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第五十七話 よからぬ妄想

 純太郎が浴室に入っていったのを確認して、私は大きく息を吐いた。

 何が、バスローブだけで寝てあげる、だ。そんな度胸が、私にあるはずもないのに。

 第一、起きたときに、もしもバスローブがはだけていたら、私のすべてを純太郎に見られることになる。私は寝相がいいほうではない。そうなる確率は、極めて高いだろう。

 まあ……一応? 何があってもいいように、準備だけはしてある。二泊三日、同じ部屋で寝泊まりするわけで、もしかすると、本当にもしかすると、裸を見せる機会があるかもしれないわけで。だから、色々準備した。見られずに終わるなら、それに越したことは――――いや、ちょっと残念ではあるのかも?


「……はぁ」


 ベッドに腰かけ、頬を押さえる。

 隣のベッドを見れば、そこにはわずかに乱れたシーツがあった。もしかすると、純太郎もそこに座って、悶々としていたのかもしれない。そう思うと、少しだけ心が落ち着く。肝試しとか、ホラー映画を見ているときに、自分より怖がっている人がいると安心するみたいな。


「平常心……平常心……」


 胸をさすり、深く息をすることを意識して、鼓動を鎮める。

 この緊張は、初めてモデルとして撮影に向かったときに近い。あのときは、こうして心を落ち着かせたけど――――。


「ああ、もう! 全然ダメ!」


 まったく落ち着かず、思わず勢いよく立ち上がる。あのときの緊張とは、似ているようでまったく違うことに、たった今気がついた。


「こ、心の準備って……どうやるんだろ」


 スマホに手が伸びかける。しかし、大好きな純太郎と私の間に、赤の他人の意見を取り入れていいものなのか。

 少し考えて、私はスマホを放り投げた。たとえ参考になるアドバイスがあったとしても、今の私にはそれを実行できるだけの余裕がない。

 急に心配になって、バスローブの中を覗き込む。大丈夫、どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の体――――なはず。


「……何してるんだ?」

「ぴゃっ――――」


 いつの間にか、純太郎が部屋に戻ってきていた。まさか、こんなに早く出てくるなんて、男の子の入浴時間を舐めていた。

 慌ててバスローブを閉じて、何もなかったかのように取り繕う。


――――ところで、純太郎君。君はちょっとセクシーすぎないだろうか。


 バスローブの隙間から、胸板が見えている。私と違って、彼はインナーも着ていないということだ。男の子だし、それくらいは普通だろう。ただ、首筋を伝った水滴が、鎖骨を通り、胸元に流れていくところが、鼻血が出そうになるほど色っぽい。

 自分がどれだけ罪深い格好をしているか、気づいていないのだろうか? 君もインナーを着るべきだと、口を酸っぱくして言いたい。ただ、私にはむしろ見せて欲しくて……。

 純太郎は、本人が思っているよりも、遥かに魅力的な外見をしている。

 長い黒髪は、ミステリアスな雰囲気があって、つい目で追ってしまう。血管が浮き出た首筋は、色気にまみれていて、つい撫でまわしたくなる。長くて細い手足は、触れてみると想像以上にしっかりしていて、性別の違いをはっきりと感じる。組み伏せられたら、きっと逃げられないだろうなんて、つい想像してしまう。

 ああ、もう、私の彼氏がかっこよすぎる。見た目で人を好きになることはないって言ったけど、好みの容姿のほうが、嬉しいに決まっている。


「しずく?」

「な、なんでもない!」


 慌てふためく私を、純太郎はしばらく訝しげな目で見ていた。

 ごめんね、純太郎。君の体でよからぬ妄想をしていたなんて、口が裂けても言えません。

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