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人類最強  作者: 白石らいおん
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8 - 世界の真相

 ボルスは驚いた。

 こんな狭い地下通路で5体のアニモに挟まれたこの状況を目にしたボルスが再び頭を回させるまで、3分も要した。

 けれど、彼を驚かせたことはもう一つある。

「ルリア!」

「クーカスお願い!」

「おお!」

 さっきの作戦会議でこの状況についてちっとも言及しなかったというのに、【パイオニア】の三人の連携はまるでこの状況を事前に何回もシミュレーションしたかのように見えた。

 ーー光が走り出す。

 瞬く間に、シーカは剣を前方の天井へ切り出し、シーカたちの前に立ち塞がる2体のアニモが崩れ墜ちる瓦礫に埋もれた。

「オラァァ!」

 戦闘服を脱いで、クーカスの身体が一瞬で大きな風船のように膨れ上がった。

 クーカスはハンマーのようなーーいや、あれはもはやハンマーそのもの。クーカスは、全員の髪を乱すほどの爆風を帯びた拳を【鼠王(そおう)】のほうへ突き出す。

「ナ二!?」

 ボルスだけではなく、【鼠王】でさえまさかクーカスの一撃がこんなにも破壊的とは思わなかったようだ。

【鼠王】も含めた3体のネズミ型アニモはクーカスの一撃で、ボルスたちの視界から消えた。

 その振動で、この地下通路も揺れ始めた。天井から光が差し込み、ちょうどルリアたちの場所を照らす。

「ボルスさん、手伝ってもらえますか?」

 いつの間にか、ルリアが一人の少年を背負ってボルスに言った。

「……彼は?」

 よく見ると、ルリアが背負っている少年はクーカスだった。

「事情はあとで説明します」

 あの強健な肉体を持つクーカスは今、まるで萎んだ風船のように、衰弱しているように見える。

 口を開けたまま、必死に空気を吸っている。しかし、上手く吸い込まれていないように、クーカスの顔は苦痛そのものだ。

「……時間はない」

 シーカもいつの間にか、二人の怪我人を引きずったまま姿を現した。

「ボルスさん。一人頼めますか」

「あ、ああ……わかった」

 本当に光のようだとボルスが思った。

 あの一瞬で、このシーカという少年がアニモに捕らわれた二人を助けてきた。

「行きましょう」

 瓦礫を踏み台にして、3人はそれぞれ一人の怪我人を背負って地面へ上がった。




 そのままアジトに帰る予定だが、ルリアは「まずは安全な場所をさがしましょう」と言った。

「……【鼠王】は仕留めきれなかった」

 走りながら、シーカがさっきの戦闘結果を報告した。

「まさか、たとえゴリラ型でも、あの一撃を食らえば」

 クーカスのあの一撃を思い出すようにボルスがそう言ったが、シーカが「……攻撃する直前に、他の2体の後ろに隠れた」と返した。

「シーカがそう言うなら、きっと間違いないでしょう」

 クーカスを背負いながら走るルリアの息も段々上がってきた。

「……代わろう」

「大丈夫。シーカのほうこそ、できるだけ体力を温存して」

 地上に上がると、そこは限りのない荒野だった。隠れそうな場所はどこにも見当たらない。

 そこで10分ほど走り回ったあと、ルリアが言う。

「そろそろ、戻りましょう」

「ここからアジトまでは結構な距離がある、どこかで休んだほうが」

 そう口を開くボルスがシーカとルリアの様子を見ると、すぐに口を噤んだ。

 ルリアが言う「戻りましょう」とは、アジトへ戻ることではなかった。

 踵を返して、今まで踏んできた足跡を沿って、ルリアたちがさっきの地下通路へ帰った。


 さっき脱出に使った穴に入り、シーカが「ここにアニモの気配はない」という意味を込めた目線をルリアに送ると、ルリアはクーカスを下ろした。

「彼はどうした?」

 激しく胸を起伏させるクーカス。その苦痛に満ちた顔を見てボルスがルリアに訊いた。

「過呼吸です」

 ルリアが「ボックス」から一つのペーパーバッグを取り出した。

「過呼吸?」

 次に、そのペーパーバッグをクーカスの鼻と口を当てながら、ボルスに説明する。

「必要以上に換気活動を行ったことです……クーカスは昔から人より何倍も力が強くて、人より何倍も呼吸を必要としています。全力を出すと高い確率で過呼吸を起こします……あの戦闘服は彼のストッパーになるはずですが」

「じゃあ、どうすれば」

「ペーパーバッグ法で、体内の二酸化炭素の濃度を上げるのです」

「やめなさい」

 ルリアがそういうと、すぐに彼女を止める声が返ってきた。

 彼女を止めたのは、シーカの背中にいる、初老の男だった。

「あの少年の隣までお願いできますか」

 両足を折られた彼はシーカにそう頼んだ。

 クーカスの隣についた初老の男は、はっきりとした声で、優しくクーカスにかける。

「聞こえますか、少年。--落ち着きなさい。そう、大丈夫だ、あなたは普段通りに息を吸えばいい」

 男は軽くクーカスの身体を撫でながら、リズムを打ち続けた。

「そう、ゆっくりといい……大きく吸って、そうそう、ゆっくり息を吐いて……」

 ただそれだけ。初老の男はただクーカスのそばにそう声をかけてあげるだけで、クーカスの息が見るみるうちに落ち着いてきた。

「はぁっ、はぁっ、……ふぅぅ」

「クーカス!」

 寄せた眉間が和らげたクーカスの顔を見たすぐに、ルリアがそう呼び掛けてみた。

「死ぬと思ったぜ……」

 親指を立てて、クーカスが皆に無事を伝えた。

「ありがとうございます……あの」

 シーカとルリアが頭を下げて初老の男に会釈した。

「わたしはカントウ。一応教祖と呼ばれている」

 初老の男は自分の名前をカントウと言った。

「教祖?」

「ええ。教の名前は決めなかったけど、平和を愛し、神との共存を目指す者。--そちらの女性も教徒の一員だ」

 カントウはボルスが背負っている女性を見た。

「……チサトと言い、ます」

 同じく両足を折られたチサトという女性は、自分の名前だけ言って目を閉じた。

「冗談言わないでください、カントウ博士」

 ボルスはゆっくりチサトを下ろしてからカントウに顔を向けた。そして改めてルリアたちにカントウの紹介をする。

「彼はカントウ博士。昔は……地球がこうなる以前、誰もが知っている科学者だ」

「まさか!」

 ルリアが突然弾んだ声を上げた。

「あなたがカグヤ姉さん、--カグヤ・ナカムラ博士の先生、カントウ・フジワラ博士ですか!?」

 カントウは目を細めてルリアに訊いた。

「カグヤくんを知っているのかい?」

「ええ、カグヤ姉さーーカグヤ博士は私たちの先生です」

「俺たちにとってはお母さんみたいだけど、お母さんって呼ぶと怒るから普段はカグヤ姉さんって呼んでいるけど」

 クーカスが身体を起こして、カントウへ手を差し出す。

「さっきはありがとう。助かったぜ……俺はクーカスだ」

 カントウは差し伸べてきた手を握った。カントウの方が何歳も年上なのに、クーカスの手が彼の手より何周りも大きかった。

 一瞬、カントウが眉をひそめた。でもすぐに笑顔に戻った。

「無事なら大丈夫。正しい呼吸法を心かけてください。--ペーパーバッグ法はかなりの危険性がある。できるだけ使わないように」

 次に、カントウはシーカに目を向いた。

「……シーカ」

「シーカくん。さっきはありがとうございました」

 シーカがもう一度会釈すると、がらんと、腰に掛けている刃の収納筒が鳴った。

 カントウがその収納筒と鞘を見て首をかしげると、ルリアが口を開く。

「あれはーー」

「バベル式神鋼剣(しんこうけん)……完成したのか」

「知っていますか?」

「『神鋼(しんこう)』、アダマント。神による作られた伝説の鉱物。ーーその正体は宇宙にわずか存在する、特質な鉱石。真っ白な光沢、常温と低温状態下では粉末状だが、加熱すると色は黒に変わり、世の中にあるあらゆる物質よりも硬い。--だが一つ難点を言えば、神鋼を黒くなるまで加熱するには、膨大なエネルギーを必要とする……」

 すごいと、ルリアが思わず零した。それで自分が今何を言っているかを気づいたように、カントウが急に口を噤んだ。

「本当に、カグヤ姉さんが言った通り、すごい人ですねカントウさんは」

 カントウは何も返事しなかった。代わりに、ボルスが返事をした。

「それは当然だ。カントウ博士はあの【バベル】にいてもおかしくないお方。【進化のヤハ】という異名をもつヤハ・マルクスと並べて、且つでは【バベル】のツートップの一人、【破壊のカントウ】ーーカントウ・フジワラ」

「その名で呼ばないでくれ、ボルスくん」

 平穏な声、けれど威厳のある声でカントウはボルスの言葉を遮った。

「マスコミが売り上げのために使った手口に引っかかるとは……懲りない奴だな」

 棘のある言葉をボルスに浴びさせて、ボルスがルリアたちに向き直した。

 カントウは、ルリアたちの戦闘服についている、「方舟」のマークに目を落とした。

「【バベル】もついに軍隊を作り始めたのか」

 ニヤっと、ここにいない誰かを嘲笑うようにカントウが口の端を吊り上げる。

「違います。--私たちは特殊調査隊【パイオニア】です、地球に起きたこの異常を調査するためにーー」

「武器を持って?」

「調査に危険も伴うので、これは必要なものですと」

「じゃあ、今まであなたたちがやったことを簡単に説明してくれないかね? わかったことはあるかい?」

「最初の任務はレジスタンスの救援と、ボルスさんの捜査……調査はその、これから……」

「つまり、調査隊としてアニモのことも知らずに、バベル式神鋼剣で切り刻んだだけというわけだ」

「違います!」

 ルリアはそう反論をしたが、それを主張を支える言葉は出てこなかった。

「……アニモが突如変異した原因は、謎のウイルスと考えられる。その原因をこれから調査する」

 シーカがそうフォローを入れると、カントウは驚かれたように、大きく目を見開いた。

「あなたたちはそう知らされたのか?」

 シーカたちは頷いた。

「ボルスくん、あなたも彼らに教えなかったよな?」

 気まずそうに、ボルスが顔を下へ向いた。

「やれやれ……どいつもこいつも」

 カントウはふんっと鼻で笑ってから、再びシーカに訊く。

「まあ、その原因がウイルスだとしましょう。ーーそのウイルスの感染経路はもうわかりましたか?」

「……これから、調査する」

「それはわからないということだ。つまり空気感染の可能性もある。--なのに、あなたたちはマスクもつけずにこの地球に来た。自分たちが感染されることを想定しなかったのか?」

 今度こそ、シーカもルリアも言葉が出なかった。

 そんな彼らを見たカントウは、長い溜息をついて、謝った。

「すみません。ちょっと大人げなかったかな……あなたたちを責めるつもりはなかった、許してくれ」

 よいっしょと、カントウは身体を起こそうとした。だが自分の両足が動かないことに気づいて、シーカたちに言う。

「この近くにある教会まで運んでくれないか? わたしとチサトくんはこの通り」

 カントウは自分の足へ目を配って言う。

 今は一刻も早くアジトに戻らなければならない。宇宙砂とシーカ刃、そしてクーカスの戦闘服も方舟に送ってもらわないと。

 ルリアとシーカとクーカス。三人は互いの顔を伺った。

「ただとは言わない。--その代わりに」

 カントウはもう一言付け加えた。


「この世界の真相を教えよう」

 カントウの笑みには、何か悪巧みをしているように見えた。

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