見えない鎖
前回のあらすじ
イザベラはイザベラの元婚約者のエドワード殿下の思い人ドロテアに会いに行きます!
「っ……貴女は」
ドロテアは顔を見合わせるなり真っ青になった。
「随分と自堕落な生活を送られているようね……とりあえず服を着て頂戴」
乱雑に散らかった衣類を横目に見つつ呆れて見せ、退室しドアの横で待った。
室内は埃が積もっている。よほど困窮しているのか、ろくな使用人の一人もいないのは明らかだった。
◆
「失礼いたしましたわ」
依然青い顔のままのドロテアが出てきた。彼女の案内で一階の小さな客間に通される。この部屋だけはそこそこ綺麗に整えられていた。
「言い訳になってしまいますが、小屋から出ることを許されておりませんの……私に先触れが来るなんて、考えていませんでした」
「……とりあえず、名乗ることを許すわ。イザベラ・ホワイトよ」
「ドロテア・クロウリーですわ。……先日は呪いから救っていただいたにも関わらず、ろくにお礼もできていなくて大変申し訳ありません。日銭を稼がなければパンも食べられない身でして」
ドロテアのウェーブがかかった金の髪はやや色褪せ、頬も少々こけていた。あの頃の輝く令嬢はどこへやら。
「……」
イザベラ・ホワイトは絶句した。市井の一部の苦しい生活を送らざるをえない民のことは聞き及んでいたが、あのドロテア・クロウリーがここまで過酷な環境に置かれているなど、あっていいはずがなかった。
「私……あなたが取っていた客のことを聞きにきたの……でも、先にこの状況を説明してもらえるかしら」
「ふっ、貴女に説明してどうなるというの? 愛人にでもしてくださるのかしら」
イザベラの記憶にあるドロテアは、静謐な女賢人といったたたずまいだったが、今の彼女は妖艶な魔女と言って差し支えなかった。前途への絶望と諦観が、彼女を変えてしまったのだろうか。
「私に触れて良いのは一人だけよ。 何ができるかは、お話を聞かせてくれたら決めるわ」
「簡単よ。 どうせ――私の出自はご存知でしょう?」
ドロテアの出自。
現王ケイン・オルスフェーンの前妻、ティエルチカ・オルスフェーンの子――だという、口にしてはならない類の噂がある。父親のことはどこにも記録がなく、海外の遠縁の娘ということになっている。
噂に加え、はっきりした目鼻立ちとオルスフェーンでは珍しい銀の瞳が、見る人にエキゾチックな印象を与えた。
「今はクロウリー家で生まれ育ったことにされてるけど……体の良い厄介払いよ。今の……王にも、死んだ前妻にも、私は邪魔だったの。そのうえ、クロウリーは古臭いお家柄なのに呪いをかけられて――」
ドロテアは今思い当たったように青い顔を更に青く染めた。
「貴女、意趣返しにいらしたのではないわよね……? その、エドワード第二王子殿下の」
「もしそうだったら、とっくに実力行使していますわ」
ドロテアはほっとその豊かな胸をなでおろした。
「……そうよね。 『記録の番人には逆らうな』――オルスフェーンの貴族なら誰でも知ってますわ」
用意された薄い茶を口に含む。精一杯魔法で浄化されている。浄化しなければならないほどの水しか汲み置きされていないのだろう。抵抗はあったが、イザベラは飲まなければならない気がした。
「私、少し調べましたの。 銀の瞳が――どこから来たものなのか。 ティエルチカ前王妃様は、若い頃一時期誘拐されていた時期があったと……」
ドロテアの目が細められ、周囲に霜が表れる。
「銀の瞳、どこを探しても人間については記述が見当たらないの。 ただ一例だけ存在したわ。霜が凍りついたような銀の瞳――まさかとは思ったけど」
温度差に耐えられず、窓ガラスにヒビが入った。
「あなた、氷晶龍と人間の子ね?」
ドロテアの白目が黒く濁る。
白く輝くうろこで覆われた尾。
先端の凍てついた刃のような棘が襲いかかる。
「落ち着いて」
イザベラはそよ風の中かのように穏やかに人差し指をたて、尾の時間だけを止める。
「もう貴女、2回は死んでるわよ。 ……龍の誉として、瞳を隠さない文化も理解している。 悪いようにはしないから」
龍種。世界中のマナの濃い場所に分布し、特に長年生きた龍は魔界に多く棲息するという。
千年万年生きるとも言われ、大変誇り高く中々人とは馴れ合わないし、よほどのことをしなければ人を襲いもしない。性格には個体差があり、人間と龍種の恋はごく稀に文献が存在する。一部コアなファン向けの小説になるほどフィクションとしてはポピュラーなものだが、実体験はあまり聞かない。
マナとはまた違った独特な神気と呼ばれる力を操り、天候を操るなど大規模な奇跡を何度も起こすという。
『人間は信用できない。 特に王族だか貴族だかの連中は』
ドロテアが抑えていた龍の神気が解放され、龍言語と人間の言葉が重なって聞こえてくる。
「そう思うのも無理はないわ……貴女の現状を思えば」
ティエルチカ前王妃は拐われた時はごく普通のゴブリンだかオークだかに連れ去られたと記録にはある。おそらくその先でアイスドラゴンに助けられたか、拐われたかして、子を身ごもった。
何があったかはわからないが、前王妃は王が一目惚れをし、かなり無理を言って嫁がされたと聞く。
『母さんは私のことを忘れさせられたまま死んだ。 こんな血筋では結婚も望めない。 私はもはや邪魔でしかないんだ』
「その……第二王子のことは?」
室内の気温が急激に下がっていく。イザベラは咄嗟に断熱フィールドを展開する。
(っ……断熱魔法を張っても、呼吸するだけで喉がしもやけしそう)
『あいつは……私に何度もしつこく言い寄ってきた! 呪いをかけられたあと、あの娼館で何度も嬲られたッ!』
ドロテアの肩が怒りで震えている。突き出た氷柱が服を少しずつ破いていった。
『それでも責任は取るかと思ったら、放置だ! 今の今まで何の連絡もない!』
やっぱりクズはクズだったか。イザベラは頭を抱え、多少の共感すら覚えた。
『愛してるって……言ってたのに……』
尻尾から急に力が抜け、ドロテアはさめざめと泣き出した。
(確か……極限状態では、加害者に愛情や親近感を持ちやすいとか何とか……メアリ・バートンが言ってたわねえ)
「そのクズ男にね……復讐してやろうと思って、貴女に会いに来たのよ」
ドロテアは虚を突かれ、一瞬鼻をすすったあと泣き止んだ。
◆
詳細を聞かせると、ドロテアは驚くほど協力的になった。
「なるほど。 5番が私で、客がエドワード殿下だと証明すればいいのね」
「物証があれば一番いいのだけど……」
「それならとっておきがあるわ。 ……使うかは、迷ってたのだけど……」
ひそひそと内容を打ち明けられると、今度はイザベラが青くなる番だった。
「……貴女、結構怖い女よね……」
「イザベラ様ほどではありませんわ」
お前は怖いと言われているのだが、生来の賢人風の柔らかい言い回しで言われると、なんだか悪い気はしなかった。
「でもそれなら、私の出自なんて聞かなくてもいいじゃない。 普通に協力したわ」
「あら、せっかくだもの、お友達にはなりたいじゃない」
ドロテアは頭から生えた羽をぴんと伸ばした。龍種の感情表現らしい。
「それに――夜会で貴女に紹介したい子がいるの。 きっと気に入ると思うわ」
「ファリア嬢かしら。 お気に入りと噂の」
「なんだ、引きこもってても情報は入るのね」
ドロテアは情報収集に使っている使い魔の蛇を呼んだので、イザベラはちょっと腰を抜かしたが、座っていたのでバレなかった。
◆
礼儀として見送らなければならないが、ドロテアは玄関の前でオロオロしていた。
小屋から出るなと命じられている――長年の虐待は、龍の末裔たる彼女を外出すら不可能にさせていた。
「何をおどおどしているの。 この私を見送らないつもり? 死刑だわ……」
「だから、出るなと言われてるのよ……もし見つかったら」
イザベラは玄関に一歩近づき、ドロテアの手を取った。
「イザベラ・ホワイト公爵令嬢が命じるわ。 ドロテア、今後は自由に外に出なさい」
ドロテアは久しぶりに小屋の外に出た。夏の夕陽と麦畑をさらう、少し生ぬるい風が頬を撫でた。少し離れた家々の明かりが灯りはじめている。
「ね、平気ですわ」
ドロテアはそういえばこの人は美しい人だったと、学園ですれ違っていた頃を今更思い出した。
◆
ドロテアはイザベラを見送った。物証は、当日指定時刻にイザベラからの荷物として持ち込むこととなった。
また、作戦決行後、ドロテアを公爵邸お抱えの護衛として雇う旨も打診した。行き場のない彼女にとっては破格の待遇だった。
「何だか……懐かしい匂いだったな」
イザベラのお忍び用の黒いごく普通の馬車が見えなくなるまで眺めながらドロテアは呟いた。
夏の終わりを告げる風だけがそれを聞いていた。
◆
(……魔族の娘と、同じ時代にオルスフェーンに存在する龍種の子……)
馬車の中でイザベラは物思いにふけっていた。
(……お父様。 一体何を企んでいらっしゃるの……?)
イザベラは当初、銀の瞳のことなど気にも留めていなかった。
ドロテア嬢に会いに行くならこれをとホワイト公爵が渡してきた文献が、龍種と人間との子の遺伝に関する本だったのだ。
(私は……魔王を籠絡するために、国を守るために努めを果たしている――そうよね?)
僅かに芽生えた疑問に答える者は、この場にはいなかった。
ホワイト公爵色々問いただしたいところですわ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!




