祈祷師と陰陽師
とりあえず完結です。すごく続きがありそうな最後になってしまいましたが、とりあえずこれにて終わり。
読んでくださってありがとうございました!
「まったく」
屋上の更に上にある水タンクに腰を掛けていた倖は、仕方がないように肩を竦めた。
正直、初めてみた従妹の実力には目を疑った。しかし、今はどうだ。
やる気のないいつもの彼女に戻ってしまったせいか、先ほどまでの膨大な霊力はまったく皆無と言っていいほどその場から忽然と姿を消した。
去り際に大きな地雷を置いていった従妹を追って、彼もまた屋上から姿を消したのだった。
● ● ● ● ● ● ●
「つまり、謎解きをすると、悠は元々からこの日に、あの霊を成仏させる気だったんだね?」
「まぁ、そうなるかなぁ」
帰り道の車の中、倖の言葉に、悠はやる気なく答えた。
車の窓に頬を押し付けて、ぼんやりと外を見つめている。
「前さ、たまたまあの子の過去を覗いちゃった時があったんだ。で、彼女は望んで怨霊になっているわけじゃないってわかって。じゃあ、やっぱり命日が一番有効かなぁって思ってたわけ」
「あの子、殺されたんだろう?」
「そう。学校が建つ前にあった木造の建物の中に誘拐されて、その美貌を怨んだ女性に顔を切りつけられたみたい。・・・可哀想に、あんなに小さかったのに。でも、血も清めたし、もう大丈夫だと思う」
「ほんと、悠はわからないね」
「けど、丁度よかった。あいつにも、結構な屈辱味合わせられたみたいだったし」
「結構どころじゃないと思うけど・・・」
悠に聞かれる心配のないほど小さな声で、倖はポツリとそう呟いた。
「このまま、何事もなく終わればいいけどね」
● ● ● ● ● ● ●
果たして、倖の懸念はその通りになってしまったのだ。
「・・・・・・・・・・」
急遽着物姿に着替えさせられた悠は、額に青筋を立てながら、目の前にある顔を見つめていた。
「弟が、先日の詫びを入れたいと。そして、この婚約の件、お受けいたしたいと申し出まして」
智斗瀬と彼の隣に座る智斗瀬の兄が、頭を下げてきた。
(今更どの面下げて・・・っ!)
今、心の枷を外したら、きっと彼女は智斗瀬に呪術を掛けてしまうだろう。その事がわかっているため、悠はがんばって精神統一に励んでいた。
心は無、無、無、である。
「どういう、事かな?」
「見ての通り」
お見合いの席ではお約束の「後は若い者同士で」という言葉の後、悠は智斗瀬と共に母屋の庭園を歩いていた。
もちろん、二人の間に甘くやさしい雰囲気など漂っているはずもなく。
それどころか、二人の周りにはブリザードが吹き荒れていた。傍にいれば、冷たすぎて火傷をしてしまいそうなほど、その冷気は凍えていた。
「前に私が言った事、聞こえなかったんだ」
「さぁて、何の事かな」
背広を着た智斗瀬は、十人中十人の女性が卒倒してしまうであろうほどど色っぽく素敵な容姿をしていたのだが、腸の煮え繰り返りそうなほどの苛立ちを抱えている悠には、その美しさもまったく効果がない。
逆にむさ苦しくすら感じるのは、その行き過ぎた怒りのせいだ。
「はっきり言うけど、私、自分より弱いやつに興味ないんだけど」
「ほぉ、奇遇だな。俺も、自分より強い奴が、非常に目障りだ」
睨み合った二人の間に、蒼い火花が飛び散る。
● ● ● ● ● ●
「智斗瀬の奴、完全に挑発されちゃって」
「悠も、負けちゃいないよ」
二人がにらみ合っている近くの草むらの後ろでは、小さな宴会が始まっていた。主催者は悠の実の兄、慎で、参加者はその従兄弟達。
そして。
「君も、若いのに色々苦労してるね」
「もう慣れましたから」
賢の言葉に、那智は苦笑して答えた。
そんな二人を見ながら、空が首を傾げる。
「でも、どうして、安曇さんの友達の君がここに居るの?」
「どうしても気になったんだ。あの後、智斗瀬の様子がおかしかったから」
あの後とは、学校での除霊事件の事だ。
「いきなりお見合いするって言い出して。由香里の奴が大騒ぎ。僕疲れちゃった」
那智が軽く肩を揉む仕草をして、自分がいかに苦労したかを無言で主張する。
「宮千塚さん、霊力の「れ」の字も出さないから、彼女が次期当主だって聞いた時は、ほんとに吃驚したんだよ」
「あいつは、基本やる気がないからな。やる気がない時は、なぜか知らんが奴の中にある霊力はすべてどこかに消し飛ぶ仕組みになっているんだ」
一族を代表して、兄の慎が、那智の質問に答えた。
その隣で静かに二人の様子を見守っていた倖は、ぽつりと呟く。
「あの二人、意外に合ってると思うんだけど」
「は!?どこが」
慎が、大袈裟に驚いてみせると、倖は彼に視線を向けた。
「ちょうど、陰と陽の素質持ってるからさ、あの二人」
「智斗瀬が陰で、宮千塚さんが陽?」
那智の言葉に、倖は首を振った。
「逆。・・・・悠が陰で智斗瀬くんが陽」
「「「「・・・・・・・・・」」」」
その場の空気が止まった。
慎は、小さく口元を引き攣らせる。
「それは・・・・な。確かに合ってる。合いすぎていて、我が妹ながら恐ろしくなるぞ」
その後、彼は再び目の前の草の間から妹を見つめた。
「でも、あの三男坊、悠に真っ向から対決を挑むとは、中々根性はあるんじゃないか?」
「さぁて、これで悠がどこまで本気を出すかだね」
若い者達のお見合いの実況と解説を含んだその宴会は、まだまだ始まったばかり。
● ● ● ● ● ●
「俺にあんな屈辱を味あわせた礼はきっちりさせてもらうぜ。近い将来、泣きを見ることになるが、ぜいぜいがんばる事だな。その時は指さして笑ってやるよ」
智斗瀬が鼻で笑いながら宣戦布告をした。
その笑いに動じるようすもなく、悠もまた鼻で笑う。
「ふっ。言ってくれるじゃない、この洟垂れやろうの三男坊が」
この時、二人の背後に、噴火した火山と氷河期が訪れた大地が一緒になって見えたと、後に悠の従兄弟達と智斗瀬の親友は語る。
結果、この二人は互いを破滅に追いやる為だけに、婚約を了承したのだった。
――――こうして、采は投げられた。
果たして、婚約者という名の天敵を銘打った二人の決闘の行く末とは―――。