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三十八話

「......ティア」


 久しぶりに見た彼女は美形で何より手を握っているディアにそっくりだった。


「早く離せ!」


 ディアが腕を振り払うと、いつのまにかディアは僕の目の前で平服していた。


「お久しぶりです。ロア様」


「昔から言ってるけどそんなことしなくていいって」


 ティアは僕が落ちぶれて邪険に扱われるようになってからも会った時は必ずこうする。家を出る前ならティアの方が形式的には正しい態度だったと思うが、処分対象である僕に頭を下げるのはおかしい。


「ですが......」


「ディアからもなんか言ってくれよ」


 ディアは僕を処分しようとした側。今の僕にこんな態度をとることはないと説明してくれるはずだ。


「ティアはあなたがどんな立場に置かれようと忠誠を誓うわ」


「だからどうして」


「ティアはあなたをシュテーゲン家のロア・シュテーゲンとは思ってないからよ。そんなことくらい分かりなさいよ」

 ディアは後半明らかに怒っていたが、理由はさっぱりわからない。


「ティアもとにかく立ってくれよ。このまま話すのも何か変だろ」


 ティアがすっと立ち上がったので話を続ける。


「二人は一緒に来たってことでいい?」


「そうよ。途中で振り切ったけどね」

 

「振り切った?」


 ディアがティアを振り切る理由がさっぱりわからない。


「姉様、ロア様のこと殺そうとして急いだ。ティアが寝て起きたらいなくなってた」


 ティアの表情は平然として嘘をついているそぶりはない。そうなると急に隣にいる女が殺し屋に思えてくる。


「安心していいわ。あなたを殺したらレイ様が悲しむもの。私は自分の気持ちよりレイ様の気持ちを優先したのよ」


 なぜかディアは少し自慢げだったが、僕にも言いたいことがある。


「てことは本当は僕を殺したかったってこと?」


 ディアは悪い笑顔を浮かべながら言葉を濁した。

「どうだろうねー」


 だいたいわかった。ディアは僕を殺さない程度に痛めつけるためにティアを振り切った。今でも僕に敬称を付けるティアが一緒にいたら阻止される可能性が高いから。

 大体の予想がつくほどイライラが増し、ティアの鼻を強めにつまむ。顔を後ろに下げたり、腕を掴んで抵抗してくるが、ディアはこの行動をふざけたものと判断しているようでそのうち終わるものと考えているようで全体的に力がない。


「イタタタタタタタ。私が悪かったって離して……離してください」


 反省の色というよりは見たかったリアクションが観れたので離してやる。ディアの鼻先がほんのり赤くなっていた。


「ロアー。もしかして自殺願望でもあるの?だったらお姉さんが楽に逝かせてあげるけど」


 ディアと僕に年齢の差はない。目が血走っているディアの一挙一動に注目していると黙っていたティアが密着寸前まで体を寄せて、目を瞑って背伸びをする。


「ティア?」


 姉ならこの行動の魂胆も分かるだろうと視線を送るとディアはジェスチャーで何かをつまむような動きをする。ジェスチャーの意味を推し量るのに時間はかからない。ただ理解できたからこそティアの行動は極めて不思議である。


 ──鼻を摘まれたいってことだよな。でもなんで?


 未だに何かを待つティアをパッと見て確認のためにもう一度だけディアに視線を送ると「早くやれ」と口パクをしてくる。


 意を決してティアの整った鼻をやさしく摘む。


「ん……」


 摘んだ瞬間、嬌声のようなものが漏れた気がした。ディアは「続けて」と口パクしている。



 5秒、10秒と経っても一向に終わる気配がないので、僕はそっと鼻から指を離す。目を開けたティアが名残惜しそうにしていたのは気のせいだろう。


 わからないを凝縮したような数秒を終えると、今度はディアがおかしなことを言った。

「これからもたまにしてあげなさい」


「何で」


 何となくティアを見ると一瞬で普段の感情の少ない顔に戻ったが、僕の目は見逃さなかった。ティアがニマニマした表情を。


「ね。たまにしてあげなさい」


 ──たまにはいいかもしれない。


「ところでどうして追いかけてきたの」


 話がようやく本題に戻る。

「ディアたちは今日野宿?」


「まあお金は一応あるけど使うつもりはないわ」


 二人が野宿でいいと考えているのは嘘ではないだろう。ここらで二人に傷を付けられるものなど魔物にも人間にもいない。これから僕がするのは全部お節介だ。


 ディアの手を取るとポケットから一枚の硬貨を取り出し握らせる。


「うわ。これ100万ギルじゃん。あんたとうとう悪事に手を」


「染めてない」


 ディアは自分のことは棚に上げて僕をからかう。簡単にお金を持っている理由を説明するとディアは嫌に真面目な顔でいった。


「ちょっといいこと思いついたかもしれない」

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