第五十五話 お好み焼き
「「ごちそうさまでした」」
あっという間に平らげてしまった俺たちは、再び街をぶらぶらと歩き出した。
「店員さん、いい人だったね。私の魅力に気づいてたし」
そう言って、しずくはドヤ顔をした。
「ああ、俺が店員さんでも、おまけしてたと思う」
「ふふっ、だよね! ……ん? 待てよ?」
突然、しずくが訝しげな視線を向けてきた。
「あの人の気持ちが分かるってことは……純太郎も、喫茶店に可愛い子が来たら、サービスしてるってこと?」
「え⁉ い、いや……」
「むむむ……その反応、怪しいなぁ~」
俺が慌てていると、しずくはぷっと噴き出した。
どうやら、またもやからかわれていたらしい。
「ごめんごめん! 反応が可愛くて、ついね」
俺が顔を逸らすと、しずくは手を合わせながら、茶目っ気たっぷりなウインクをした。
どうすれば自分が一番可愛く見えるか、完璧に理解しているとしか思えない仕草だ。
こんなの、許してしまうに決まっている。
「はぁ、しずくはずるいなぁ」
「ふふっ、まあね。でも実際さ、好みの人が来たら、少しはお近づきになりたいなーとか思う?」
「好みっていうのが、まずよく分からないんだけど……」
そもそも、誰かを好きになったのも、しずくが初めてだ。しずく以外に好意を抱く自分が、まったく想像できない。
「……だめだ、いくら考えてもしずく以外の人と話してる自分が想像できない」
「おうおう、愛いやつよのぉ! ……まあ、彼女としては安心だけどね」
脇腹を肘でつつかれる。思ったことを素直に言っただけだが、妙に気恥ずかしくなってしまい、たまらず俺も質問する。
「そういうしずくはないのか? 誰かに近づきたいとか、付き合いたいとか思ったこと」
「えー、純太郎以外はないよ?」
「え、そうなのか」
「ちょっと、なにその意外そうな顔。そんなに恋多き女に見える?」
しずくは、ふざけた様子で、垂れた髪を耳にかけ、胸に手を当てながら天を仰ぐ。
ふざけるときの演技ですら、様になってしまうのがなんとも面白い。俺は観念して、またしても素直な気持ちを言うことにした。
「しずくは可愛くて美人だし、男側が放っておかないと思って」
「そ、その通りではあるんだけどさぁ……」
「ん? どうした?」
「なんか、可愛いとか、美人とか、改まって言われると照れるっていうか……不意打ちは卑怯っていうか……」
今更照れているしずくに、俺は首を傾げる。いつもなら、得意げになるはずなのに。
「もう! 確かに私はモテますよ! ええ!」
何故か開き直ったしずくは、思い切り胸を張る。薄着なせいもあって、少し目のやり場に困った。
「でも、こっちから誰かを好きになるって、不思議となかったんだよね。こういう仕事だからさ、そりゃ周りにもかっこいい人は、たくさんいるんだけど、前にも言ったじゃん? 私、見た目で恋人は選ばないって」
「ああ、言ってたな」
「だから、うーん……やっぱりないね。仕事の人たちとは、プライベートまで踏み込まないし、学校の男の子は、下心しかなくてちょっと怖いし」
しずくが今まで、どんな恋愛をしていたとしても、嫌いになるわけがない。しかし、彼女の口からはっきりと〝俺以外にいない〟と聞けたことに、つい安心してしまった。
「あれ? もしかして安心した?」
「うぐっ……また顔に出てたか?」
「ううん、訊いてみただけ。当たったみたいだけど」
――――くそ、嵌められた……。
しずくの視線に耐えられず、俺は顔を伏せた。
そんなことをしているうちに、ようやく日が傾いてきて、街は、少しずつ夜の顔を出し始める。もうじき、俺たちの居場所はなくなってしまいそうだ。
「さ、そろそろご飯食べよっか!」
「ああ、賛成だ」
新幹線で調べておいた店に向かってみる。夏休みということもあって、少し待つことにはなったが、二十分ほどで入ることができた。
「わっ! なんか列増えてない?」
俺たちが席に案内されたあと、店の外には、長蛇の列ができていた。
少し早めに来てよかったと、互いに胸を撫で下ろす。
「入ったときは全然お客さんいなかったのに、途中からすごい混んでくることってない?」
「ああ、確かに……たまにあるかも?」
「やっぱり? なんか、めっちゃラッキーな気がしちゃうよね」
しずくはそう言って、右手を猫の手のように丸めて、上下に動かした。
「ふはっ、なんだそれ、招き猫?」
「うん、私がお客さんを招いてるのかもなーって」
しずくは目を細めて、にゃお、と鳴いた。思わず頭を撫でそうになるが、己の理性と、周囲の視線も相まって、なんとか我慢することができた。
他愛もない話をしているうちに、注文した豚玉と、海鮮ミックスがやってきた。
「よし……ねぇ、せっかくだからさ、どっちが綺麗に焼けるか挑戦してみない?」
「いいけど……」
俺が疑いの視線を向けていることに気づくと、しずくはむっと頬を膨らませた。
「もしかして、下手くそだと思ってる?」
「……そうは思わないけど。ほら、しずくって意外と不器用だから」
「それ、下手くそって言ってるのと変わらないからね⁉︎」
しずくは、料理があまり得意ではない。しかし、その話になると、やたらとムキになる。
なんでも、以前喫茶メロウで俺のナポリタンを食べて、衝撃を受けたらしい。それ以来、何故か対抗心を燃やしているようだった。
「女子が女子力で負けてたまるかっての!」
しずくは海鮮ミックスが入ったボウルを奪い、勢いよく混ぜ始める。
果たして、お好み焼きを焼くのに、女子力は必要なのだろうか? よく分からないまま、俺も豚玉をかき混ぜる。確か、ふんわり空気を含ませるように混ぜるのがコツなんだっけ?
「じゃあ、私からね!」
しずくが、油を引いた鉄板に、生地を流し込む。そして両手にヘラを持ち、豪快に生地を丸く整えていく。少々ぎこちない手つきではあるものの、ここまでは大丈夫そうだ。
しずくは落ち着かない様子で、何度もヘラを持っては焼き加減を確認する。俺はそれを、はらはらしながら見守っていると、ついにひっくり返すときが来た。しずくは、改めて両手にヘラを構え、お好み焼きを持ち上げた。




