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月が綺麗ですね


 「ぅあああぁああ〜〜〜〜………………はぁ」

 

 情けない声が口から漏れていく。赤く腫れた目に手をやりながら、後ろに倒れ込んでそのまま。私は動けずにいた。

 誰もいない夜の海。

 さすがに昼間のことがあるから砂浜に行く気にはなれず、丘の上から見下ろしていた。


 

 感情のコントロールがうまくいかず散々泣いた後、私たちはノアのお屋敷に戻った。本当は遊んできてもらってよかったんだけど、そういう雰囲気でもなくなっちゃったみたいだ。本当に申し訳ない……。

 ふらふらしながら何とか身体を清め、そのままベッドに倒れ込んだところまでは覚えている。時折優しくて温かい何かが額のあたりに触れていた気もするけど、何だったんだろう。

 起きた時には外は真っ暗になっていた。泣き疲れて半日以上寝るってどういうことだろうね? さすがに自分でも引いたよ。寝すぎだよね。

 寝すぎてもう眠れそうになかったからこっそりお屋敷を抜けてきた。あ、ご飯はベッド脇に用意してくれてあったので、おいしくいただきました。


 小高い丘の上にこの屋敷は建っていて、正面には海が広がっている。屋敷の後ろ側はさらに緩やかな丘が続いていた。ちょうど中腹辺りに屋敷が建っている感じかな。私は屋敷の裏手に回ってその丘の頂上付近で腰を落ち着けた。

 そして冒頭に戻るわけだけど。


 泣き疲れて寝たのは前世の子どもの時ぶりかもしれないな。前世の記憶を思い出してからは子どもっぽい振る舞いも自然としなくなっちゃったし。久しぶりに目元がずんっと重たく感じる。こころなしか頭もちょっと重い。

 たくさん寝たからか気持ちはだいぶスッキリしてる。頭の中をぐるぐる回っていた映像も今はもう記憶として処理されたみたいだ。海を見つめてもさっきまでの恐怖心や不安感はない。「そんなこともあったよね」くらいになってる。前世の自分には悪いけど、今は今の人生がある。全く怖くないというわけじゃないけど、できるだけ海には近づかなければいいんじゃないかな。うん、そうしよう。

 

 たぶん、前世の私も海が嫌いだったわけじゃないんだ。

 月明かりが反射する波は綺麗だと思う。潮の香りも懐かしさを覚える。怖いだけじゃない。ちゃんと、海の美しさを感じられる。

 

 うん、私の記憶のことはもういいんですよ。問題は、みんなに心配をかけちゃったことだよね。

 しかもあんなに泣くなんて……恥ずかしい。

 両手で顔を覆い、芝生の上をごろごろ転がって悶える。ここまでちゃんと芝生のお手入れしてあるんですよね。さすが伯爵家。


 「……何、してるの?」


 突然の声にぴたりと動きを止める。まさかこんな時間にこんなところで誰かに会うなんて思ってなかった。しかもこの声――


 「…………フレイヤ様」


 そう、フレイヤ様だ。地面に転がる私を呆れたような顔で見ていらっしゃるね。そうだよね、そうなるよね。何やってるんだろうね。

 今日の私はどこかおかしいんだ。だから、呆れながらも笑ったフレイヤ様に心臓がぎゅっとなったのもきっとそうだ。


 「もうすっかり体調も良いみたいね」

 「はい、ご心配おかけしました」


 姿勢を正し、ふたり並んで海を臨むように腰をかける。お尻が汚れないようにハンカチを敷いて座る様にまで私の心臓が早鐘を打っている気がする。なんだろう。昼間の水着姿がチラつくんだけど。っていうか最期の光景よりも水着のほうが一瞬で思い出されるってどうなんだよ。我ながら能天気すぎて怖いよ。脳みそピンク色だな。

 あまりにアレな自分自身に悶々としながら黙って海を見つめていたら、フレイヤ様が徐ろにこちらを向いた。どこか張り詰めているその表情に私まで緊張する。


 「ユーリ、は」

 「はい」

 「どこにも行かない?」

 「……はい?」


 瞳が不安そうに揺れていた。突然の言葉に意味がわからなくて首を傾げてしまいそうになる。でもこんな表情をさせるくらいに私の様子がおかしかったということだろう。さっきまでの悶々とした気持ちがどこかに吹っ飛ぶ。今は、そういう時じゃない。

 私はフレイヤ様の手にそっと自分の手を重ねた。少し冷たい、いつもの彼女の手だ。


 「私は、ここにいますよ。フレイヤ様」

 「そう、ね」

 「そんなに私はどこかに行ってしまいそうですか?」

 「……昼間、ユーリがそのまま波に拐われてしまいそうに見えたの。夜中に目が覚めて様子を見に行ったらベッドからもいないんだもの。心配にもなるわ」

 「それは大変申し訳ありませんでした」


 一言声をかけたほうが良かったね。そういえば病み上がりでした。

 頭を上げてもう一度フレイヤ様に向き直る。さっきよりも不安はなくなったみたいだ。じっとこちらを見る碧い瞳にはいつもの気丈さが戻ってきていた。


 「本当に、いつもユーリは私たちを心配させるのだから」

 「……返す言葉もありません」

 「……はぁ。何度も何度も言っているのにいつも返事は一緒。本当に反省しているの?」

 「……はい」

 「あまり信用できないけれど、いいわ」


 ……うん、いつも通りですね。いつも通りすぎてお説教モードになりそうだった。過剰に心配されるよりは全然いいんだけどね。しょんぼり反省の姿勢を示しつつ、フレイヤ様の様子を伺うことに徹しておこう。

 

 ふいにフレイヤ様は立ち上がり、私よりも一歩前に出た。海風が彼女の髪を撫でている。時折広がっては元の位置に戻っていく様は月明かりを反射する波みたいだ。思わず見入ってしまう。

 そのまま釘付けになっていた視線の先でフレイヤ様がくるりとこちらを向いた。


 「貴女が無茶をしすぎないように私がずっと側で監視するわ」

 

 まるで小さな女の子みたいに悪戯っぽく笑うその姿に心臓が止まりそうになった。金髪が月光を宿して光っている。天使の降臨ってこういう感じなのかな、なんて少し場違いな感想が頭を過ぎる。あまりにも美しくて呼吸すらも忘れそうだった。

 何度めかの海風に煽られた髪を抑えながらフレイヤ様が私に向かって手を差し伸べた。


 「そろそろ戻りましょう。病み上がりなんだから、今日はゆっくり休みなさい」

 「は、い」


 絞り出すように答えたけど、声が掠れてる気がする。

 やっぱり今日の私はおかしいんだ。

 だから差し伸べられた手を握って心臓が暴れ出しそうになるのも、まともにフレイヤ様の顔が見られないのも、ましてや身体中が沸騰してるんじゃないかっていうくらいに熱いのも、全部そのせいだ。




 

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