24話
川沿いの長椅子に腰掛け、私は先輩を待っていた。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
そう手渡されたのは縄のような形をしたツイストパンのようなもの。
「これは?」
「麦縄って言ってね、まぁ食べてみて」
私はゆっくりとそれを口元に運ぶ。そして恐る恐る口を開け、一口、噛み切る。それは思っていたよりも歯ごたえがあって、ほんのり塩味がきいている。
「――美味しいです。なんだか食べたことない味で、素朴な味が、美味しいです」
「......うーん」
私は十分美味しく感じたが、彼はどこか不満そうだ。
「どうかしました?」
「当時はこれが一番美味しく感じていたのに、今はそうでもないや。
じゃがり●とか、おっと●とのほうが美味しい」
それは――そうかもしれない。いや、それは比較対象が悪い気もする。
「いい時代になったもんなぁ。味覚が変わったのかなぁ」
春馬さんは川の向こうを見つめている。そこになにかあるのかと思えば小さな子供が走っているだけ。
「春馬さん。あなたはいったい何なんですか」
「何って言われると答えにくいな。自分でも自分がよくわかっていないからね。
でも、そうだなぁ。たしかに本業は人間じゃないね。『正一位稲荷大明神』、で伝わるかな?」
「....なんとなく?つまりはカミサマってことですか?」
正一位というのはよくわからないが、稲荷大明神という言葉なら聞いたことがある。思い返せば――あれ?私、カミサマに結構雑な態度取っていたんじゃないか?
「んー。まぁ、部分的にそう、かな。もともと妖怪として生まれて、気づいたら神様扱いされるようになっていたから純正神様ではないんだよね」
「じゃあこの時代にはこの時代の頃の春馬さんがいるってことですよね」
「そーなるね。いやぁ、思い返せばこの頃はクソガキでね。ちょーっと天皇にちょっかい出して出禁になっちゃった」
春馬さんはテヘッと笑う。いや、なかなか笑えるような内容ではないのだが。
「ちなみに、ちょっかいって、何をしたんですか?」
「あ、聞いとく?」
いや、やめておこう。なんだか踏み込んではいけない危険な香りがする。
「ちなみにさっき『結界』?か何かを壊していたと思うんですけど、あれって大丈夫なんですか?」
もしあれが都を守っていたものなら新しく張り直さなければ大変なんじゃないか。
「あぁー。そうだねぇ。あれは代々『黒の家』って言われる天皇に仕える一族が管理していたものでね。特定の極悪妖怪の侵入と悪意のある妖怪の侵入を防ぐ役割があったんだよね。まぁ、この時代の当主はそこまで力が強くないから張り直しはできないだろうね」
「え⁉大変じゃないですか⁉」
「まぁ、次の代の当主がもっと良いもの張ってたはずだよ。十数年後の話だけど。
ま、放置してても大丈夫で――ぃって」
その時だった。突然春馬さんの頭を誰かが叩いた。もうさっきの男たちに見つかったか。そう思い顔を上げる。しかしそこには知らない男が立っていた。
「大丈夫なはずがないだろう」
「わぁ、冬神。久しぶり!元気にしてた⁉」
「冬神」という言葉にどこか聞き覚えがあった。
どこだったか......。
たしか羅刹天がやたらと殺気立てていた相手、か。
この男が――
「巫女の結界が崩れた気配がしたから来てみれば、お前の仕業か......。200年ぶり、いや、お前にとってはもっとなのか」
「さすがさすが」
「そりゃぁ、たった200年であの暴れ者がこんなに落ち着いてたまるか」
本当にこの時代のこの人はどんな感じだったのだろうか。
「そっちの人間は?」
「あぁ――知り合い」
冬神は私を上から下までじっくり見る。顔は隠しているから見られることはなかったがなんだかすべてを見透かされているような感じがした。
「お前、齢は?」
「はぁ、16ですけど」
「ふーん......」
なんなんだ。
「まぁ、なんだ。ここであったのもなにかの縁だ。ふたりとも付き合え」
え?
「なんでまた......」
「お前がアレを壊したせいだろう!」
「早く帰りたいんだけど!幸む――サクラもいるわけだし。ねぇ。早く帰りたいよね?」
え、サクラって私のこと⁉
突然全く違う名前で呼ばれて動揺する。なぜ名前を隠した。でもまぁ、この人のことだからなにか理由があるのだろう。
「......私、冬神さんについていきます」
「え⁉」
春馬さんには申し訳ないが、私は羅刹天があれほどまでに執着していた冬神に興味があった。少しでも知りたかったのだ。もしかしたら私の記憶についてなにか知れるかもしれない。そう思った。
連れられたのは大きな門が構える名家らしきところ。標識を見れば「黒崎」と書いてある。ん?黒崎?
「あの、ここって――」
「『黒の家』の本家だね。ご想像の通り京華のご先祖様だよ」
あ、やっぱり。
「で、ここにつれてきた理由は何?まさか出頭しろとでも言うつもり?」
「今の黒崎にお前を突き出してもどうすることもできんだろう。また別の仕事だ」
二人は断りもなくズケズケと敷居をまたぎ進んでいく。
「サクラといったか。娘、お前は屋敷の外で待っていろ」
「え?ここまで来て一人ですか⁉」
「なぁに、すぐ戻る。屋敷の周りを一周する頃には帰って来る」
「いや、でも、不法侵入者だと思われたら――」
「あー、屋敷の人に話はしておくよ」
春馬さんまで!
私はどうすることもできず、「はい」とだけ答え、ただ、遠ざかっていく二人の背中を見つめていた。




