思い立つとすれ違う
「申し訳ありません。お嬢様は本日、外出しております」
「今日も、ですか」
「はい。お戻りも遅くなるかと」
「そうですか……わかりました。また改めます」
ベロニカ家の執事さんは深々と頭を下げて、その場を立ち去る私を見送ってくれた。毎日とまでは言わないけど、ここ数日何度目かの来訪にもかかわらず、いつも丁寧に接してくれる。
いよいよ年末が目前というタイミングで実家に帰ってきてからもうすぐ1週間。学校が始まるまではもう何日かあるけど、明後日には王都に戻らなくちゃいけない。なのに私はまだフレイヤ様に会えていなかった。
ノアに燃やされ、アメリアにお説教をされ、やっと腹を決めたのにこれですよ。いや、腹を決めるのが遅すぎたってことかな。……うん。我ながら自分のヘタレ具合には呆れますよ。逃げ回ってないでちゃんと向き合っておけばよかったって今更ながら思う。いざ言おうと思って出鼻を挫かれるとまたヘタレそうだ。いや、これ以上長引かせるわけにも……うーん、フレイヤ様に会えないことにはなぁ。
「ほんと、フレイヤ様、何してるんだろ」
とぼとぼ家まで帰ってきて自室に戻ったところで独り言が漏れる。「帰りが遅くなる」としか執事さんは教えてくれない。家のことで何かドタバタしてるんだろうから、何か教えてくれと頼むこともできないし、言わないっていうことは言えないってことだろうし。
「それにしたって、いつまでとかは教えてほしいよぉ……」
せめていつ頃なら時間が取れそうかとかは教えてくれたっていいじゃないか。
フレイヤ様宛に伝言も手紙もお願いしたけど、それに対する答えも返ってきてない。そんなこともできないくらいに忙しいんだよね、きっと。
あぁ、それとも――
「私のこと、嫌いになっちゃったとか……?」
これは私が悪い。いつまでも逃げ回っていた私が完全に悪い。
「それは姉さまが悪いですね」
「だよねぇ……」
「はい。まったく……アレだけわかりやすくフレイヤ様がアピールしてたのに、姉さまったら剣にしか興味ないんですもん。それは呆れられて愛想つかされても仕方ありません」
「返す言葉もございません……って」
いつの間にか私の独り言に返答があったことにびっくりして振り返ると、仁王立ちに腕を組んで呆れ顔をしている我が愛しの弟・ルイスがいた。
「る、ルイス、くん?」
「はい、姉さま」
「いつからそこに……?」
「姉さまが帰ってきてからうだうだぐだぐだ机に突っ伏していた辺りからですかね。あ、ノックはしましたしドアは開いていたので入らせてもらいました」
しれっと言い切るルイスにぐぅの音も出ない。別に部屋に入ってきてたことに対しては何も思わないんだけど、今までのを見られていたと思うと姉としての威厳が――
「あ、姉さまのことは尊敬していますが、姉さまには威厳とかそういうのはないと思いますよ?」
……はい。そもそもそんなものはなかったね。
私よりも5つ下で、今年で11歳になった弟のルイスはいつの間にかしっかり者に育った。昔は私にくっついて回ってて、前回の休みも帰ってくるなり遊びをせがんできていたのに今回家に帰ってきたらなんだかすっかり姉離れをしてしまったようだ。
弟の成長が嬉しいようなさみしいような複雑な気持ちでルイスを見つめていたら深くため息をつかれた。
「そんなことよりも、姉さま」
「あ、ハイ」
「先ほどからの姉さまの様子を見るに、フレイヤ様とはお会いになれなかった、ということでいいですか?」
「……はい」
ルイスの雰囲気に飲まれてぴしっと背筋を伸ばしながら答える。
「…………ふむ」
私の答えを聞いてルイスは何か考え込んでしまった。
顎に手を置き、目を伏せながら考えている仕草はお父様に似ている。まだ少年らしい丸みのある容姿だけど、成長したらお父様みたいな優しい顔のイケメンになるんだろうなぁ。ルイスの性格はどちらかというとお母様寄りかも。ふわふわぽやぽやしてるお父様とは正反対に、お母様はきれいめ美人さんなんだけど怒ると怖いんだよねぇ。お父様は完全にお母様の尻に敷かれてるのが我がサルビア家です。
「……なるほど、父さま達の計画の一部かもしれませんね」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も」
ルイスの将来について想像を膨らませてたから、ルイスが何か言った気がしたんだけど聞き取れなかった。聞き返しても何も言ってないって言うし……空耳?
首を傾げる私に対して、ルイスはまた呆れたようにため息をついた。……ちょっとお姉ちゃん傷つくよ? ノアもだけど、なんで人の顔見てため息つくんだろうか。
「姉さま、学園へはいつお戻りになるんですか?」
「え? あ、えっと、明後日くらいには出ようかなって思ってるよ」
「そうですか」
それだけを言ってまた考え込むルイス。
……ハッ! これはもしかして――
「明日は姉さまと遊ぶ?」
「いえ、僕は明日、家庭教師の日ですので」
バッサリとフラれた。
そしてルイスは軽く一礼して部屋を出ていってしまった。
弟の成長は嬉しいけど、やっぱりお姉ちゃんはさみしいです……
◇ ◇ ◇ ◇
――で、学園に戻ってきて早くも1週間。
「なんでフレイヤ様、戻ってこないのぉぉおおお」
そう、フレイヤ様が学園に戻ってきていない。
お陰様で教室の机に突っ伏しながら嘆く私の出来上がりだ。
「ユーリさん、みっともないって怒られちゃいますよ」
「そうよ。愛想つかされたくらいで情けないわね」
……そして誰も慰めてくれない。
「うぅ……なんかノアもアメリアも私に冷たくない……?」
「そりゃあ、ね」
「はい、自業自得……ですかね」
グサグサっとさらに追い打ちをかけられた。あ、本気で涙出てきそう……
「……ぐすん」
「……なんだかユーリさんらしくないくらいに凹んでますね」
「ちょっとやりすぎたかしらね。情緒不安定すぎて心配になってきたわ」
「はい。かわいそうになってきました」
「そうね。仕方ないわ」
ノアとアメリアが何か話し合っている声を遠く聞きながら突っ伏していると、ノアに肩をトントンされた。
ちょっと本気で涙が出てたので慌てて目元を拭い、顔を上げる。鼻がぐずぐずだけどそこは許してほしい。
「……すん、何?」
「本気で泣いてるユーリ初めて見たわ」
「泣いてない」
「鼻の頭が赤くなってるわよ」
「泣いてない」
「はいはい。フレイヤだけどね――」
ガラッ。
教室のドアが開く音がして、思わず視線がそちらへと向かう。どうでもいいけどこの教室のドアって日本の学校みたいにスライド式のドアなんだよね。机の配置はひとつずつっていうより長机と長椅子でオープンキャンパスで行った大学の教室っぽいけど、入口だけは高校までのそれに近い。
なんて関係ないことを考えているには訳がありまして。
「あ、フレイヤ」
そう。開いたドアの前にはフレイヤ様が立ってた。
この1ヶ月近く、ずっと恋い焦がれていた相手がやっとそこにいたんだ。当たり前のことなのに思考が停止するってものでしょ。
それにしてもやっぱりフレイヤ様は綺麗だなぁ。今までと何ら変わらない、いつもの制服姿のはずなのにキラキラ輝いて見える。あ、ちょっと髪切ったのかな? ダンスパーティーの時より1cmくらい短い気がする。
さっきまでの憂鬱な気分はどこへやら、じっとフレイヤ様を見つめていたら目が合った。
「フ――」
そして私が声をかけるよりも早く、どこかに走り去ってしまった。




