5 - 角の向こうに潜む刃
電波塔の近く、シーカたちはアークからの撤退指示を受けた。
「撤退? どういうことだ!」
クーカスが二人を見やると、シーカがいつの間にか剣を鞘から抜いた。
「……14」
それが何を意味する数字か、ルリアとクーカスがすぐに理解したように、それぞれ戦闘態勢に移行した。
「クーカス!」
クーカスから「ボックス」をもらい、装着してからルリアが空へ上昇する。
「ゴリラ型です!」
「見りゃあわかる!」
身長5メートルを超えた14体のゴリラ型アニモに、シーカたちが囲まれた。
「うぉおおおおおおお!」
「くっ!」
爆音を帯びる拳を両手で受け止め、クーカスがマイクに向かって叫ぶ。
「ルリア! こいつら弱点は?」
モニターに目を泳がせて、ルリアが目に入ったデータを読み上げる。
「知能が高いから、す……」
「す?」
「ストレスを感じて死ぬことも、あると……」
「何だそれは!?」
4体のゴリラに囲まれたクーカスがルリアの答えに狼狽えた。
「つまりゴリラは大抵人間と同じだから、ちょっと体の大きい人間と思えばーー」
「……違う」
ルリアがシーカのほうへ目を行くと、そこには倒された2体のゴリラと、折れた6本の剣が散らばっている。
「2体を倒すのに6本も!? 一体こいつらは……」
鋼鉄のような毛で身体中を覆いつくすーーなんてことは方舟から送られたデータの中のどこにも書いていないことに、ルリアが驚嘆を漏らした。
「こいつら、ネズミとは違うぜ!」
向かってくる巨拳を躱し、クーカスはゴリラの懐に入る。
「オラァァァァ!」
己の両手に力を入れて、クーカスがゴリラの無防備な懐にハンマーのような攻撃を何回も何回も打ち込んだ。
「うぉおおっ!」
嵐のような攻撃が止み、ゴリラが気を失った倒れていく。
「こりゃあ、思った以上に硬いぜ」
全身の筋肉を膨らませ、クーカスの戦闘服に纏う糸がほぼ切れてしまった。体から滲みだす血がその糸を赤く染めてまるでクーカスの血管が表に出たように見える。
拳についた血を嘗めて、クーカスが残りのゴリラ型アニモたちを睨みつけた。
「俺はあと4体いける! シーカ! お前は?」
「……刃の補充ができれば、全部倒せる」
折れた刃を柄から外し、新たな刃を装着してシーカが答えた。
「今あと何本残ってるんだ?」
「……2」
「こりゃあ俺が頑張らなきゃいけないようだな……派手な見せ場、上等だコラァ!」
向かってくるゴリラたちに構えを定め、クーカスが歯を喰いしばった。
『方舟より! --ルリアちゃん、今地図データを送ったから、そのルートを使って撤退を!』
「了解!」
地図データを見て、ルリアがシーカとクーカスに指示を伝達した。
「皆2時方向へ向かって! --追手はシーカに任せて、クーカスは体力を温存して!」
「なんでだよ!」
反論を上げつつもクーカスはシーカと一緒に指示通りに行動した。
二つのビルが斜めに倒れ、支え合って一つの橋の形を作っている。ーー三人はその橋へ向かって走り続け、やがて橋下空間を通り過ぎる。
「ーーこのためです!」
三人を追っているゴリラたちも橋の下までついた。
そのタイミングを見計らって、ルリアが橋の上空に留まる。
「燃料爆弾、投下!」と、ルリアがボックスにある宇宙砂の瓶を投下した。
支え合った二つのビルが爆発でバランスを崩れ、その下にいるゴリラたちを押しつぶす。崩壊から逃れたゴリラもそれで進路を塞がれ、三人への追撃に足止めを食らった。
「クーカス! 受け取って!」
空から降りたルリアをキャッチし、クーカスがゴリラたちがいるほうへ顔を向いた。
「だからなぜ最初からああしなかったのさあ」
「燃料は大事! これは仕方ないのです。--さあ走って走って!」
こう話しているうちに、瓦礫の山から2、3体のゴリラが登ってきた。
「体力温存ってこういうことかよ!」
ルリアを抱えたまま走るクーカスは叫んだ。
「だって私が走ったら追いつかれるでしょ! --文句言う暇があったら走って、もっと速く!」
ゴリラたちから逃げて、30分。
「シーカ」
「……0」
シーカの言葉を聞いて、クーカスとルリアはやっと肩の力が抜けた。
湿った地下道路を辿り、シーカたちはシェルターのような場所に行きついた。
そこら辺に転がっていた石塊を椅子代わりに、三人は腰を下ろした。
「ルリア、さっきから何やってんだ?」
ピコピコとボックスから出たキーボードをいじっているルリアにクーカスがそう訊くと、ルリアが涙目でこっちへ向いた。
「どうしよう……壊れたみたい……」
「電池切れじゃない?」
「わからない……さっき一瞬パチッと、なんかやばい音がして……」
「まあ泣くことないだろ? --電源入れれば治るって、そういうもんだろ?」
クーカスの言葉がルリアの癪に障ったか、ルリアが逆キレしてクーカスに当たり始めた。
「そもそもクーカスが揺らすからでしょ! あんな乱暴な走り方をしていたから、あんたの筋肉にぶつかって壊れたのよ! --そうよきっとそうに決まってる!」
「あ~あ、始まった……」
クーカスが頭を掻きながらこぼした。シーカも無言のまますっとルリアから距離を取った。
「シーカ! あんたも!」
逃げようとしたシーカの襟をつかんで、ルリアが泣きつく。
「なんであんたはいつもいつも! --あんな無茶な使い方をしてるから刃の消耗が激しいのよ!」
且つても一度、ルリアの「ボックス」が壊れたことがあった。その時のことを思い出すとシーカとクーカスが周りへ目を泳がせた。
この禁断症状は彼女の「ボックス」が直るか、彼女に新しい機械をあげるかでしか収まる方法はない。
「ーー何なのよこの石は! 誰がここに置いたのよ!」
遂にそこらへんに転がっている瓦礫にも彼女の八つ当たりが及んだ。
「痛っ! --もう!」
石を蹴り飛ばし、しかしそれが結構痛いらしく、ルリアの機嫌がますます悪化する。
「……それ」
「何? --え! 何これ!」
ルリアに蹴とばされた石の下に、小さな板があったのをシーカが気づいた。
それをルリアが拾い上げると、彼女は目をきらきらと輝かせた。
「何これ何これ何これ! --機械?」
「さあ……お前がそこまで興奮するなら、多分何らか機械じゃない?」
クーカスが親指を立てて「グッジョブ!」という合図をシーカに送った。
「いいないいな! 早くここから出てこれを分解してみよう!」
「出てっと言っても……俺たちの任務を忘れたのか?」
「忘れてないって」
にやにやした顔でルリアは拾った板をポケットに入れた。
「でもこのままじゃあしょうがないでしょ。シーカの刃も補充しないといけないし。--ここは一旦アジトへ帰って、これを分解してみよう!」
「でも上にはゴリラがいっぱいいるぜ? 俺はいいとして、お前は飛べないだろ? --シーカ、お前の刃まだ何本残ってんだ?」
シーカは一本の指を立てた。
「1本か……こりゃあーーっ!」
シーカが立てた1本の指は、刃の数を指した意味ではなかった。
シーカはその指を、口元に近づかせた。
そのサインを見たクーカスとルリアもすぐに口を噤んだ。耳を澄ませて、周りの音を聞き逃がさないように、息をも殺した。
がくり、と。瓦礫の破片が地面に落ちた音がした。
--その角の向こう。1匹。
目線と手のサインでその旨をクーカスとルリアに伝え、シーカは後ろへ下げた。
代わりにクーカスが一番前へ上がり、さっき示された角へ飛び出す。
「死ね!」
クーカスが角から身を乗り出すとすぐに誰かがそう叫びながら攻撃を仕掛けてきた。
事前にそこに敵がいることを知ったクーカスはこの攻撃を簡単に受け止めて、反撃をしようとするその時に、シーカとルリアが彼を止めた。
「……待て!」「人間です!」
突き出した拳をギリギリその人間の顔の前に止まらせて、クーカスも改めて今掴んでいる人の顔を見る。
20代後半に見える精悍な顔に、無精髭を生やした男。
「お前たちは……」
「俺たちは方舟から来た特殊調査隊【パイオニア】だ。--お前は誰だ?」
男の手を離し、クーカスたちは男の答えを静かに待った。
「方舟……そうか、やっと来てくれたのか」
男はシーカたち三人の顔を見つめて、ゆっくりと自分の名前を口に出した。
「俺はボルス。--この近くにあるレジスタンスの長だ」