振り返ると、そこには真剣な表情をした理奈が立っていた。


「やっと、見つけたわ」


 理奈は言うなり、コードを発生させて空中にモニターを出した。


「紗世はこの〈街〉から北西に三十キロほどのところにある、大きな集落にいるみたい。ようやく、彼らは情報を開示してくれた」


 そのモニターには、日本列島とこの〈街〉、そして理奈が言う集落の位置が示されていた。見たところ、その集落は山間にあるようで、しかしその場所での暮らしがどのようなものなのか、紗季には想像もつかなかった。


「じゃあ、私たちもそこに行けば……」


「いいえ、今の時点で〈街〉から出ても、紗世に会えるとは限らない。それに、〈街〉から脱出したら治安維持局の軍隊に殺されるリスクも大きくなるわ。例外はあるとしても、一度〈街〉から出た人間が再び〈街〉で暮らすことは絶対にできないんだ」


 紗季は唇を噛んだ。一人娘に会いたいというだけなのに、どうしてこんなに大きな障害があるのだろう。


「大丈夫。私は紗季さんが紗世に会えるようにするための場所を『作る』用意がある。そのために、紗季さんには協力してほしいんだ」


「場所を『作る』? それって、どういうことなの?」


 紗季が訝しんで聞くと、理奈はにやりと笑った。


「『革命』を起こすのよ」


 それから続けて聞かされた、その『革命』の方法に、紗季はただ驚くしかなかった。







 豪奢な装飾の施された鞘付の剣を提げた男が、巨大な塔へと歩んでいた。


 ここは、関東圏の〈街〉のエクサインフォ地区。彼を含めても五人いるかいないかの人間しか立ち入ることのできない、神聖とも言える場所だった。


 剣を提げた男。レイノルドはその日本人とは思えない堀の深い顔に厳しさをたたえ、〈街〉の象徴である塔、〈エーテルタワー〉を見上げた。


 一般の国民がレイノルドの姿を見たら、ほとんどがヨーロッパ出身の人間だと思うだろう。人類が『コード技術』を生み出しておよそ二世紀、これまであった国際間の交流はほとんど物だけのものになり、純粋な海外の血筋を持った人間はほとんどいないのだから。


 しかし、レイノルドは正真正銘、日本人の両親を持ったごく普通の男だった。正確には、その「はず」だったと語るべきか。


 先代の「レイノルド」であった男が、彼の生まれたその日に死ななければ。


 レイノルドの体には、ある特殊なコードが刻み込まれている。それは人間の遺伝子やその働きを、「レイノルド」という一人の人間を作り出すためだけに改変する、ペタインフォ級の機密であるコードだった。


 クローン人間ならば、コード技術でなくとも作り出すことは可能だ。しかし、そのクローンがオリジナルと全く同じように成長するとは限らない。


 しかし、「レイノルド」と名付けられたそのコードは、オリジナルの思考パターンまでも完璧に再現することが可能だった。


 だから、レイノルドはしばしば、この思考さえも歴代の「レイノルド」の反復したものなのだろうかと考える。とはいえ、それは考えても意味のないことだ。


 「あの方」とて、それは同じなのだから。


 考えるうち、レイノルドは〈エーテルタワー〉の最上階までたどり着く。


 塔の中枢まで続く橋は、相変わらず海賊同士が船をつなぐ板のように薄く、機能性とはほど遠い。この形はどうにかならなかったのかと毎度のように思う。


 この塔の主である存在のおわす玉座まで近づくと、お決まりながら無数のモニターや文字列がレイノルドを出迎えた。


「ずいぶん焦っていらっしゃいますね?」


 レイノルドがそう言うと、奥から声が放られた。


「彼らにしてみれは初めてみる現象ですから、焦っても仕方のないことでしょう。それに、彼らの役割を考えれば、同情の余地はありますよ」


「それは違いありませんな」


 レイノルドを毎度歓迎するこの文字列たちは、カストル曰く「私と同じ目的で作り出され、しかし人の姿を持つことが叶わなかったものたち」らしい。生み出されて以来、〈エーテルタワー〉の処理能力を以てなんとか存在していられる、〈エーテルタワー〉そのものである、人ならざる存在。


「それで、彼らを焦らせるほどの事態とはなんなのですか?」


 レイノルドは、すでに姿を現していたカストルの姿を仰ぎみる。少年とも少女ともつかない、生物として大事ななにかが欠損した違和感を持たせるその姿は、相も変わらず神ヶしい雰囲気を醸し出していた。


「この〈街〉から逃げ出したはずの〈ポルガノクス〉の反応が、なぜか時々〈街〉へと戻ってくるのです。いくつか可能性は考えられますが、確定はできない」


「どの地区に出入りしているのですか?」


 この〈街〉では、六つの階級に人間とその役割を分けている。キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタ、エクサの順にある階級『インフォ』によって、その使用できるコードや、つくことのできる職業は大きく変わってくる。


「ほとんどがG地区です。ログを探ろうにも、相手はあの〈ポルガノクス〉ですからね。尻尾を掴めないのですよ」


 〈エーテルタワー〉の処理能力を自在に扱うことのできるカストルでさえも撒くことのできるコード。自分がそれほどの力を持ったコードを操ったことがあるからこそ、レイノルドは背筋に寒気が走るのを感じた。


「それで、()()が呼ばれた理由とは?」


 言うと、カストルは出来のいい部下を持った人間特有の満足げな顔を一瞬だけ残し、厳かに告げた。


「〈ポルガノクス〉の持ち主が逃げ込んだと思われる集落を、治安維持局の軍勢を以て制圧してください。レイノルド殿には申し訳ありませんが、〈レヴァテイン〉の使用は認めません」


「それは、『暴れすぎるな』ということですか?」


 レイノルドが言うと、カストルは困ったような声音で肯定する。


「〈レヴァテイン〉の干渉能力は、〈エーテルタワー〉の走査を邪魔しかねませんからね、それは防ぎたいのですよ」


「了解しました。それでは、久しぶりに暴れさせていただきますよ」


 情報によれば、〈ポルガノクス〉の持ち主のいる集落は『キャラバン』という強い戦士たちの集団の拠点らしい。骨のある相手がいそうだった。


 どんな戦いになるか、それを想像し、レイノルドは獰猛な笑みを浮かべた。







「そもそも、コードとはモノの運搬、保有、制御を効率化するために二十二世紀末に発展した技術です。その本質は、今、ここにある物質を「非物質」へと変えることにあります」


 紗世は黒板にかつかつと文字を書きながら、前に控える少年少女たちに語る。

「みんなも見たことがあるとおり、コード化されたものは見た目では消えてなくなっていますね? ちょっと翔太君、このチョークをコード化してみてくれるかな」


 紗世に呼ばれた少年がチョークを受け取り、じっと見つめる。すると、チョークは文字列のような形へと分解されていった。


「このとき、翔太君の頭の中にある『パーソナル・ストレージ』にチョークというモノがコードとして保存されています。正確には、チョークがこの世界に存在したという『覚え書き』が、翔太君の頭に残っているということですが、さっきの覚え方のほうでも使うぶんには問題はありませんね。翔太君、ありがとう、席に戻って」


 紗世が言うと、少年はちょっといたずらっぽい顔をして、コードを発生させる。その手には、説明に使われたチョークが握られていた。


「あ、ありがとう」


 紗世は自分が書くためのチョークを渡しっぱなしにしていたことに気づき、照れで苦笑する。


 どうして紗世がこのような教師のまねごとをやっているかというと、これが紗世にとって「できること」だと思ったからだ。


 紗世は〈街〉のG地区出身だ。T地区には及ばないものの、コードを利用した高度な教育を受けている。対して、この集落にいる人たちは、ほとんどがK地区やM地区の出身だ。そのなかでも、若いうちから〈街〉の外に逃げ延びてきた子供たちには、満足に教育も受けられなかった子もいるのだった。


 コードに関する説明は難解だから、理解するのも難しいだろうに、紗世の授業を受けたいと言ってきた子供たちは、なかなかどうして熱心だった。


 と、その子供のうち、一人の少女が手を挙げた。


「コードって、〈街〉にある〈エーテルタワー〉があるから使えるんですよね。じゃあ、どうして、ここでコードを使うことができるんですか?」


「どうして、ここでコードが使えるかですか? それは、この世界が〈情報化〉されているからで……って、あれ」


 そういえば、そうだ。この世界を〈情報化〉しているのは〈街〉のシンボルである〈エーテルタワー〉だ。しかし、この集落にはそんなものはない。それなのに、ここでもコードを扱うことができる。




「……と、いうわけで、智晶さんならその答えを知っていると思ったんですけど……」


 紗世は、医務室の椅子に偉そうに座っている智晶に、多少気まずさを含めた上目遣いで聞く。隣には紗世の授業に子供たちと一緒に参加していたソラが、なにを言うでもなく、ちょこんと座っている。


「なんだ、そんなことも知らないのか」


 対する智晶は、呆れたように言った。


「まあ、〈街〉の教育では教えられないよな。そうだな、ここで説明するよりも、実物を見た方がいいだろう。丁度今は暇だし、ちょいと散歩にでも行くか」


 智晶は立ち上がって、ストレージの中身を整理しながら、紗世とソラについてこいと手招きをした。





「これが、〈エーテル〉ですか?」


 紗世たちがたどり着いたのは、集落から一キロほど離れた山間の広場だった。視線の先は、なにか柱のようなものが地面に埋められていた。地面から露出したその先端部分は水晶のようなものでできていて、青く機械的な光を放っている。


「そうだ。〈街〉を守っている〈エーテルタワー〉のダウングレード版だな。とはいえ処理能力は人間の比じゃないから、壊すのは不可能だ」


 半径三十センチほどの、小さな円柱。これが、この世界のいたるところで世界を〈情報化〉しているという。そして、そこに住まう人間の「生殖」という生物として生きる意味そのものである機能を奪い続けている。


「こんなに小さなものが、コードを使う基盤になっているなんて、なんだか信じられないですね」


「タイムマシン系SFによくある手だな。発展しすぎた技術は、もはや魔法と見分けがつかん。大昔には、テレビに誰か人が入っていると勘違いした輩もいたそうだ」


 智晶の言葉に、なんだか目の前にあるこの装置が、不思議なものに思えてきた。


「そういえば、〈エーテル〉はどうやってこの世界を〈情報化〉しているんでしょうか」


 智晶は鼻を鳴らした。


「それについてはどうにも答えられないな。見当もつかん。おまえはG地区出身だろう、何か聞いたことはないのか?」


 紗世は首を振った。


「授業では、どうしてコード技術が生み出されたのか、とか、その社会的意義については教えられました……というかストレージにダウンロードしたんですけど、〈情報化〉の方法については……」


「ふむ、それは秘匿すべき情報なのかもしれないな。ま、信司や剛のように使えば、あれほどの破壊を引き起こせる力だ。おいそれと教えられるものでもないだろうがな」


 智晶はその女性にしては男前にすぎる顔をしかめ、そう締めくくる。


「人が……」


 と、これまで話をずっと黙って聞いていたソラが、声を上げる。あまりに静かだったので半分そこにいることを忘れていた紗世が驚いて振り返ると、ソラが〈エーテル〉の水晶のような先端部を食いつかんばかりの距離でじっと見つめていた。


「どうしたの? ソラ」


「東から……たくさんの人が、来ている。それに、速い。これは……」


 ソラはつぶやくように言葉を重ね、やがて弾かれたように顔を上げると、いきなり叫びだした。


「あいつらだ! 〈街〉の軍隊が、ここに来ようとしてる!」


「えっ!」


 その内容もさることながら、いましがた静かにしていたソラが、どうしてそんなことを悟ったのか。紗世はただ、声を上げることしかできなかった。


「どういうことだ。説明してくれ」


 一方、智晶は冷静にソラに語りかける。ソラは必死な様子で〈エーテル〉を指さした。


「ここから、見えた……」


 しかし、そこにはなにも映っていない。


「なにも見えないけど……」


 紗世が言いかけた瞬間、まるで雷が落ちたように、何かが割れるような音が周囲に響きわたった。


 思わず、短く悲鳴を上げる。


「ひとまずその確認は後だ。集落で何かが起こっているのは間違いない。行くぞ」


 智晶が言い、紗世たちは集落を目指して走り出した。





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