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Ep.74 モブ令嬢はシナリオに抗う

「さぁ、入れ!」


 若い近衛騎士の男のそんな乱雑な言葉と共に放り込まれた部屋は、夕べまで使っていた客間と違い寝台と窓、足の不安定な机くらいしかない簡素な部屋だった。行儀見習いよりもっと下の身分の従者達が使うような部屋だ。普通なら、仮にも伯爵家の令嬢を泊めるような場所じゃない。

 つまりこの扱いこそ、捕らわれこそしなかったけれど、私も陛下暗殺未遂の容疑者として疑われている動かぬ証拠だ。


「貴女は巻き込まれた被害者に過ぎないからと、明日にはスチュアート伯爵領へ帰すようキャンベル公爵家から申請が来ている。これ以上あらぬ疑いをかけられたくなくば、明朝帰りの馬車が迎えに来るまでそこで大人しくしている事だな。心優しきナターリエ公爵令嬢に感謝しろ」


 とりつく島もなく言いきって、若い近衛騎士は扉の外側から魔石を用いた頑丈な鍵をかけ去っていった。なるほど、彼だけ嫌に私に攻撃的だと思ったら、あの人もナターリエ様信者だからか。


「本当、容姿端麗な男性であれば誰でもいいのかしら。そんな女の我儘で、皆が…………痛っ」


 顔も知らない騎士達に乱暴に連れていかれる大切な人達を助けられなかった不甲斐なさに嗚咽がこぼれそうになったのを堪えようと唇を噛むと、右側の頬が一瞬痛む。同時に、私を叩いたあの時の、私よりずっと痛そうな顔をしたアイちゃんの姿が脳裏をよぎった。


(そうだ……、泣いている場合じゃない。今は、私が頑張るべき時だ)


 溢れそうになる涙を無理にでも拭い、少し痛みの残る頬を冷やすことも忘れ、私はここに来るまでの道中で近衛騎士団の会話から仕入れた話を整理すべく、がたつく机でノートを広げた。


 私達が抜け出した後の夜会の締め括りの挨拶。その皆の衆目の中で国王陛下が呷ったグラスのワインに、《《とある》》特殊な毒物が仕込まれていた。

 《《とある》》とは、普通の毒でなく、本来毒でも何でもない液体に魔術で呪いをかけ、《《狙った相手が飲んだ時に飲み命を奪う》》ものへと変貌させる、事前の毒味では絶対に気づけない非常に厄介で……かつ、『強大な魔力の持ち主』にしか作ることが出来ない代物。

 だから、この国で現在唯一の忌み子であるガイアが、問答無用で犯人にされてしまったのだ。そして。


『王家の人間の……、まして他ならぬ陛下のお命を狙ったのだ。このまま陛下がご逝去されたらまず死罪は免れないであろうな』


 ここに連れ戻されるまでの間に耳に入った老騎士の言葉に、背筋が粟立つのを手を握ってこらえる。


(でも逆に言えば、まだ陛下はご存命ということだわ。ガイアを無傷で捕らえたのも彼に解毒剤を作らせる為だろうし、なら……まだ出来ることはある)


 捕まった先には“死”しか無いだろうあの状況ですら、皆が私を助けてくれた。それが情けなくて、悔しくて、やり場の無い怒りが込み上げる。

 わかってる。私達はまた、ナターリエ様に嵌められたんだ。逆に言えば、ナターリエ様達が真犯人であると証明出来ればこの窮地を一気にひっくり返すことが出来る。




 その為に私が持つカードは大きくわけて三つ。一つ目は、ガイアが集めたナターリエ様と親衛隊達の罪の証拠資料だ。


(だけど……この証拠は今は使えないわね)


 引き離されるあの時ガイアが私に託したのは、例の国立魔術研究所の印入りのナターリエ様の罪を告発する書状と、小さな桜型の鍵だった。多分、鍵は特注品。どこのものかはわからないけど、この鍵に合う場所に、彼がかき集めた敵《ナターリエ様》の罪の証拠が詰まっているんだろう。


 ただ、今のガイアは罪人扱いだ。だから、この証拠達が使えるのは、彼の無実を証明してからだ。鍵は失くさないようチェーンに通して、ネックレスとして首から下げて服の中に隠すことにした。《《その時》》が来るまでは。


 二つ目はガイアがくれた桜のブローチに嵌め込まれた残り4つの魔石。連絡石は使ってしまったから、残りは催眠、透過、回復の効果を持つ三つの石と……。


「キラービーの女王マザーの魔石から作った、万能解毒剤」


 もしかしたらこれが、陛下のお体に効くかもしれない。けれど、容疑者寄りのしがない伯爵令嬢がなんの伝もなく重篤の国王に会うことは難しいから、今すぐに飲ませることは不可能に近いだろう。だから、これもまだしまっておく。


 最後の一つは、アイちゃんが別れ際に私のドレスに押し込んだマジックポーチだ。中にはかなり古そうな魔術に関する歴史書や初心者向けの短剣。それと、あの時彼女が使っていた魔石を用いた小型爆弾が入っていた。これは、身を守る武器になる。


 どれも、向こうに対する決定打にはならない。だけど、これだけあれば十分だ。



 ガイア達が連行されたあの時、ナターリエ様は確かに笑っていた。多分、今の状況は正しく彼女の思い描いてたシナリオ通りなんだろう。そして、私だけを敢えて取り逃がしたのはきっと、単なるモブである私には、主要メンバーであるナターリエ様が作ったシナリオを覆すなんて出来ないと思ったからに違いない。


「……本当、舐められたものね」


 部屋を移されるに当たって、予め私が持ってきていた荷物だけはこの部屋に移動されていた。その中から最低限の金品と、身分を証明する物を持ち、一番地味な私服に着替える。そして、星空柄のリボンを、胸ポケットに大切にしまった。


「これがちゃんと手元に返ってきてよかったわ。心置きなく脱走出来るもの」


 厳重に鍵のかかった扉に手をかけ、内側から鍵穴に意識を集中させる。パキン、と軽い音がして、扉は開くようになった。

 魔力を使った鍵は、私には効かない。


 だけど、このまま逃げ出しても探されたらすぐ見つかってしまう。だから。


「……ごめんなさい」


 アイちゃんの短剣を使って、あたかも中で争ったように見えるように部屋や家具を切りつける。そして、こっそり建物から抜け出して、一番威力の強そうな魔石爆弾を思い切り投げつけた。


 一瞬で火柱に包まれた小部屋に、すぐ野次馬が集まってくる。その人混みに紛れて、私は王宮から抜け出した。目指すは、キャンベル公爵家だ。



(見てらっしゃい悪役令嬢、貴女のそのシナリオ、必ず覆してやるんだから!)


  ~Ep.74 モブ令嬢はシナリオに抗う~




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