夏休みを前に・1
さて、時は進んで話は戻り、今回は、『怪盗マシン』が餃子製造工場からロボットアームを盗み出した『ケース8』事件から10日ほど経った、7月初めの朝の四郎丸家からスタートする――。
初瀬義雄はK.Kリングに再雇用されて以来、出勤日の7時50分には必ず四郎丸家の玄関前に立っている。その正確さは既にアキラから『時計代わり』と評されており、この朝も その定刻通りに、初瀬はインターフォンのボタンを押した。
「――おはようございます。初瀬でございます、お迎えに上がりました――。」
「…―おはよう 初瀬さん。ごめんね、今朝は まだ準備出来てなくて…、
すみませんけど、中入ってもらえますか? 外 暑いでしょ? それと ちょっと訊きたいことが…、」
いつもなら準備も万端に、速やかに出て来る雇い主が、今朝は珍しく何か手間取っている様子――。
――ならば と、初瀬は合鍵を取り出し、言われるままに中に入った。
「――ごめんね、今日お客様のところに行くのに、スーツの上着と半袖の作業着と、どっちにするか、迷って決められなくて…、初瀬さんは どっちが良いと思う――?」
両手にハンガーを抱えて上がり框の上に立ち、初瀬の顔を見るなりアキラは尋ねてきた。
右手のハンガーにはダークブルーのサマースーツの上衣、左手のそれにはパステルグリーンの半袖の作業着がかかっている。――作業着のほうは、会社支給のユニフォームだが、半袖は外回りの営業を担当する者のみが夏場の着用を許されている。
日除けの為のサングラスを外した初瀬は、神妙な面持ちのアキラの顔と、その2着を交互に見比べて答えた。
「…そうですね…、今日は暑いですから、作業着のほうが、見た目も涼しげで よろしいかと存じます――。」
「――やっぱり そうだよね――! ありがと初瀬さん、あと戸締りしてくから、先に乗ってて?」
アキラは そう言って、依然行方の知れない父・広が残していった車の鍵を初瀬に渡す。
「――かしこまりました――、」
恭しく その鍵を受け取り、初瀬は玄関前の駐車スペースへと向かう。
――綺麗に磨き上げられた白のセダン。この車の整備と管理をし、社長代行となったアキラを望む場所へ送り届け、かつ その身辺警護に当たるのが、復職した彼の現在の仕事である。
運転席に乗り込み、エアコンのスイッチをいれた初瀬は、ふと、先ほど目にしたスーツの上衣が、アキラ同様 小柄だった先々代の社長が着ていたものだったことを思い出す。
元々 アキラの祖父・守が社長だった時代に採用された初瀬は、広に代替わりして以降は、広のことを『若社長』呼びしていたのだが、今や 早くも その子の『シン・若社長』が登場したのだから驚きもする。
――もっとも、あくまで社長『代行』であり、広社長が戻り次第、普通の高校生に戻るのだと公言する『シン・若社長』の願いが、1日も早く叶うよう、陰ながら祈る毎日である。
親子三代に仕えてきたが、四郎丸家の人間は、三者三様 それぞれに、従業員思いの善き経営者なのだ。中でも 息子思いでもある若社長・広が、何故その最愛の息子を残し、家に帰らないなどという事態に陥ったのか、初瀬は世の不条理を嘆かずにはいられない。
そういう初瀬ではあるが、過去5年間、立て続けに老親の死に至る病と その介護、そして看取りに追われ、1人になって なお しばらく、世の流れには戻れぬような、糸の切れた凧のような腑抜けた有り様になっていたところ、この運転手兼警護役という、自分を立て直すには打ってつけの役目を与えられたことに感謝しかなく、そこは複雑な心境でもある。とはいえ――
「――お待たせ 初瀬さん、じゃあ今日は、第1プラントに寄ってから、お客様のところに行くので よろしくお願いします――、」
見立て通り、パステルグリーンも爽やかに、作業着に身を包んだアキラが、両手いっぱい荷物を抱え、後部座席に乗り込んで来る。
「――今度で2度目ですね、お客様のところに行くのは。…また上手く話が まとまると良いですね、」
ルームミラー越しに視線を合わせ、初瀬はアキラを励ます。
「――ホントもう、毎回ドキドキだよ~!! …会って見るまで 相手が どんな人かも よく分かんないし、この前は良い人だったけど、今日は どうかなぁ~?」
――この若き社長の挑戦を見守り、傍で支える この仕事に、かつてないほど やりがいと楽しみを感じている、今現在の初瀬なのである。
思えば『すぐ泣く某』などと、揶揄われていた頃からアキラを知る彼であるが、今や まるで見違えるように、父たる社長の不在という、この不安で不穏な状況下でも、人前では涙ひとつ見せず、時に笑顔で社員を鼓舞するまでになった この少年を、日々 大いに応援したいと仕事に臨む初瀬なのだ―。
――しかし この朝またしても、そんな初瀬の表情を曇らす、1件の電話の着信音が、アキラのスマホから高く鳴り響いた――。
ここまで お読みくださり、誠に ありがとうございます。
貴方様の貴重な1PVに、いつも 支えられていることに、深く感謝申し上げます。
今この時期に このエピソードタイトルというのも、若干皮肉というか挑発的な感じに受け止められてしまうかもしれませんが、たまたまのことでして、他意は有りませんことをご了承願います。
引き続き、次回も お楽しみいただけましたら幸いです。




