怪しい組織の『秘密基地』
「ここがエリーちゃんたちの『秘密基地』……」
エリーちゃんのお友だちのララちゃんに聞いた場所は、王都の端、獣除けの塀の向こうにあった。教わった通りにそこまで行くと子どもが通れるくらいの穴が開いていた。ちょっと穴を拡張させてもらって出た先には小さな小屋。それが彼女たちの『秘密基地』だった。
そしてその前に私とアメリアはいた。……拡張しちゃった穴は後で王子に報告して埋めてもらおう。うん。
ちなみにアランくんは家に帰した。「ついていく!」と駄々をこねられたけど穴の拡張工事を目の当たりにして静かになっちゃってそのまま帰宅していった。なんか顔がひきつってた気もする。
帰ってくれてよかった。危ない場所だった場合、守らなきゃいけない対象が少ないほうがいいからね。ただでさえ剣持ってきてないし。
「……なんか入口のとこだけ新しいね」
目の前の『秘密基地』は掘っ立て小屋って感じでボロボロだし草もボーボーだし、建ってるのがやっとのように見える。壁には穴が開いてるし、屋根だって朽ちて落ちそうなのにドアだけが比較的新しい。築年数も経っていそうなのに蝶番にサビがない。それにドアノブも変にテカテカしてるんだよね。落ち葉が入口前の一部だけないっていうのも気になる。
「……明らかに怪しいですね」
「うん。隠す気あるのかなっていうくらいだねぇ」
まだノアたちと行った廃墟のほうが廃墟っぽさがあった。アレはアレでアンデッドが発生しすぎていかにも「悪いことしてますよー」って感じがあったけど。
ここはここで「秘密の組織ですよー」って感じがする。わざとなのかな。
「とにかく中に入ってみようか。アメリア、絶対に私から離れないでね」
今は私とアメリアのふたりしかいない。私が守る以外に選択肢がない。そして剣がない。
前みたいに抱っこして行ってもいいんだけど、体術メインになるとどうしても両手を空けておきたいから後ろにくっついてきてもらうことにした。
ドアを開け、中に入ると小屋の中は外から見た通りの大きさだった。
前世の私の部屋くらいの大きさかな? 特に家具はなく、部屋の隅に申し訳程度の椅子と机があるくらい。その椅子も横倒しになっていて、足も一本なくなっている。
入口以外にドアもなく、この先に別の部屋があるわけでもない。何も無い小屋。ただ一点、壁に一枚の魔法陣が貼られていなければ。
「特に何もなさそうですけど」
「いかにもだねぇ」
だからなんでわかりやすくそれっぽいんだろう。秘密結社的なアレじゃないのかな。
で、こういうところって行き止まりで何もないとなると大体は床に何かしらあったりするんじゃないのかな。
「……あった」
ビンゴ。部屋のど真ん中に薄っすらとだけど材質が違う箇所があった。他の床板に併せるように色もカモフラージュしてあるけど、指をかけて引っ張り上げられるようになっている。
そこまで確認したところでアメリアに振り返る。これ、このままこの子を連れて行くのはまずい気もするんだよね。
「ねぇ、アメリア」
「何ですか?」
「アメリアは学園に戻らない?」
ノアに聞いた、サフラン領で簀巻きにした謎の黒服集団の調査でどうやら王都付近にも似たような怪しい人物の目撃情報。十中八九、ここはその組織のアジトだろう。ゲーム的に言うとそういうイベント。主要キャラクターが敵側に操られたり、王都が危機に陥ったり、そんな感じのアレ。仮に私がそうなった場合にアメリアだけがその場にいると私を制圧できないだろう。ノアやフレイヤ様、テオ王子と協力して救出してもらう展開になるはずだ。
だから、このままアメリアだけを連れて行くわけにはいかない。
そう思って言ったんだけど。
「……嫌です」
案外、この子は頑固なのかもしれないなと今になって知った。
「ユーリさんおひとりにはできません。私も、ユーリさんを守りたい」
ぎゅっと拳に力を入れてまっすぐに私のことを見つめるアメリア。今までのちょっと気弱で守られるだけの彼女じゃ、もうないのかな。成長したなぁなんて親心が沸く。
これなら大丈夫、なのかな。そう思うと自然と笑みが漏れた。
「……わかった。後ろはアメリアに任せるね」
私の言葉にアメリアは力強く頷いてくれた。
小屋の隠し扉(隠せてるかはさておき)の先には薄暗い通路が待っていた。
魔道具の照明が所々に設置されているけど全体的に光量が足りていない。足元も悪いし、通路自体も狭い。洞窟みたいだ。
幸いなことに道自体は一本道だから迷うこともなく一番奥までたどり着いた。
突き当りには通路と比べると断然広い空間があり、やっぱり魔法陣といつぞや見た祭壇のようなものがある。
「うわぁ…………わかりやすい」
うん。わかりやすい。
なんかそれっぽい動物の骸骨みたいなのもある。しかもここは魔道具じゃなくて蝋燭と燭台が部屋の隅に並んでる。
えー……これは………………えー……やっぱりボス戦?
「……とにかく、エリーちゃん探そうか」
もうね。ここまで来るとエリーちゃんはきっと『生贄』的なやつでしょ。ここでする何かのために囚われてると見て間違いないと思う。ただ、ここに来るまでにそれっぽい部屋もなかったしこの部屋からも特にそれっぽい通路もない。もしかして他にもアジトがあるのかな。
「…………ユーリさん」
「ん? どした、アメリア」
ちょっと考え事をしていたらアメリアに腕を掴まれた。こころなしか震えている気がする。よく見ると顔もちょっと青白いような?
「あの、あそこ…………」
震える指先で指し示した先には…………何だろ、アレ。
真っ黒い塊。ゆらゆらと陽炎のようにソレの周りの空間が揺らめいている。淀んだ空気がこちらにはまだ届いていないはずなのに鳥肌が立つような嫌悪感。もやもやしているような、ドロドロしているような、よくわからない物体はどこかで見たことがあるような気もする。
なんていう思考は見えていたソレから飛んできた何かで中断せざるを得なかった。
咄嗟にアメリアを抱きかかえ、横に跳ぶ。
ドゴォォオオオンン!!!
さっきまで私とアメリアがいた場所を通過していった何か――多分、魔法弾的なやつ――が盛大に壁にぶつかって岩肌を抉り、瓦礫が散乱した。
でもそれを見届ける間もなく、ソレは私たちとの距離を詰めている。アメリアを抱えたまま、距離を取るためにさらに跳ぶ。
「ッ! ユーリさん!」
「……ちょっとごめん!」
風の球にアメリアを閉じ込めるようにして、できるだけ離れた場所へと投げる。幸いアイツは入口とは反対側、部屋の奥からやってきたからアメリアを飛ばす先も必然、入ってきた通路へ。
投げた直後に私に向かって振り下ろされた拳……拳?が私のバリアに当たる。あ、やば。
そう思った時には思いっきり壁に向かって吹っ飛ばされていた。なんか最近こういうのばっかりだ。
壁にぶつかった衝撃で一瞬息が止まる。ついでに意識まで持っていかれそうだ。
「ユーリさん!」
アメリアの声が聞こえる。私の上には瓦礫と、アイツの気配。突然の事態に思考はひどく冷静だった。
とりあえずアイツがアメリアのほうに行かなければなんとかなるかなぁ。剣、持ってくればよかったや。あー、それにキングオークよりもやっぱり強いみたいだ。あの時は風のクッションでどうにかなったけど、多分血出てるね。どっか切ったかな。
明滅する世界でも、今にも泣きそうなアメリアが見えた。私が込めた魔力はまだ切れてないみたいだ。守るだけじゃなくて、こっちに来れないように閉じ込めたつもりだったからそれでいい。
アイツが近づいてくる。
……ラスボス的なやつだって言うんだったら私はレベルが低すぎたのかも。それか、やっぱりヒロインと攻略対象の絆で倒すタイプなのかも。
こういう時って走馬灯が流れるんだっけ。これでも死ぬの2回目なんだけど、1回目はどうだったか覚えてない。
でも、なんでだろう。あの人の顔が浮かぶ。
あぁ、ここで私が死んだらあの人は泣くんだろうな。笑っていてほしいのに。ずっとあの人の笑顔を守りたいのに。
目は瞑れない。終わる瞬間を見逃すわけにはいかない。最期まで抗いたい。
でも止められるものもなく、アイツはまた拳を私に向かって振り下ろす――
「――アイスエイジ」
空気が凍った。
「――インフェルノ」
空間が爆ぜた。
目の前に迫っていたアイツ――ドロドロの黒い塊だったソレが燃えている。燃え尽きる。
「ユーリ!」
私の意識は闇へと落ちていった。




