ワケ有り品も歓迎します・6
ふっ…という軽い笑いで、妙に張り詰めてしまった その場の空気を、先に解いたのは陸だった。
「―ヘッドハンティング…ってことはさ、俺を雇ってくれるってこと? 君が―?」
言いながら陸は302号のドアの前に歩み寄り、左手に提げていた買い物袋をドアノブに引っ掛けると、左のポケットから鍵を取り出した。その間、右のポケットには、ずっと右手を隠したままで―。
「―そうですよ―。私には、その権限があります―。」
堂々たる七歩の物言いに、陸は微苦笑しながら部屋の鍵を開け、彼女に こう答えた。
「―俺、連城 陸だよ―。ここに住んでる安野さんのご厚意で、今は ここに居候させてもらってる。君が いつから ここで待っててくれたか知らないけど、これ以上、立ち話もなんだから、良ければ入って―?
―麦茶で良いかな? 暑かっただろ―?」
「―じゃあ お言葉に甘えて、お邪魔します―、」
夕刻とはいえ、確かに外は まだ暑いのだ。七歩は陸の招きに応じ、通路に置いていたランドセルを拾い上げると、彼の後に続き、302号の夏美の部屋に入った。
エアコンのスイッチを入れ、いつもは自分が座るテーブル席に七歩を着かせると、小さいペットボトルの麦茶にストローを挿して彼女に渡し、陸自身は、浄水ポットの水をコップに注いだものを片手に、いつもは夏美が座る席に座った。
「―それで? 俺を雇ってでも、君が俺に お願いしたいことっていうのは、何だい―?」
単刀直入に陸は尋ねた。
「―あなたのことは、住み込み店員として雇いたいと思ってます。当店は『万城目屋』という質屋です。あなたを採用するに当たっては、店長宅である我が家の1室を寮として提供しますし、食事代と水道光熱費は全部こちらで負担します。
その上で、時給は1600円スタートです。勤務日数と時間については、総て あなたの希望に応じます。ただし、業務の性質上、週6日は時間外でも寮での待機をお願いします。仮に時間外勤務を要請することになった場合は、法定の割増率を加算した、時間外手当を支給します。
それと、社会保険については…、あなたか私が勉強してから、加入出来るものには加入…って感じになるのかな…? ―ロウサイ保険だけはゼッタイ急がないと―…なんだよね―…?」
出だしは全くオトナのビジネスのような口調だったのが、最後のほうは 惜しいことにシドロモドロになってしまった七歩の勧誘に、陸は思わず笑ってしまう。
「―まぁ条件は悪くないね―。家族経営の小規模店じゃ、社会保険までは中々…っていうのはあるあるだし…、―で? 仕事内容は―?」
「―あなたには、『万城目屋』の店番の傍ら、『ヒト』を『モノ』に変えようとする連中の監視をお願いしたいの―。それで もし、『モノ』に変えられた『ヒト』がいたなら、それを『記録』した『帳簿』の作成もお願いしたいし、今、『万城目屋』が抱える『在庫』の中から、本当は『ヒト』だったかもしれない『モノ』の探索も手伝ってほしいです。その中には、お父さんとお母さんもいるかもしれないから…。
―ここまでは私と七生にも出来ることだけど、あなたには、お父さんとお母さんが見つかるまで、必要な時に『保護者』の代理をお願いしたいです。
―…それと…出来れば あなたには、『モノ』に変えられた『ヒト』を元に戻す作業もお願いしたいと思ってます…!」
昨日から続く不思議の連続から、途中までは大方予想はできた職務内容だが、最後の1つで陸は面喰った。
「―俺が―? いや、出来ないよ、俺だって、そんな―、」
「―いいえ、思い出して下さい―! あなたには出来てるんです、昨日…!七生を『人形』から『人間』に戻しましたよね―?」
言われてみれば、確かに そうだったのかもしれないが…、
「…それは そう…かもしれないけどさ…、でも 俺、なんで そうなったのかなんて、理由は さっぱり分からんし、また同じことをやれって言われても、…正直出来る気はしないっていうか…、」
陸は率直に戸惑いを口にする。
「―そうですか…。分かりました。では、『ヒト』を『モノ』に戻す業務に関しては、『努力義務』にすることにします。
―でも忘れないでほしいのは、あなたに限らず、そういう力を持った人間は、『ヒト』の中に一定数存在するらしいってことです。そして 現に あなたは その力を発揮しました―…!
―だから…、私が あなたを選ぶ理由は 唯一つ、そこにあるっていうことを、忘れず覚えていて下さいね―?」
「…うん、まぁ、分かったよ。『努力義務』ね…、」
ここで陸はコップの水に口をつけたので、ここぞと七歩も
「―いただきます―」
と、挨拶し、行儀よく麦茶をストローで吸った。
「―ここまで お話ししたことですけど、…実際あなたを雇うには、どうしても、ひとつ、クリアしてもらわないといけない問題があるんです―、」
少し神妙な面持ちで、七歩は陸を見上げた。
「―あの『キリヤ』のことか―?」
「―それもあります―。…でも…、ぶっちゃけ、あなたを雇うのは、私と七生と一緒に『奴ら』と戦ってもらう人材を確保する為で…―『キリヤ』は中でも一番弱いほうです。―現に あなたは 昨日キリヤに勝ってて、そこはクリアしてるから 問題ないんです。」
「―え? そうなの―?」
昨日は一方的に やり込められた気でいた陸は、七歩の言葉に 少し驚く。
「―でも『奴ら』の中には、『キリヤ』より強そうな『ジロー様』という男の仲間もいるし、一番の問題は、連中が『ご神体』って呼ぶ魔法の装置です。それは 今 ウチの蔵に置かれていて、キリヤは その蔵に何も知らない『ヒト』を連れ込んでは、その『ご神体』の力で『ヒト』を『モノ』に変え続けてるんです。たぶん 今 こうしている間も…」
ここまで話すと、七歩は再び、ストローで麦茶を吸った。
「…なるほど…その『ご神体』とやらが、巷でいう『質屋神』の正体ってことなのか―?」
と、ここで1人、納得したように語った陸の一言を、七歩は怪訝な表情で問い返した。
「―待って下さい―。その『しちやがみ』…って、なんのことですか―…?」
「―え? 何って、君ん家のことだろ? 今 都市伝説みたいに あちこちで噂になってるって、ここの安野さんが―、」
「―私 知りません、そんなこと―…! ―あんな奴らのこと、誰が神様だなんて言うんですか―?」
七歩は俄かに語気を強めて、怒りを露わにした。
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