三十七話
右足は空振り。短剣を足を引っ込めることでスレスレで躱す。
「誰だ」
当然返事はない。体をひねると、首のあった部分に短剣が刺さっている。
立ち上がり、反撃の隙も与えないまま、右ストレートや左フックを打つがまるで当たらない。
かなりの手練れなのは間違いない。シュテーゲン家の刺客なら僕の始末とレイの回収が目的のはず。何としても阻止しなければ。
右腕に気を集めて放ったストレートを敵は後ろに宙返りしてかわす。だけどここは室内。敵は自ら壁際に追い詰められる。
次は左腕に気を集めての正拳突き。
敵の心臓を捉えた一撃は短剣の面で真っ向から受け止められてしまう。
狙いがシンプル過ぎたことも止められた要因だがたとえ狙いが分かったとしてもこの突きを受け止めるのは至難の業。敵はそれを可能にする人物。
腹を蹴られ、思わず後退すると、すかさず追い討ちがくる。
右へ左へいなしながらさらに下がるとテーブルにぶつかり、コップが床に落ちて散乱する。
一瞬の油断が命取り。首が飛ぶ......はずだった。
「何やってるの?」
敵はレイが現れるといきなり戦闘をやめた。
明かりがついて一気にシルエットから現像に変わる。
「ディア?」
ディアはその場で跪きレイに忠誠のポーズを取る。
僕との対応の違いになんとも言えない気持ちになるがこれも当然か。僕は家を出た落第者で僕とレイ以外に子供がいない以上、レイは後継筆頭だ。シュテーゲン家の人間が忠誠を誓うべき人間だ。
それにディアの忠誠はポーズじゃない。
跪くディアにレイは貼り付けたような笑顔で近づいていく。これは本気で怒ってる時のレイだ。それがディアも分かっているのか顔からも同様が見える。
「ねぇ何やってんの?お兄のこと殺しに来たとか言わないよね」
ディアさんは下を向いて頭を下げる。そしてその問いに答えることはできない。
「何か言いなよねえ......」
他の暗殺者ならまだしもディアにこの仕打ちはダメだ。
こうなったレイに言葉は意味を持たない。僕はおもいっきりレイを抱きしめる。
「お兄?」
「もうこの辺にしよう。僕も幸い無傷だし、レイも生きてるんだから。それに本気で殺そうとしたわけじゃないよきっと」
しばらく経ってレイは落ち着きを取り戻したようだ。
「分かったよ。お兄が許してもレイはこのこと一生許さないから。でも......」
レイは僕から離れるとディアを抱きしめていう。
「ディア、久しぶりだね」
ディアは泣くのを我慢するのに必死だったようだ。
緊張した空気もなんとか弛緩し、情報を得るべく僕らはテーブルを囲んだ。ディアはレイの目の前で僕は殺さないはずだ。
「今、シュテーゲン家はどんな感じなんですか?」
漠然とした質問だったがディアは上手く意図を汲み取ってくれた。
「本来ならレイ様を総動員して探すはずでしたが、現在はかなりの人員が任務で出払っているため、私とティアが捜索隊として駆り出されました。
「レイを探すより大切な任務って?」
「分かりません。任務に当たっているものと当主様以外にはある任務としか」
「まあそれはいつものことか」
シュテーゲン家の仕事は基本的に仕事仲間だろうが話すことはない。徹底的な情報統制がシュテーゲン家の核だ。
「じゃあ今僕とレイはどんな立場というか扱いになってますか?正直に言ってください」
「......レイ様は見つけ次第即刻連れ帰るように。そしてロア様は見つけ次第処分して構わないと」
レイに関しても僕に関しても予想通りだ。びっくりしたのはそれを聞いても僕の心が動かないこと。
ここでレイが口を挟む。
「レイは戻る気ないよ」
そう言うと分かっていたのだろう。驚いた様子はない。
「存じております」
でもディアはどうゆう目的でここに来たんだ?レイが戻りたくないことは知っている。つまり来たって無駄だと分かっていたってことだ。
レイの顔が見たかった。僕は始末したかった。どっちもって可能性もあるな。
「私はここで失礼します。報告は極力遅らせて他が代わりを務めないようにしておきます」
「助かるよ」
「......別にあんたのためじゃない」
「何か言った?」
「いえ何も」
レイはよく聞こえなかったようだが僕には微かに聞こえた。
「そろそろ失礼します」
「ご飯食べていかなくていいの?食べてないんでしょ」
「いえ大丈夫です。では」
ディアはレイともっと話したいはずなのに足早に去っていく。
「ちょっと行ってくる。レイはもう寝てて」
家を出るとまだ近くを歩いており、追いかけて後ろから声をかける。
「ディア」
ディアは振り返って僕を睨みつける。
「何?」
「何って。色々ありがとうって言いに来たんだ」
「さっきも言ったけど別にあんたのためじゃないって言ってるでしょ」
ディアはレイには敬語を使うが僕には一切使わない。隣に並んで話を続ける。
「ディアはレイが好きだもんね」
飛んできた拳を右に避けると、顔を赤く染めるディアがそこにはいた。
「別に好きじゃないし」
僕は仕切り直して続ける。
「正直に言ってシュテーゲン家に本気で来られて勝てるほど僕もレイも強くない」
「あの老人がいるじゃない」
老人。ガイさんのことか。
「ガイさんだって常に一緒にいるわけじゃないから今みたいにいない時を狙われればそこまでだよ」
「何が言いたいの?」
僕はしっかりとディアに目を合わせていう。
「どうかレイの味方でいてほしい」
「当たり前でしょ」
「ありがとう」
僕は手を握って振り回す。
「やめ......あ」
ディアの顔が一点を見つめて硬直する。ディアの視線の先を見るとそこにはディアと瓜二つの少女が立っていた。
「ティア?」




