二十八話
僕の察知圏に敵はいない。だから敵がいるとしたらまだ遠い。レイがヤバイって言う相手。間違いなく戻るべきだ。いや、この地域に生息する魔物といえばホワイトウータンくらいのはず。そいつも強化種か?
「敵の数は」
「一体。強化種?......いや、それよりも強い」
背格好くらいは覚えるべきだ。それは確信に近いものかもしれない。
「ちょっと行ってくる」
レイが進もうとするので腕を掴んで止める。
「危ないだろ」
「お兄が行ったほうが危ないよ」
それもそうだ。レイには【隠密】があるが僕にはない。でもそんな話じゃないんだよ。
「たしかにそうかもしれないけどそうじゃないだろ。心配なんだよ」
レイは一瞬思考するそぶりを見せていった。
「じゃあお兄が後ろで見てればいいんじゃない。何かあったら助けてよ」
僕は渋々承諾した。
「じゃあちょっと行ってくる」
なんで僕の妹は緊張感がないんだ。なぜかヒルダさんを思い出した。
距離をとってレイの後ろをついていく。【隠密】は見ていれば効果がない。
さすがに僕もレイも音を立てるなんてヘマはしない。小枝なんかもちゃっかりかわしていく。こういったところはやっぱりシュテーゲン家を感じずにはいられない。
未だ『ヤバイやつ』の反応はない。でもレイが止まった。多分敵の姿を見たのだろう。それでも一向に戻ってくる気配がない。
瞬間、レイが横に跳ねると、そこに大剣が突き刺さった。
「レイ」
隠れる云々言っている場合じゃないと森を駆け抜けるとまるでそこだけ巨人が踏んづけたように木々が生えていない場所があった。その中心にそれはいた。
顔や体格はホワイトウータンの強化種と瓜二つだが、額にはオーガの白い角、そしてお尻からは緑色の尻尾が生えていた。多分あの尻尾はリザードマンか。
それはまるで無理矢理生体を捻じ曲げられたような異様な姿。両手には大剣を持ち、更に鞘にはもう一本、大剣が刺さっている。
レイは何とか初手は避けたようで離れたところで剣を構えている。
「射出・雷槍」
合成種は首を狙った雷槍をいとも簡単に大剣で払いのける。
やっぱり逃げた方が……いや、逃げてどうするんだ。この魔物には明らかに人の手が加わってる。もし、こいつを作ったのがオーガを操った人と同一人物だとしたら、こいつも街を襲ってくる可能性が高い。討伐隊に任せる?いや、討伐隊はライエルンに滞在できる日数に限りがある。仮に操っているなら討伐隊がいなくなってから襲うくらいのことはするはずだ。こいつが街を襲うという確証はないが逆に襲わないとも言い切れない。むしろ前回の襲撃を鑑みればその可能性は高い。カイムさんたちに伝えれば……これもダメだ。この広大な森で逃げられれば魔物一匹見つけるのは困難だ。
唐突にあの戦いがフラッシュバックする。思い出すのはいつも戦いが終わった後のこと。未だに涙に濡れる顔も悲痛に満ちた声も忘れられない。
「レイ。ここでこいつを倒す。協力してくれ」
「もちろん」
レイの右手が光りだすのを見て合成種に接近。
「射出・雷撃」
顔を狙った魔法はあくまで撹乱とレイに注意をそらすこと。予想通り、着弾しても何の変化もないが十分だ。
「はぁぁ」
注意の逸れた合成種の腹を全力で斬りつけるが刃は全く通らない。
「上!」
咄嗟に剣を頭の上に構える。重い金属音が聞こえると同時に上から下に強烈な圧力がかかる。防いだはずなのにのしかかる圧に足が悲鳴をあげる。
「ぐあぁ……!」
「射出・雷槍!」
それは合成種にとっても一種の賭けだったのかもしれない。腕を離させるために撃ったであろうレイの雷槍を合成種は避けることなく受けた。着弾点から煙が出る。それでも上からの圧が終わらない。
瞬間、左脇腹あたりに重い痛みが走る。僕は蹴り飛ばされ、転がり続けるとやがて木に当たって止まった。
頭をぶつけたらしい。視界が安定しない。頭の痛みが集中を妨げる。輪郭はボヤけているが合成種が近づいて来ているのが分かる。
「……レイ。逃げろ……」
返事は最大級の魔法。ボヤけた視界に一つの光が入り、さらにバチバチと音が聞こえる。
「射出・零雷撃!!」
視界を埋め尽くす光は煙に変わり、静電気のような音は消えた。
「兄しっかりして……」
肩を揺さぶられ、意識がはっきりとする。体に力を入れて立ち上がる。
「レイ。しばらくあいつの注意を僕から逸らしてくれ」
レイは笑っていう。
「任せて」
レイの渾身の一撃を受けても合成種の反応は消えない。案の定、煙が消えると、合成種が現れる。首と顔の一部に焦げ跡があるのはレイの一撃が効いた証拠だ。
「射出・雷槍!」
レイが僕から距離をとって魔法を放つ。合成種は僕を脅威ではないと捉えたのか見向きもせずにレイへ向かう。
レイは捕まらないように、動き回りながら魔法を撃つ。
さっきの攻撃がまるで通らなかったのは速度を重視するあまり両脚に力が入っていたからだ。でもそれ自体は間違いじゃない。
僕には魔法が使えない。だから今まで必死に剣を身体を鍛えてきたんだ。ディル爺との訓練を思い出せ。きっとできる。いや、やるしかない。
力の入れどころを腕に限定するイメージ。心臓から流れる気を両腕に。コツは気が流れていることをしっかりと意識すること。
【極集中・双腕】
両手で剣を構えて、ゆっくりと合成種との距離を詰める。
僕を見てレイは逃げるのをやめた。合成種は僕に背を向けてレイの元へ歩いていく。
ついにレイと合成種の距離が埋まり、合成種は大剣を上に構えた。
「やっちゃってよ、お兄ちゃん」
ようやく僕に気づいたのか合成種が振り返った。
脅威と感じたのか合成種はすぐに大剣を僕目掛けて振り下ろそうとするが遅い。
僕が放った袈裟斬りは合成種の腹を深々と切り裂いた。




