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第四十四話 自慢

 しずくが主演のドラマの最終回が放送された。監督の采配がよく、キャスト陣の演技力の高さや、SHIZUKUの話題性など、すべてが上手く噛み合った結果、ドラマは大ヒットという最高の形で終わった。

 口コミやネットでも大いに話題になり、あまりの人気から、すでにシーズン2の収録が決まっているらしい。

 

 SHIZUKUこと神坂しずくは、ますます時の人となった。

 出演オファーはさらに増え、方々への挨拶だったり、スケジュール管理だったり、自分自身はもちろん、なんならマネージャーのほうが自分以上に忙しそうだとしずくは語っていた。


「ねぇねぇ、しずくちゃんとどこまで行ったの?」


 客が減ってきた時間帯。食器を洗っている俺に、歌原さんはニヤニヤしながら話しかけてきた。

 俺がしずくと付き合い始めてから、歌原さんはずっとこの調子だった。嫌とかではないのだが、俺からの返答はいつも変わらないのに、よく懲りずに訊いてくるものだ。


「……まだ何も変わりませんよ。しずくも忙しくて会える日も少ないですし」


「なーんだ……もうあんなことやこんなことしたのかと思った」


 あんなことやこんなこととは何を指すのだろう。

 手を繋ぐとか? ……それ以上のことは今の俺には想像し難い。


「マスター、いろいろありがとうございました」


 自然と、俺は歌原さんに対して感謝していた。歌原さんの気遣いのおかげで、俺はしずくに想いを伝えることができた。コーヒーの師匠であることも含めて、間違いなく俺の恩人だ。


「純くんは、私の一番弟子みたいなものだからねぇ……ついついお節介しちゃった」


 歌原さんは、ほがらかな笑みを浮かべた。


「しずくちゃんのこと、大切にしてあげないとね。放っておいたら、すぐ無茶しちゃいそうだし」


「……はい」


 無用な心配をさせないように、俺は力強く頷いて見せた。

 これからは、誰よりも俺がしずくの側にいる。いまだに芸能界のことは分からないし、恋人として、至らぬところは山ほどあるだろう。だからこそ、俺は全力でしずくと向き合う。全身全霊、己の人生を懸けなければ、いつだってキラキラ輝いている彼女には、ついていくことすらできないから。


「……大人になったねぇ、純くん。はぁ、私も彼氏ほしいなぁ」


「え?」


「何よぅ、そんな意外そうな顔しちゃって」


「いや……てっきり恋愛とか興味ないのかと……」


 誰に言い寄られてもさらっとあしらっていたし、いつだってコーヒーに夢中だったから、そもそも恋人なんてほしくないのかと思っていた。


「私だってほしいよぉ! 周りにはずっとコーヒーが恋人って言ってたけど! コーヒーは人間じゃないもん! 元は豆だもん!」


「そ、そうですね……」


 ――――当たり前のことを叫んでる。

 そうツッコミを入れた途端、新たな地雷を踏みそうだったため、俺はただ同調することに徹した。


「この歳になると、周りがどんどん結婚していくの……子どもが生まれたって報告してる子もいたし……! このままじゃ行き遅れになっちゃう!」


「そんな歳でもないじゃないですか……マスターは美人ですし、優しいですし、いい人なんてすぐ見つかると思いますけど」


「そうかなぁ? 私綺麗?」


 妖怪みたいなセリフだ……。


「置いてかないでよぉ、純くん……師匠より先に行っちゃダメなんだよ?」


「そんな無茶な……」


「わーん! 純くんがしずくちゃんに取られちゃったぁ!」


 歌原さんは、分かりやすく泣き真似をした。前の俺なら、どうしていいか分からず、ただあたふたすることしかできなかっただろう。しかし、歌原さんのことをしっかりと想えば、これもすべて俺たちを祝福しているからこその態度であることが分かる。

 まあ……本気で駄々をこねている部分もあるようだけど。


「……ま、世知辛い話は置いといて」


 愚図りながらも、歌原さんは会話をリセットした。


「今日は来れるんだっけ、しずくちゃん」


「近くで雑誌の取材があったみたいで、今日はそのまま来れるって言ってました」


「そっか。なんかちょっと久しぶりな感じするね」


「一週間ぶりですからね」


 学校はもう夏休み。しずくはそれをいいことに、モデルの仕事を入れまくっている。来月からは、またドラマの仕事が入るそうだ。


「あ、噂をすれば」


 歌原さんが顔を上げる。すると、ちょうど来客を知らせるベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 店に入ってきたしずくに、俺はそう声をかけた。


「こんばんは。純太郎、マスター」


「こんばんは、しずくちゃん。いつものでいい?」


「はい!」


 歌原さんが、俺の背中を軽く叩く。

 それに応じて俺がコーヒーを準備し始めると、しずくは嬉しそうにしながらいつもの席についた。

 

 しずくと恋人になって以来、彼女の分のコーヒーは、俺が淹れるようになった。歌原さんが、俺の淹れるコーヒーを認めてくれたのだ。他の客の注文はこれまで通り歌原さんが淹れるけど、しずくの分だけでも任せてもらえただけで、俺は大きく成長した実感を持てた。


「お待たせしました」


「ありがと」


 しずくは、コーヒーの香りをゆっくり楽しんだあと、口をつけた。

 

「ふぅ……安心するぅ」


 緩みに緩んだしずくの顔を見て、思わず吹き出しそうになる。その表情は、クールビューティー系モデルで売り出しているSHIZUKUとは、大きくかけ離れていた。


「……ちょっと、顔ばっかりじっと見ないでよ」


「すまん、緩んだ顔が可愛くてさ」


「かわっ……一週間ぶりに純太郎のコーヒー飲んだんだから、緩むのも仕方ないじゃん?」


 つーんとした態度を見せながら、しずくは再びカップに口をつける。

 ダメだ。どういうしずくも、全部愛おしく見える。どうやら俺は、相当浮かれてしまっているらしい。


「それにしても、ますます人気者だな」


 帽子にサングラス、そしてマスクと、しずくの変装はより強固になっていた。ドラマによってこれまで以上に人気が爆発してしまった彼女は、もはやここまでしないと外を歩けないのだろう。


「まあね……けどさ、ここまでの美少女って中々いないじゃん? だから人気が出ちゃうのも仕方ないっていうかさ」


「そうだな」


「……つっこんで欲しかったんですけど」


 不貞腐れたように頬を膨らませたしずくだが、すぐに頬を赤らめて笑顔を浮かべた。


「ま、純太郎に褒められるのは嬉しいから、なんでもいいや」


 どんなしずくの表情も、今や目がくらむほどの輝きを放つ宝石よりも魅力的だ。思わず見惚れていると、再びしずくに窘められてしまった。


「純太郎が私のこと大好きなのは分かるけど、これじゃ会話にならないよ」


「すまん……」


「……別にいいけどね。嬉しいし、時間がないわけじゃないし」


 そう言いながら、しずくは俺のほうに身を乗り出す。


「ねぇ、夏休みどっか出かけない?」


「え? 俺は構わないけど、結局休みはもらえそうなのか?」


「無理やり取ったんだよ。四日間ね」


 長い夏休みの中で、たった四日か。多いと見るべきか、少ないと見るべきか。俺は率直に少なすぎると思ったが。


「……純太郎にちゃんと聞いておきたいんだけどさ」


「ん?」


「なかなか会えないの、嫌じゃない?」


 しずくは不安そうに訊いてきた。

 半端な答えは意味がない。俺はしずくを安心させるべく、はっきりとした言葉を告げた。


「嫌じゃないよ。嫌になるわけがない」


 俺は、しずくの恋人でありながら、彼女のファンでもある。

 活躍すれば嬉しいし、嫌な思いをしたなら、俺も一緒に嫌な気持ちになる。どこにいたって、しずくの喜びや苦しみは、俺のものでもあると思っている。


「何事にも本気で取り組むしずくが好きなんだ。俺はそれを支えたい。だから、たとえ一緒にいられない時間が続いても、俺はずっとしずくが好きだよ。……まあ、寂しくないとは言ってないけど」


 最後に思わず本音が漏れてしまい、苦笑した。


「……かっこいいな、私の彼氏は。みんなに自慢して回りたいくらいだよ」


 そう言ったあと、しずくは残っていたコーヒーを飲み干した。

 俺のすべきことは、もう分かっている。


「純太郎、いつものちょうだい?」


「はいはい……喜んで」


 おかわりを所望されたら、応えないわけにはいかない。

 カウンターに戻り、俺はいつものようにコーヒーを淹れた。

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