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Ep.47 記憶の迷宮 [中編]

 何もない空間の中を、ひたすら真っ直ぐ落ちていく。

 でも、不思議と恐怖は無く。どちらかというと、微睡みから夢の中に落ちていくような感覚だった。


(幻術か結界の類いか……?本当に、何者だったんだ、あの男)


 今、この国の正式な魔力持ちは自分だけ。他の魔術を扱う人間は皆、魔物や魔力を帯びた宝石(国宝である竜玉もこの類いだ)等を媒体にしてわずかな術が使える者しか居ない。少なくとも、“表向き”はそうだと聞いていた。そのせいで不遇な扱いも多々受けてきた。

 だが、あの男は、明らかに自分より格上の魔術を易々操っていた。


(髪は白銀、瞳は瑠璃色……魔力持ちの条件は満たしていなかった。でも)


 自分も“魔力持そう”だからこそわかる。あれは“本物”だ、自分と、同じ。生まれながらに魔力を与えられた者。


(何が目的かは知らないが、怪しいな)


 彼からも話を聞かねばならない。でも、その為にも、そして何よりセレンを探しに行く為にも、まずはここから出なくては。


 そうこう考えている内に、ようやく爪先が何かに当たった。ようやく底についたらしい。慎重に両足を着くと、カサリと枯れ葉の擦れ合う音がした。


(まだ辺りは暗いな、ここは一体……)


 周りを確かめながら、一歩だけ足を踏み出す。途端に、霧が晴れたように闇が消えて視界が開けた。一瞬身構えたが、見覚えのある光景に拍子抜けする。

 なんてことはない。自分が立っていたのは、祖父の屋敷近くの森の中だった。


(どう言うことだ?確かにあの時本の中に引きずり込まれたように感じたんだが……)


 そう首を傾いだ時だ、幼い少女の声が聞こえた。


「ねぇ、あなた迷子になっちゃったの?」


「ーっ!」


 自分に言われたのかと思って反射的に振り向く。が、違った。少女の声がしたのは自分の近くでは無く、少し先に見える大きな切り株の辺りだ。同時に、子供がすすり泣く声が耳を掠める。


(この声は……!)


 聞き覚えのある声に誘われて、木の陰からそっと様子を伺って。


 遠目にもわかる純黒の髪に、息を呑んだ。


 本来なら、今の自分とは決して出逢うことの無いはずの少年が首を横に振ると、少女が首を傾いだ。柔らかそうなストロベリーブロンドがさらりと揺れる。


 でも、二人の顔は、逆光のせいでよく見えない。


「迷子じゃないの?なら、どうして泣いているの?」


「お祖父様からもらったハンカチーフが、破けちゃったんだ……」


「そっか……、じゃあ、わたしが直してあげる!」


「え!?いや、でも迷惑じゃ……っ」


「いいから任せて!あなた、お花は好き?」


 逡巡するようにしばらく黙り込んでから、少年が頷いた。良かった、と彼からハンカチーフを受け取り、少女がチクチクと針を刺していく。それを、ただぼんやりと見つめていた。

 この穏やかな時間に、つかの間の幸せな光景。記憶にない。でも、何故だか妙に、懐かしかった。


「……っ!」


 ズキリと刺すような痛みが頭に走る。記憶の一番深い場所が揺さぶられているみたいだ。


「よし、出来たーっ!はい、どーぞ!」


 しばらくして、ようやく手を止めた少女がそう言って元気に立ち上がった。でも、まだ顔は見えない。ただ、明るく無邪気な声音から、きっと笑っているのだろうと推測するだけだ。


「すごい……!これで破けてたなんてわからないや、ありがとう!君はまるで妖精のようだね!!」


 おずおずとハンカチーフを受け取って広げた少年がはしゃいで、ようやく俯いていた顔を上げた。あぁ、と、懐かしい幼い頃の己の顔にようやく、府に落ちた。


(ここは、俺の記憶の中だ……)


 忘れていた、奪われていた、でも、ずっと探していた、大切な思い出。それを今、成長した自分が客観的に見ている。不思議な気分だった。

 


「喜んでもらえてよかった!ねぇ、もしよかったら一緒に遊ばない?もう少し先に、美味しい木の実がなってる場所があるのよ!」


 喜ぶガイアスの反応に嬉しそうに笑った少女がそう提案したが、幼い自分は頷きかけてからふいとまた俯いてしまう。


「……っ」


「どうしたの?あ、木の実は嫌い?」


「いや、そんなことはないけど……、一緒に遊ぶなんて、君は、僕が恐くないの?」


「え?」


 きょとんと、少女が首を捻った。ガイアスが何を言っているのか、心底わからないといった様子で。


「恐くなんかないよ。どうしてそんなこと聞くの?」


「本気で言ってるの?だってほら、僕の、この髪……」


 まだ肩ほどまでの長さしかない黒髪を、幼い自分がぐっと握りしめた。『髪?』と聞き返した少女の返事を聞くのが恐いとばかりに、手を震わせながら。


「あぁ!あなたの髪、ツヤツヤしててすごく綺麗よね!」


「……え?いや、そうじゃなくて。黒だよ?普通の人間が持つ色じゃない……僕はっ」


「へ?黒髪の人ってそんなにおかしい?私はむしろ素敵だと思うけど」


「……っ、本気?」


 予想だにしない少女の答えに、幼いガイアスも現在のガイアスも唖然となる。少女はクスクスと無邪気に笑ってから、自分のストロベリーブロンドの髪を小さな指先に巻き付けた。


「嘘なんかつかないよ。それに、私昔からたまーに自分の髪の色こそまともな人間の色じゃない気がするんだよねー……どうしてかしら?」


 まだ子供だとは思えない哀愁を漂わせた少女の呟きに、二人のガイアスが首を傾いだ。



「……可笑しくないよ。すごく、可愛いのに」


「ーっ!?あ、ありがとう……」


 照れた様子の少女が、それを誤魔化すように幼いガイアスの手を取った。


「とにかく!あなたの髪、私は懐かしい感じがして好きよ。だから、ね?ちょっとだけ一緒に遊びましょう!」


「~っ!ま、まぁ、どうしてもって言うなら……」


「よし、決まり!」


 てらいのない無邪気な少女の態度に、とうとう幼いガイアスが折れた。少女の小さな手に導かれるように、幼い自分の後ろ姿も遠ざかっていく。


(あの子は、一体誰なんだ……?)


 それがただ、知りたくて。こっそりと後を追いかける。二人が行き着いた先は、崖の近くに生えたリンゴの木だった。


「あの赤い実が美味しいの!いつもはお父様達が取ってくれるんだけど……」


「ずいぶん高いね……。木を揺らしたら落ちてくるかな?って、ちょっと!!」


「下に落ちたら傷んで食べられなくなっちゃうし、のぼって取ってみるね!」


 身なり的に令嬢のようだが、あの子はひどくお転婆らしい。いきなり木を上り出した少女を、幼いガイアスが不安げに見守る。


 あと少しで実に手が届きそうな所まで上った時、崖側から突風が吹き抜けた。


「きゃっ!」


 枝にしがみついていた少女の身体がぐらりと傾く。そのまま、少女を支えていた枝がバキリと折れた。


「危ない!!」


 青ざめた幼いガイアスが指を鳴らすと、小さなつむじ風が巻き起こる。そのつむじ風で少女を助けて、そのままゆっくりと、自分の腕の中に下ろした。


「大丈夫!?怪我はない!?」


「う、うん。今のって……」


「ーー……っ!」


 ガイアスに抱き抱えられたまま、少女がぽつりと呟く。幼いガイアスが、ハッとしたように肩をすくませた。


「もしかして、魔法!!?すごいすごい!あなた、魔法使いなのね!」


「うわっ!ちっ、ちょっと待って!!!」


 突然少女に抱きつかれて、遠巻きに見てもわかる程に幼いガイアスの頬が赤く染まる。自分のことながら、ガイアスは頭を抱えた。


(いくら同世代の異性に耐性がなかったとは言え、我ながらチョロ過ぎる……!)



 いや、でもあれは照れているだけで、まだ堕ちたとは限らない。まず、未だに現在のガイアスには少女の顔は見えないし……と、自分で自分に言い訳をする。


「あっ!ごめんなさいわたしったら!助けてくれてありがとう!」


「どう、いたし、まして……。……本当に、君は僕を恐がらないんだね」


「当たり前でしょ?寧ろ今日の私が幸運過ぎて怖いくらいだよ!私、魔法使いの友達なんて初めてだもの」


「ーー……っ、……っ!」


「えっ、え!?どうして泣くの?」


 “友達”なんて言葉、初めて貰った。それも、自分の魔力を知っている相手から。それが、堪らない程嬉しかったんだろう。

 幼いガイアスの瞳から、大粒の涙がボロボロこぼれていく。


「ごっ、ごめん。僕、友達なんて、はじめてで……」


 『嬉しくて』、とまでは、言葉にならなかった。まだ泣いているガイアスの頭に、少女の手が優しく触れる。


「じゃあ、私があなたのお友達第1号だね!」


「……うん。ねぇ、どうして僕の頭を撫でてるの?」


「ん?泣いてる時にはナデナデしてもらうと元気が出るから」


「……僕の髪に触るの、嫌じゃない?」


「んー……、見た目よりちょっとチクチクするかな。でも、いい撫で心地だよ?」


「ははっ、なんだよ、それ……」


 とんちんかんな少女の答えに、幼いガイアスが小さく吹き出す。そのまま堰を切って溢れ出した涙が止まるまで、少女はずっと優しくガイアスの黒髪を撫で続けてくれた。






 それから、ようやく泣き止んだかと思えば。唐突に少女に『他にも魔法見せて!』とせがまれて、風の魔法で木の実を落として。半分こにしてそれを食べたり、腹ごなしにおいかけっこをしたり、沢に降りて水で遊んだり。

 なんの変哲もない、死ぬほど切望していた“普通の子供”らしい遊びを、その女の子と、日が暮れるまで堪能した。


 そして、帰り際。はじめに出会った切り株の所まで、二人で手を繋いで戻って。

 名残惜しそうに、少女の手がスルリと離れていく。


「もう帰らなきゃ怒られちゃう……、じゃあ、さよなら!」


「…………っ、待って!」


 小さく手を振って少女が歩き出す。それを思わず引き留めた。


「……また、会えるかな?いや……、会いたいんだ。だから、また遊ぼう。ここで」


「ーっ!うん!あ……、でもどうしよう」

 

「どうかしたの?」


「実は私……すっごく方向音痴なの」


 『自力でここまで来られるかどうか……』と、至極深刻そうに悩む彼女にかけよって、小さな両手を握りしめた。


「だったら、僕が会いに行くよ。迷子になってても、必ず見つけるから!だから……またね」


 すがるようなその約束に、少女が頷く。そして、そのまま幼いガイアスの頬に少女の唇が触れた。


「絶対だよ!いつまででも待ってるから、またね!」


 頬と幼いガイアスの胸に強い熱を刻み込んで、満面の笑みで手を振る少女。


 それを見た瞬間、心臓が一際大きな音を立てて弾んだ。”恋に堕ちた“その自覚に、ようやく逆光無しに見えた、思い出の少女の正体がわかる。


「セレン……っ、ーっ!」


 夕日に照らされ赤みを増したストロベリーブロンドが遠ざかっていく。思わず追いかけようとした足が、また闇に掬われた。


 闇の中から伸びた手に、無理矢理引き留められる。振り向いて、声を失う。


「追いかけるなんて、させないよ?知ってるでしょ、存在からして穢れた僕《俺》に、ひとつの汚れもないあの子を、好きになる資格なんてないんだって」


 闇より暗い瞳をした、かつての自分がそこに居た。


   ~Ep.47 記憶の迷宮 [中編]~


『未来のために向き合うべきは、自分を憎む過去の自分』



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