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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第2章 The Y-axis

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怪盗マシン・3

―そのトキオの期待に応えるように、『作業』は順調に進んでいた。


 『マスター』が遠隔で操作する『スコーピオ』により、標的のロボットアームの取り外しは、周囲の機械に影響を及ぼすこともなく、順を追って、整然と行われている。


 駆動音を極力抑えたモーターで宙を舞い、ドライバーはじめ8種の工具を操る『スコーピオ』は、これまで『マシン』に保持されて作業を行うパターンもあったが、今回工場の立地と警備体制から『マシン』の侵入を見送った為、5本のアームの内1本を体勢の保持、8つのカメラアイの2つを作業用ライトに切り替えて、4本のアームで分解作業を行う形になっている。


 物心ついた頃から、『機械』と見るや、ドライバー片手に分解と組み立てを繰り返すことが大好きだった『アキラ』少年は、難易度が上がるほど、やる気が(みなぎ)ってしまう傾向にもあり、今や これが『犯罪行為』であることも ひと時忘れて、無我夢中になっている様子である。


 ―カフェレストランの片隅で、瞳を輝かせながらパソコンのモニターと睨み合うアキラ少年を、温かく見守りつつも複雑な心情を抱える野木(のぎ)から、小さな溜め息が漏れる―。


 ―内気で照れ屋で恥ずかしがり屋の『アキラ』くんが、随分と大それたことをするようになったものである―。


 就活の為訪れた、現在の勤務先の敷地で、初めて彼に会った日、まだ彼が小学生だった その頃から、既に周囲の大人も舌を巻くほどのエンジニアだったアキラ少年の、愛らしい、はにかんだ笑顔を、野木は今でも ありありと思い出すことが出来る。


 ―彼を前科者にする訳にはいかない―


 自分を重用してくれた、大恩ある彼の御父君に報いる為にも、野木は絶対の覚悟を以て、この『怪盗マシン』の暗躍に加担していた。


 その為に、標的発見後の情報収集と作戦立案に始まり、実行に及ぶ際のサポート役までを本来業務の傍らソツなくこなし、ここまで7件、警察の捜査を全く寄せ付けることなく、完璧な犯行を重ねてきたのである―。


 壁3枚を隔てた警備員室まで『スコーピオ』の駆動音は まず届かないレベルの静音で、かつ 今宵の2人の警備員は、今現在放送中の サッカー日本代表の試合に、おそらく夢中になっているものと野木は読んでいる。


 そうこうしている内に、『スコーピオ』は最後のネジを外し、あの『トキオ』が自分の『腕』だと言い張るロボットアームが、遂に『スコーピオ』のアームの中に収まった。


―その時である―


 非常事態を知らせる、けたたましい警報のベルが鳴り、『スカラベ』と『スコーピオ』のいる『加工室』の照明が一斉に点灯したのだ―。


 2台の『機械(マシン)』は 突如 総てを露わにする光の中へ放り出されたが、警備員室に映し出される防犯カメラの映像は、(あらかじ)めダミー映像に切り替えてあるので、この警報音に気づいた警備員が駆け付け、その肉眼で確認するまでは、『スカラベ』と『スコーピオ』の侵入は、まだ露見した訳ではない―。


 野木の計算では、警備員がこの『加工室』に到達するまで約30秒―


 ―こうした不測の事態に、自動的に通知が届く仕組みのトキオのスマホから、アキラと野木に通信が入る。


「―どうしたの―? 大丈夫―? 応援向かいますか―!?」


 ―カフェレストランで向かい合わせに座る野木とアキラは、トキオのこの申し出に、一瞬 顔を見合わせる。


「―慌てないで―! 大丈夫―、『M1』は指定ポイント到着後は そのまま待機―! 

こちらで なんとかする―、」


―『マスター』は『マシン』に そう告げて、『マネージャー』に向き直ると こう言った。


「―すまない『M2』、僚機撤退完了時を以て、『S1』は放棄・爆砕処分とする―。

―最終任務として『S2』の退路確保の完遂を願う―」


「―承知しました。攪乱(かくらん)と陽動行動を開始します―」


 つまり『マスター』は、『スカラベ』を操る『マネージャー』に対し、この場から『スコーピオ』を何としても逃がす為の捨て石となり、その後は自爆せよと命じた訳だが、『マネージャー』は至って冷静に これを受け止め、速やかに『スカラベ』を『加工室』の天井付近まで浮上させた。


 「―『M2』から『M3』へ―、『S2』は目的物の確実な保持を確認、暗視スコープの起動準備後、追跡者の死角に潜伏願います―」


「―了解―、」


 野木の指示に従い、アキラは手に入れたロボットアームをしっかり抱えさせた『スコーピオ』を、『加工室』の作業台の下に一時退避させる。


「―誰か いるのか―!?」


大声を上げて やって来た警備員の頭部めがけて、野木は『スカラベ』を使い、『加工室』の蛍光灯を2本、続けざまに落下させた。


「―いッ……!?」


 2本ともクリーンヒットし、警備員は思わず頭を抱えてしゃがみ込む。


「―おい、大丈夫か―!?」


遅れて来た もう1人の警備員にも、同様に蛍光灯での物理攻撃をお見舞いすると、野木は『加工室』内の蛍光灯を、(すべ)て床の上に叩きおとし、室内を再びの暗闇に戻した。


 『スコーピオ』の8つのカメラアイの内、暗視スコープに切り替え可能なものは4つ、警備員たちが戸惑う闇の中でも、その目は出口を捉えている。この機を逃さず『マスター』は、その闇に乗じて『スコーピオ』を、『加工室』から脱出させる。


「―おい、今 何か、逃げたヤツが要るぞ―、追うんだ―!」


 体勢を立て直し、『加工室』から走り出ようとした警備員の1人が、不意に

「―ヒャッ―!?」

という、少々間の抜けた叫び声を上げ、再び その場にへたりこんだ。もう1人が その座り込んだ男につまづいてしまい、またも2人は そこでモタついてしまう。


 ―野木が『スカラベ』を、警備員の襟首から 背中へと侵入させたのである―。


「―ど、どうしました―!?」

「―わ、わからん…! 虫か―…!?」


 6本の足を持つ『スカラベ』が背中を這い回る不快感に、警備員は堪らず 何とか その蠢くものを追い出そうと身をくねらせる。


 そうこうしている内に、『スコーピオ』は早や工場の出入口から外へ出て、来た時の防音壁に向かって飛び立った。


「―『M1』と『M2』へ、―『S2』の脱出完了―、直ちに次の行動へ移れ―、」


「―『M2』了解―」

「―『M1』了解―、指定ポイントで待機中―、いつでも どうぞ―、」


 ルートAの周回から戻り、最初に『スコーピオ』を放った場所に戻っていた『マシン』は、自転車から降り、デリバリーバッグのフタを開けて待ち構えている。


 防音壁を越え、頭上から舞い降りてきた『スコーピオ』を受け止めた『マシン』は、まず 二重底になっているデリバリーバッグに仕込んでいたシウマイ弁当を取り出して『スコーピオ』と入れ替え、戦利品のロボットアームは、背負い紐側に細工してあるバッグ側面の隠しポケットに仕舞い込み、フタをした。


 万一(まんいち)フタを開けられても、一応(いちおう)シウマイ弁当の配達を装える体になっているが、しかし これは、目ざとい相手なら十分見破れる、気休めレベルの細工でしかない。


 故に ここからのトキオに課せられる使命は、絶対 誰にも呼び止められることなく、彼らの『本拠地』に帰り着くことであった。


 ―それは他でもない、自分の為のミッション・デリバリーである―。


「―『M1』から『M2』『M3』へ―、『S2』と目的物の収容完了―、これより『本拠地』に戻ります―」


 トキオは自転車に跨ると、ママチャリながら時折り時速30Kmにも迫ろうかという猛スピードで、しかし出会いがしらの事故には十分注意しつつ、深夜の住宅街を駆け抜け、2駅先の、交通量の多い共同使用駅を目指した。


◇      ◇       ◇


「―『M2』了解―、」


 トキオの報告に、カフェレストランで向かい合うアキラと野木は、ひとまず安堵の笑みを浮かべた。


「―それでは こちらも仕上げにかかりましょう―。」


 ―食品工場では、今なお2人の警備員が、出入口付近でモタついている。


「―俺のことは良いから、逃げたヤツを追え―、」

「は、はい―、」


 1人に促され、もう1人が出入口のドアを開けたところで、『スカラベ』は警備員の背中から離脱し、2人に先駆けて外へと出た。


 薄暗がりの中、宙を舞って、警備員2人の前に躍り出た、その小さな黒い影は、自分の姿を わざと見せつけるかのように、2人の視線が届く先で、1度 空中停止した。


 ―警備員の背中を這い回っていたのはコレか―、と、2人は その姿を凝視したが、それはカブトムシのように見えるものの、宙に浮く為その背で激しく動く半透明のものは、上下動する虫の羽ではなく、旋回する円盤のように見えた。


―何よりも、虫にあるまじき『力』と『意志』を持って行動している疑いが大いにある―。


「―ヤツを捕まえるぞ―!」


 既に『スコーピオ』は無事逃げ遂せた後だが、それでも『スカラベ』は、『スコーピオ』が去った側とは反対の方向に飛び、高さ2mの防音壁を越えた。


「―くっっそ、待ちやがれ―!!」


 2人の警備員は走ったが、空を飛ぶ『スカラベ』には手が届かない―。


 その壁を越えた先にあるのは、幅1mほどの、工場からの排水を集めて流す用水路である。梅雨時とあって流れる水も豊富な その水路の上で、『スカラベ』は宙に浮いたまま再び停止すると、一瞬(いっしゅん)鈍い光を放ち、「パシュッ」という破裂音を最後に粉々に砕け散り、黒々とした水の流れに呑み込まれていった。


 ―防音壁を越える為、回り道をした警備員が用水路の畔に着いた時には もう、『スカラベ』の姿は、跡形も無く消えていたのである―。


ここまでお読みくださり、誠に ありがとうございます。

今回の お話を御覧くださった貴方様に、念の為申し上げておきたく思いますのは、

「盗みの手口は絶対にマネしないで下さい」ということでございます。

(マネたところで上手くいく訳が無いと思われますので…。)

現実と異なる虚構の世界で、一時でも皆さまに お楽しみいただける作品を提供できれば…という思いで執筆しております。引き続き、次回も お立ち寄りいただけましたら幸いです。

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