気付いたこの気持ち
「……知らない天井だ」
確か、これが決まり文句だったはず。
目を覚ましてはじめに目に入った天井を見ながらぽつりと定型文が溢れた。でも実際にそういう状況になると自然とそう言っちゃうんじゃないかな、これ。
事実、私が今見ている天井も見たことがない。
ただわかることは、どうやら死ななかったらしいということだけ。
灯りがない部屋の中、窓から月明かりが入っているのか真っ暗ではない。カーテンくらい引いてくれてもいいのに、と思いつつも窓にはカーテンすらもないみたいだ。なら仕方ないか。
部屋の様子を確認した後、頭から順に意識してみるけどどこも動かないということもないし、失くなってることもなさそうだ。ただ頭に包帯が巻かれているのか、圧迫感がある。それと左手が動かない気もするけどこれも理由はすぐにわかった。
「……フレイヤ様」
私の左手はフレイヤ様に拘束されていた。寝かされているベッドの横に椅子を置いて看病してくれていたんだろう。手を握ったまま寝ちゃう人、初めて見たや。
ずっと握っていてくれたのか左手には薄っすらと汗が滲んでる気がする。
身体に痛みがないことを確認しつつ、空いている右手をフレイヤ様の頭に持っていく。
月明かりを反射する金糸がサラサラと手から溢れ落ちるのを楽しみながらゆっくりと撫でていく。
温かい。
自然と口角が上がっていくのを感じた。右手に感じる体温と、胸の奥に湧き上がる熱。ぽかぽかと体の隅々まで温めてくれるそれは、今までに感じたことのないものだった。だけど、私はこれの名前を知っている気がする。
むず痒くて、でも嬉しくて、愛おしい。
「…………ん」
小さな身動ぎと共にフレイヤ様がゆっくりと体を起こした。まだ半分夢の世界から帰ってきていないみたいで、眠そうに半分閉じられた瞳は私を捉えているのかどうかわからない。そんな様子がかわいらしくて、笑みが溢れる。
「起こしちゃいましたね」
「…………ユーリ?」
「はい、ユーリです」
まだぽやぽやしてるフレイヤ様の頭をそっと撫でる。壊れ物を扱うように、できるだけ丁寧に触ってしまう。やっぱり掌に感じる柔らかさが心地良い。
そうやってフレイヤ様の髪の柔らかさを堪能していると何を思ったのかゆっくりとフレイヤ様の体が私のほうに寄ってきた。そのまま静かに抱きしめられた。
「……ユーリ…………無事でよかった」
背中に回された腕が小さく震えていることに気付いた。
私の鎖骨辺りに埋められたフレイヤ様の顔は見えないけれど、声に湿り気があったから泣いているのかもしれない。……泣かせちゃった、か。
ゆっくりとフレイヤ様の背中を撫でる。
「フレイヤ様、心配させてしまってすみません」
撫でていないほうの手で少しだけ抱き寄せて
「側を離れてしまってすみません」
ここ最近の自分の行動まで顧みて謝る。
しばらくの間、ゆっくりと落ち着けるように背中を上から下に何度も撫でていると段々とフレイヤ様の息遣いが安定していったことに気付いた。これは……寝てるね。さっきまでも寝ぼけてたっぽいし。仕方ないか。
ゆっくりと彼女の体を抱き上げ、私が寝ていたベッドへと横たえる。代わりに自分は椅子へと移動し、あどけない寝顔を堪能することにした。
目の端に涙の跡を残し、でも安心したように静かに寝息を立てているフレイヤ様を見ていると、さっき感じた気持ちが沸々と湧いてくる。
「……ふふ、かわい」
ぷにっとほっぺを押してみると少しだけ眉根に皺を寄せてから指が捕まった。それすらも愛おしい。
「やっぱり好きだなぁ」
ぽつり、と口から自然と言葉が溢れた。
………………………………。
………………………………すき?
自分の口から溢れた言葉が目の前に転がっている気がする。
あれ、今、私、「好き」って…………?
一瞬の間を置いてぶわっと血液が頭に向かって上っていく。頬が、耳が、全身が熱い。
「いや、いやいやいやいやいや。ちょっと待った。あれ? 私、フレイヤ様のこと…………」
………………あ。
いや、ちょっと待て。いつから? いやいや、いつから? え、いつから??
よし、私。ちょっと落ち着こうか。ステイクールって言うんだよね、こういう時ね。
イチから整理しよう。
私はフレイヤ様が好き?
好きとは? それはどういう?
キスできるかとかその先ができるかとかそういうこと? それとも妹的な……いや、妹的な感じじゃないな。むしろキスできる。したい。それ以上も…………うん。そこはちょっと今は待とうか。想像するんじゃないぞ、私の中の男子中学生。いや、今思い出すんじゃないって。
よし、これはアレだ。恋的なやつだね。オッケー。次、次行ってみようか。
いつからかって問題かな、次は。
ちょっと記憶を遡っていこうね。
最近だと……アレか。林間学校の山小屋?
……………………もうあの時は完全に意識してるよね。何だよ、「服脱ぎましょう」じゃないよ。ドキドキしっぱなしじゃん。あぁ、フレイヤ様の体綺麗だったなぁ……いや、待て。だから待て。男子中学生。今はその時じゃない。
えぇっと。その前、そうその前のことを考えよう。
その前だと、ノアのおうち? 海? 水着……あ、やば。鼻血出そう。
………………うん。落ち着いた。
よし、次だ次。ダンスパーティー。ドレス姿のフレイヤ様。綺麗だったなぁ……バカなの、私は。
あぁ、違うや。王子とペアだったんだよね。それでモヤモヤして……モヤモヤって嫉妬じゃん今思えば。もうこの時には好きじゃん私。
ちょっと頭痛くなってきたぞ。普段からぼんやりしてる自覚はあるけどいくら何でも自分のことに対して無頓着すぎやしないかな?
よく考えたら子どもの頃からその傾向、あったんじゃない? これ。
だってフレイヤ様が誘拐された時だって探してる最中に下っ端フルボッコにしたもんね。ただ単に友だちのことを心配してたんじゃない。大事な女の子を拐われたことに怒ってたんだ。
あー…………いや、そうなると、うん。
アレだ。これ。
一目惚れ、だったんだ。
初めて言葉を交わした時から、ここがゲームの世界だって気付いた時から、誕生日会の会場で遠目に見た時から。
もしかしたら前世で妹に見せられた時から。
私は、フレイヤ様のことが好きだったんだ。
さっきまで熱いくらいだった全身がぽかぽかと温かい気持ちに包まれていく。相変わらず心臓はドクドク脈打ってるけど、それすらも心地良い。
目の前で静かに眠るフレイヤ様が、好きだ。
でも、これどうしよう。
前世含めて初めての恋。花の女子高生だったけど、誰かに恋をしたことなんて一度もない。
見ているだけでもこんなにも胸がざわざわドキドキするのに、今まで通りずっと隣にいたら爆発しちゃうんじゃないかな、私……大丈夫だろうか。
というか、今まで無自覚に色々やらかしてたのを改めて自覚すると余計にどう接していいかわからなくなる。
……とりあえず、今まで通りに振る舞えるようにしないと。




