幼馴染の異変 side:ノア
私には幼馴染がふたりいる。
ひとりは従姉妹であるユーリ・サルビア。
サルビア家の令嬢であり、令嬢らしくない格好と性格から『変わり者令嬢』として貴族の世界で表向きには少し敬遠されている子。令嬢なのに剣の道を極め、騎士になると豪語している。最近はあまり「騎士になる」ということを口にしなくなったのでアレは叔父様に剣を習うのを認めさせる言い訳だったんじゃないかと思っている。試しにそう言ったら視線をスッと逸らされたので間違いないだろう。わかりやすい子だ。
もうひとりはフレイヤ・ベロニカ。
ベロニカ公爵の愛娘にして、社交界を騒がす『氷結令嬢』。……まぁこの呼び名も幼い頃に半ば蔑称のような使い方をされていたけれど今は褒め言葉よね。
腰まで届こうかという金色の髪と人形のような美しさ、洗練された立ち振舞はまさに令嬢の中の令嬢とも言えるだろう。美しすぎてちょっと近寄りがたいけれど、彼女を手に入れたいと願う家も多い。本人と公爵様が全くと言っていいほど乗り気じゃないから婚約なんて夢のまた夢なのだけれど。それにすでにその席は…………うん、これは私が口を出すことではないわね。
このふたりを私は幼少期からずっと見守っているのだけれど、最近の様子がおかしい。
どうおかしいかと言うと――
「ユーリ」
「ひゃい!」
フレイヤがいつも通りに声をかけたところでユーリがその場で1mほど飛び上がった。垂直にビョンっと跳んだので本人以上に私とアメリアがびっくりしたのは言うまでもない。こんなところで身体能力の高さと魔力操作の器用さを発揮しないでほしい。
「…………どうしたの?」
「あ、いえ、なんでも、ない、です」
怪訝な顔でユーリを覗き込むフレイヤにユーリはさらに目を右に左に動かしながらじりじりと後退していく。頬は上気し、耳まで真っ赤だ。まともにフレイヤのことを見られないのか、視線はあらぬ方向を向いている。この時点でおかしい。
「本当に? また風邪をひいたんじゃないわよね?」
「あ、はい。それは、全然、大丈夫、です」
大丈夫じゃなさそうなままごにょごにょと何かを呟き、終いには目をぐるぐる回しながら走って逃げた。
もちろん残された私達は唖然と見送るしかない。
――ということが最近頻発している。
私やアメリアと一緒にいる時は今まで通り、普段通りのぼんやりしたユーリなのに、フレイヤが横に来た途端に挙動不審になる。そして逃げる。
明らかにおかしい。
この10年で初めてのことだ。
つまり、これはそういうことだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「このパイ、美味しい!」
「本当ね。さすがアメリアのおすすめのお店だわ」
「私も王都のお店は結構制覇してきたと思ったけど、まだまだ知らないとこもあったんだなぁ」
「……相変わらずよね、ユーリは」
アメリアおすすめのパン屋で買ってきたパイをお供に私はユーリとふたりでお茶をしていた。
今日は先日の事件について改めてユーリに話を聞くために場を設けた。
「で、アレって何だったの?」
どうしてあの場にたどり着いたのかという話を一通り終えたところでユーリがパイを頬張りながら問うてきた。
経緯はともかく、危険な場所だと認識した上で突っ込んだことに関しては「あははー」と何の反省もしていない様子だったのでちょっと燃やした。
「あぁ、アレは失敗作ね、簡単に言うと」
「失敗作?」
「そ。いわゆる悪魔召喚っていうところかしらね。魔のモノを召喚しようと生贄として街の人を誘拐していた。そして実際に召喚までこぎつけたんでしょうけど、完全にはいかなかった。叔父様にも協力を要請して調べたら、魔回路が稚拙だったって」
「早すぎたって感じかぁ。なるほど、そういうこと」
紅茶に口をつけ、どこか納得した様子のユーリ。
ユーリの父、私の叔父様は魔道具のスペシャリストだ。つまりは魔法を使った道具に精通している。私の父、サフラン伯爵も魔法には精通しているけれどそれを使った道具となると叔父様のほうが一歩も二歩も上手なのだ。解析のために叔父様に依頼したところ嬉々として分解・解析を行い、さらには5時間に渡って解説をされたらしい。
生贄にされた被害者は幸いにも命に別状はなかった。ただし未だ意識が戻らない者も多い。父曰く体内の生命力をギリギリまで抽出されており、それの回復に時間がかかっているとのことだった。拐われていた者たちの中で子どもたちは無事だった。「用途が違ったからだ」と叔父がぽつりと呟いていたが聞かなかったことにしたい。
「――まぁ、こんなところね」
一通りの説明を終えて私も紅茶に口をつけた。さっきまでのものはすっかり冷めてしまったので新しいものを用意させている。
「なるほどぉ。やっぱりノアのとこにいた真っ黒集団が主犯なのかな」
「その線で捜査を続けているわ。ま、敵の本拠地っぽいところを一掃できたから後は主犯格の捕縛、残党の掃討くらいかしらね」
「何事もなく解決するといいねぇ」
のほほんとしたユーリはまたパイを口に入れる。
さて、ここからが本題だ。
「ところでユーリ。あんた、フレイヤとなんかあった?」
「んぐぅッ!」
「なんかあったのね」
単刀直入に切り込んだら目の前の従姉妹が喉を詰まらせた。わかりやすい動揺だ。本当にこの子はわかりやすくて助かる。
「げほっ! うぉえっ……! んぐっ、あちぃ! はふっ、…………ふぅ……」
「気をつけなさいよ。せっかく助けたのにパイ詰まらせて死なれると助けた甲斐がないわ」
「…………ノアのせいじゃない?」
まぁタイミングを間違えたのは否めない。でもそこは気にしない。
「で、何があったの?」
「べべべべ別に、何もない、よ……?」
あからさまに目をキョロキョロさせながらユーリが言う。慌てて紅茶を手に取るけど手も震えてる。カチャカチャうるさい。
昔から嘘が下手くそなこの子は嘘をつこうとするとすぐわかる。社交界ではのらりくらりできるのに、私達の前だと馬鹿正直になるのはどうしてなのか。そこがユーリの愛らしいところでもあるのだけれど。
「……まぁあんたらふたりがどうなろうと私は構わないわよ」
「…………」
そんな捨てられた犬みたいな顔をしなくてもいいのに。
ふぅっと息が漏れた。
「ただ幼馴染としてはね。ふたりが何を選択したとしても、幸せになってくれればそれでいいわ」
……私はとことんユーリに甘いらしい。
くしゃりと歪んだ顔を見たらどうにもいつもみたいに憎まれ口をきく気にはならなかった。というか、そもそもそんなつもりもない。ふたりのことはふたりが決めればいいと思うけれど、ふたりには幸せであってほしい。
ゆっくりともう一度紅茶を飲みながらユーリの言葉を待つ。
しばしの沈黙の後、ぽつりぽつりと彼女が話し始めた。
「…………私、フレイヤ様のこと、好き、なんだ」
「…………」
「今までだってずっと好きだったんだけど、えっと…………たぶん、特別な意味で」
まさかまさかと思っていたけれど、やっぱりそのまさかだったとは。今まで見守ってきた身としては感慨深いものがある。
「気付いちゃったらさ、なんだか今まで以上にフレイヤ様がかわいく見えちゃって。できるだけ、普段通りにしてるんだけど」
「できてないわよ」
「え?」
「普段通り。全然できてない。めちゃくちゃ挙動不審じゃない、あんた」
「…………まじで?」
あーとかうーとか唸りながらユーリは頭を抱えた。アレで普段通りのつもりだったのは、まぁ正直予想通りというか。普段から嘘をつくとすぐバレると何度も言ってるのに自覚しないだけある。
「………………穴があったら入りたい…………」
消え入りそうなほど小さい声。珍しい光景だ。
ちょっと意地悪しすぎてる気もしなくもないので、フォローくらいはしておこうかしら。
「……ま、フレイヤもおかしいなと思っていてもユーリの気持ちまでは気付いてないんじゃない?」
「そう、かな」
「えぇ、きっと」
あっちの幼馴染も実は負けず劣らず鈍感だからね。今までだってユーリがフレイヤに対して何かしらの気持ちを持っているのは傍から見ればわかる場面もあったのに、未だに自分だけだと思っている節がある。
「気持ちは伝えないと伝わらないわよ。そういうものでしょ」
「うぅ…………わかってるけど…………」
これでもかっていうくらい真っ赤になるユーリ。普段は何事にも動じない……というかちゃんと理解しているのか心配になるくらいぼんやりしているこの子が耳まで真っ赤にして悶えている。こんなにわかりやすい感情があったんだなと感心してしまった。
「…………ちょっと失礼なこと考えてる?」
「別に。あんたもちゃんと考えるんだなって」
「馬鹿にしてる?」
「してないって。いつまでもぼんやりしてるあんたじゃないってことね。ま、そうじゃないとあっという間に誰かに持ってかれちゃうわよ。公爵令嬢なんだし、フレイヤは」
「……………………それは、困る」
いい加減じれったい幼馴染みに発破をかける。
何やら真剣に悩み始めてしまったユーリを余所に、私は再度紅茶を口にした。
これでもずっとふたりのことを見守ってきた身としてはハッピーエンドが見たいものだ。……両家の親による悪巧みはまだもうちょっとだけ内緒にしておくけどね。




