3 - 新たな任務
廃墟から出ると、先が見えない砂漠が広がる。そして砂漠を超えて、枯れ木の森が進路を塞がっていた。
「はぁ、これが地球ですか」
ギシギシと乾いた樹の枝を踏みながら、ルリアが驚嘆を漏らした。
「昔はこうじゃなかったけどね……」
「もう大丈夫ですか、ルバルトさん」
いつの間にか、ルバルトが目覚めた。まだ体力が完全に回復しなかったらしく、ルバルトの声はその精悍な顔に似合わず、細かった。
一人で歩けると、ルバルトは手をパルスの肩から離れた。
いつアニモが現れるかわからないから、周り警戒しているかもしれない。シーカたちは周りをきょろきょろして前を歩いている。
そんな三人の様子を、まるで初めて遊園地に行った子供のように見えたのかもしれない。ルバルトは口を開いた。
「昔は海や森も」
「海と森もあるの!? 見たい! --おじさんって見たことあるの?」
ルリアが楽しそうに聞いた。しかし、ルバルトはそこで話をやめた。どこか寂しいような、悲しいようなものが彼の顔に浮かべた。
「オレがまだ子供の時、ーーちょうどあなたたちの歳にはまだあったけどね」
「へい、そうですか」
ルリアたちの声は弾んだように聞こえた。
ーー美しかった地球。
ルバルトにとって今の地球はそうだったが、ルリア、クーカス、シーカ。--この三人にとって、今の地球はどう映っているだろう。
もうしばらく歩いて、ある枯れ木にじーと見つめているルリアたちに、ルバルトが声をかけた。
「地球に来たのは、初めてなのかい?」
「ええ、初めてです。ーーこれは何という木ですか?」
「これは……何だろ。桜か何かかな……ああ、桜っていうのは」
「知っているます」
桜かどうかわからない気の枝を折って、ルリアたちが再び前へ進み始めた。
「地球のことはアークでかぐや姉さんから色々教えてもらいましたので、知識としては知っています。--ただ実際に見るのは初めてですので」
「おーい! ルリア、シーカ。こっちに変な石があるぞ!」
進路から遠く離れたところから、クーカスが大声を上げた。
「クーカス、声っ! ーー早くルバルトさんを治療しないと、かぐや姉さんに怒られますよ!」
ルリアの話を聞いてビクっとビビったクーカスが素早く戻ってきて、それから寄り道せずにパルスたちが指した方向へ歩き続けた。
「ねえ、君」
ルリアとクーカスと違って、さっきからずっと黙っていた少年シーカに、ルバルトが声をかけた。
「君も地球は初めてかい?」
「……うん」
「どう?」
「……嫌いじゃない」
少し間を置いてシーカが答えた。
「私は好きです」
ルリアもすぐにこっちの会話に気づいて意見を述べた。
クーカスのほうは急に走り出して、大きくジャンプして振り向いて言う。
「まあ、方舟より広いからな」
枯れ木の森を潜り抜けたら、そこにまだ廃墟都市が乱れている。
「……7」と、廃墟に入ってすぐに、ここまで一言も発せなかったシーカが口を開いた。
その数字を聞いたクーカスがすぐに顔を引き締めて、ルリアが彼の手を引き留めた。
「戦闘は避けておきましょう。時間がもったいないです」
都市の中でも巨体なネズミが数匹うろうろしているが、それらに気づかれないように足音を殺して、シーカたちがアジトへ向かう。
「……そこから入れば大丈夫だ」
ルバルトが言ったそこに、石塊と瓦礫と鉄筋コンクリートが絶妙なバランスで支え合っている小さな丘があった。
中に入ると、ここは本来何かの建造物であることが簡単に想像できる。今でも崩れそうな階段を辿って、シーカたちが地下へ進む。
「そこがオレたちのアジトだ」
下への階段が絶えた。ここが最下層。大きな鉄の門が前に現れ、シーカたちは目的地についた。
鉄の大門の前に、隊員の一人がリズムよく叩く。すると、鉄の門の左側にある小さなドアが開いた。
「さあ、こちらへ」
20代に見える青年が迎えに来た。
四つ這いにして、青年は小さなドアから出た。そしてシーカたちの様子を確認してから、また同じ姿勢になって穴の中へ戻った。
ルバルトと二人の隊員も慣れた様子でその穴から入った。
「さあ、あなたたちも」
彼らの真似をして、ルリアたちもその小さな穴を通り抜けた。
そして、中にさっきの青年が佇んでルリアたちを待っていた。
「ようこそ、我々レジスタンスのアジトへ……ぼくはオートと言います」
案内してくれた、オートという青年の声に、元気の欠片も感じられなかった。
ルバルトはすでにこのアジトの人たちと知り合っているようだ。彼の姿が現れてから間もなく、数人の子供が寄ってきてルバルトを囲む。
「ルバルトさんは怪我をしているから遊んであげられないの。さあ、こっちにおいて」
一緒にやってきたのは、一人の茶髪の女性だった。ルリアたちに向かって笑って会釈してから子供たちの手を引いてどこかで行った。
灰色の壁、うす暗い照明。天井までは4メートルしかなかったこの狭い空間には、言葉では上手く説明できない重い空気を感じさせた。
まるで方舟に戻ったような気がしたぜとクーカスが口を尖らせた。
「彼らは、その……」
ルバルトがそう声を発すると、周りをきょろきょろするシーカ三人が初めて、今目の前に誰かが話していることに気づいた。
「あ、俺はクーカスだ」
「……シーカ」
「ルリアと言います。ーー私たちは方舟から来た特殊調査隊【パイオニア】。あなたたちの保護も任務に含まれていますので、よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします。--この日をずっと待っていました」
オートに三人がそれぞれ自己紹介してから、ルバルトと隊員たちの治療のためにオートが彼らを奥の部屋へ案内した。
5、6、7……ルバルトの治療をする部屋までの途中で、ルリアは見えた人数を数えていた。
「本当、少ないね」
口元に手を添えて、ルリアがシーカに小声で言う。
「……部屋にいる」とシーカが答えると、ルリアがまた「何人?」と。
「……34」
「やっぱり少ないですね」
「そりゃあそうだよ! あんな装備でアニモと戦うからーー痛っ!」
蹴られた足を抱えたクーカスの耳を引っ張って、ルリアが彼の耳元に小声で「声っ!」と注意した。
「ははは、いいさ」
オートが苦笑いをした。そしてシーカとルリアの装備に目を向け、笑顔を作って言う。
「俺たちにそんな装備を配っても意味ないから」
「……すみません」
ルリアがクーカスの頭を押さえて一緒に謝ると、ルバルトが痛みを堪えて口を挟む。
「俺たちは勝てるから戦っているわけじゃない。勝ちたいから戦っているのだ。戦い続ける限り、我々人類は負けていない」
失った右手の失血が済み、ルバルトはベッドに横たわっていたままオートに言う。
「それに今は彼らもいる。本当の戦いはこれからだ」
「ああ。そうだな」
しかし、オートは嬉しそうにとは言えない顔だった。それに気づいたように、ルバルトが口を開く。
「オート、どうした?」
「いや……大丈夫。君たちはゆっくり休んでください。このような怪我じゃあさっきの戦いはずいぶんときついものだろう」
肩から右へ真っ直ぐ伸ばすはずの腕が歪な形になっているルバルトを見て、オートが気を遣った言葉を言う。
しかし、そんな怪我を負った本人であるルバルトは少しも気にしなかったようだ。
「水臭いこと言うな。左手はまだ使える。--そういえばボルスは?」
ルバルトがボルスの名前を口にすると、オートが口を噤んだ。
「ボルスって?」
クーカスがそう訊くと、ルバルトがオートを見つめたまま答える。
「ボルスはここの長だ。--本来ならオートじゃなくてボルスが迎えにくるはずだが……オート、ボルスはどこだ?」
「ボルスは……」
「まさか!」
悪い予感しかしない話し方だった。
「ルバルトさん!」
数人の子供がドアを破って入ってきた。さっきの茶髪の女性も一緒だ。
「ルバルトさん! ボルス兄さんが、ボルス兄さんが捕まれた!」
「何!? どういうことだ!」
ルバルトがそう問い詰めると、子どもたちが泣きながら何かを喚いた。
「泣くな、ちゃんと説明してくれ。--大丈夫、俺が助けてやるから」
しかし、泣きながら話す子どもたちの言葉がうまく拾えなく、ルバルトは焦るばかりだった。
「サーシャ、子供たちを」
オートがそう言って、サーシャと呼ばれた女性は再び子供たちを連れ去った。
「オート! 説明しろ--またあの教祖という奴を探しに行ったのか? 救援が来るまで待ってくれと教えたはずだ!」
難色を顔に現し、オートが仕方なくボルスの行方をルバルトたちに説明した。
「それはわからない。でも今朝、ちょうどあなたたちが任務に出た直後だった。子どもたちがこっそり外へ遊びに行ったみたい……それを聞いたボルスは子供たちを探しに行ったが、子供たちが返ってきても、彼だけは今になっても帰ってこなかった」
「掴まれたのか……」
何に、とルバルトは言わなかった。
「それもまだわからない。道に迷ったのかもしれない……」
本当にそう思っているとは見えない顔で、オートが言った。
「……休んでいる場合じゃない」
「あなたは休んでいてください」
体を起こそうとするルバルトを押さえて、オートが言う。
「こんな怪我じゃあ行っても死ぬだけだ!」
「じゃあ俺たちが行こうぜ?」
クーカスがそう言うと、ルバルトとオートは争いを止めた。
「いいえ、君たちも疲れたのでしょう。--それに人類最後の希望まで失ったら、今度こそ我々人類は」
「嘗められたものだな」
身体を動かして、カチカチと指を鳴らす。クーカスがルリアに目を向ける。
「いいよな? 次の作戦指示はまだ来てないし」
ルリアは下ろした装備をまた装着して答える。
「いいよ。初めての地球だからまだ色々見てみたい。--シーカも行く?」
シーカは剣を抜いて、刃の調子を見てから、剣を鞘に戻して頷いた。
「……そのために来た」
ドアを開けて、クーカス真っ先に部屋から出た。
「本当にすみません……本当に、ありがとう」
オートの感謝に、ルリアは笑顔で、「ここから方舟と繋がりますか?」と返した。
「小型の電波発生装置はありますが、試したことがないので……」
するとルリアが背負っている黒いボックスにあるボタンを押した。
しぃんと音がして、ボックスから一つ、小さなモニターがついているキーボードがちょうど彼女の左手のところまで伸びてきた。
何か操作を行って、しばらく経つと、シーカたちが耳に付けている受信機からノイズ音が流れ出す。
『こちら方舟。--状況の報告をお願いします』
『こちらルリア。ルバルトさんを無事アジトに送りましたーーこの辺に生息するアニモのデータをこちらに送ってもらえますか』
『わかりました。--アジト周辺のアニモデータを送ります』
キーボードの上にある小さなモニターにデータと思われるものが映り出した。
送られたデータにルリアが目を通す。
「えーど、ゴリラにネズミ……それと犬、か。ーー視力は悪いが、それ以外の器官で周りを認識できる、と……」
「あまりデータに頼り過ぎないほうがいい」
オートがデータに没頭しているルリアに注意した。
「今の動物たちは、昔とは違うのだから……」
「わかりました。ありがとうございます」
パソコンを閉まって、ルリアがマイクに声を入れる。
「こちら【パイオニア】ーー今からボルスの救助に向かいます」