35 ー 弱点
「うぅぅん、シーカこれ見て、あってる?」
「すまほ」という小さな板に指で線を引き、何かを書いていたルリアはそれをシーカに見せる。
「……うん、大体はこんな」
シーカは画面に一瞥して、すぐに目線を周りへ配った。
鼻に突く悪臭。このゴミ山は彼らのパラダイスと言わんばかりに、ぶんぶんと翅を鳴らす昆虫。時々数匹が二人のところによってくると、片手で鼻を摘むルリアはスマホを持っている手で虫どもを払い、「ボックス」に張り付く虫は「ふぅ! ふぅ!」と吐息で吹き飛ばそうとしている。
「……でも、細部もあったほうがいい。この町はそう大きくないが、巷や地下通路が多い。」
スマホにあるボタンを押し、背後にある真ん丸い部位から、さっきルリアが書いた「万種の町」の全体図が地面に投影された。
「私も細部を撮ろうとしたが、これ以上高度を落とすと撃ち落とされるの」
言いながらルリアは空に飛んでいる「トーロン」という、彼女の「ボックス」の縮小版のような機械を回収した。
回収されたのは3機、1機は今言ったように撃ち落とされた。
「これが限界ね」
ならば仕方がないとシーカが言って、二人は地面に投影された地図に注目した。
「このドムのような場所が、ボス犬と戦った例の場所……」
何を始めようと、まずは自分たちが今いる場所を知らないと、とルリアは作戦を練る前にシーカと「万種の町」の見取り図を作った。
ルリアは、「万種の町」は大きなは長方形だと言った。彼女が突破した城門はこの町をそのような形に囲んでいる。
見取り図にも書いたように、まずはこの町で一番大きな建物はといえば、ボス犬がいるドム。長方形の未自害便宜上ルリアはそれを「王室」と名付けた。ドム全体が長方形の片方の短辺になっている。そして崖の上に座した王室の背後は、一面の海だ。
次に、一本の真っ直ぐな線が王室から向こうの短辺まで続いた。今はまだ修復作業中だが、そこが「万種の町」の城門だ。ルリアはこの線を「ロード」と名付ける。「大通り」そのままだ。
「ロードがこの町を二分して、右側はクーカスたちがいる『住民区』。地上にはアニモたちの場所で、人類は地下に住んでいる……」
寝処、食料倉庫、交流用の広場……住民区と言われる区域はシーカもよく知っている。「肉の調達」のためにシーカはよくここにくるのだ。
ただ彼が知らないのは、地下に人類が住んでいるということだった。道理で今までクーカスと合わなかったと内心で少し納得するように、シーカは頷いた。
「そして左側は、わたしたちが今いる場所……そうね、『ゴミ山』とでも呼ぼうかな」
「……『キッチン』だ」
「え? こんなキッチン嫌ですけど」
うっかり「ボックス」に留まった虫を潰してしまったルリアは、嫌悪な顔をしながら、袖で虫の残骸と血を拭き取ろうとゴシゴシしている。
「……サンスさんたちはそう呼んでいる」
「あっそ。……別にいいけど」
作戦に名称はあくまでも便宜のためにあるもので、今までは「Aポイント」とか、「エリアC」とかで済ましていた。
「で? ここまで何か質問ある?」
見取り図を眺め、ルリアが言ったことを思い返す。
「……今回の任務は、まず人間の安全を確保しなければならない。よほどのことがなければ、アニモたちはキッチンによってこない。だからまずは住民区の人間たちをこちらへ移動する必要がある」
そういってシーカが眉に皺を寄せた。住民区とロードを指で指して、しばらくの沈黙を経て口を開く。
「……住民区の地下はキッチンと繋がっていない。ここに来るためには、住民区の地上、そしてロードを横切る必要がある。ーーだがキッチンと違って、そちらはアニモがたくさんいる。とくにロードでは、イヌ型の警備が24時間見回っている上、私たちの知らない相手もいる」
地球に来て以来、ルリアたちは多くのアニモを見た。
ネズミ型、ゴリラ型、イヌ型……
そして数回「万種の町」で戦って、逃げ回ったルリアとシーカは初めて知った。ここが「万種の町」と呼ばれる理由。
「そうね、データにないやつも前に見たことがある。ーーわたしたちがイヌ型に追い回されている時はただそこで見ている。原因はまだわからないが、わたしたちの味方という可能性はまずないと思う」
「……私もそう思う。でも、このままでは手出しできない」
できるだけ被害を抑えたい、というのはルリアたちの方針だ。でも、ロードでの戦闘が避けられない以上、被害はどうしても出てしまう。
この町では人間をペットとして飼っているアニモが多い。昼間のロードでは「散歩」と言って住民区の人類がほとんど集まっているのだ。
かと言って夜にそれを実行しても逆に不利。ルリアのデータベースによると、イヌ型アニモは人類と違って、視力への依存度が低い。たとえ昼間より敵の数が少ないとしても、交戦になると確実にこちらのほうが不利。
「そこは、発想を逆転するのです」
「……ルリア、状況をわかっていると思うが」
一刻も早く作戦を実行し、皆を助けないといけない状況なのに、ルリアはまるでゲームを楽しむように見える。
「……今私たちがこうやっている時でも、サンスさんたちが危険に晒している」
「いいから。シーカならできる!」
やや不機嫌になるように、シーカはため息を吐く。
この町は城壁で囲まれている以上、外から迂回することはできない。地下も繋がっていない。地下通路を掘る手段もない。ルリアの「ボックス」が一つだけということで皆を連れて空を飛ぶことも考えられない。
通路は一つ、そしてロードを通ることは必須。
たとえ小人数ずつ、夜でシーカが同行する形でキッチンへ移動する方法でやるとしても、翌日にアニモが自分のペットがいないことい気づけば、ほかの人間にその怒りが向くことになる。
「……戦闘は、避けられない」
シーカは頭を横に振った。
戦闘が避けられない以上、被害も当然出るのだ。
だったら次に考えるべきことは、誰を救うか、そして誰を切り捨てるか、だ。
「しょうがないな、そう難しいことでもないのに」
失望した顔でルリアは軽くシーカの肩をぽんと叩く。
「住民区から人間たちをキッチンに移動させるのではなく、キッチンにいる人間たちを、住民区に移動させればいいんだよ」
「……どういうこと?」
「住民区の人間はアニモに飼われたでしょう。逆にいうと、ここの人たちはそうではない」
キッチンにいる人たちは、シーカやサンスたちのように、アニモに歯向かう者たちだ。
「それを降参という形でそちらへ移動する。まあ、命だけは保証されるはずだよ」
シーカの目を見つめ、ルリアが続ける。
「脱走作戦において速度と時間が命でね。皆一塊りになったほうが、行動しやすいでしょう。まずは住民区で皆を集合させれば、人質を取られることはなくなる。あとは私とあなたが暴れる間に、クーカスに皆を外へ連れて行けばいい。ーーで」
言い終わって、ルリアは話をシーカに振る。
「以前のシーカなら、ここまでは思いづいたはずよ」
「……」
「冷静さを失うなんて、シーカらしくないよ」
「……ごめん」
「いいのいいの」
ひょい! っとボックスから降りる。ルリアはスマホのボタンを押し、見取り図の投影が瞬時に消えた。
「サンスさんたちのことが心配なのはわかるよ。でも、こんな時こそ冷静でいなきゃダメだと思う。わたしが練った計画はあくまでも計画、いざという時は、いつも通りシーカの判断に任せるつもりだからね。ーー頼りにしているよ!」
「……ああ」
腰にかけている包丁に手をやり、シーカは王室へ視線を飛ばす。
「いつもの顔に戻ったね、こうでなくちゃ!」
降参といっても、誰の下につくかも考えないといけない。ルリアが真っ先に思いづくはのクーカスと黄老師たちを管理しているアニモ、「赤毛ザンオ」と呼ばれた個体。
人間同士が殺しあうことを「ショー」にする「赤毛のザンオ」は、少なくとも急に「肉」として食べられることはない。
でも彼がシーカに殺されている今では、彼らは新な「バトルショー」の管理者に賭けるしかならない。
「確かクーカスの話によると、彼らを所有するアニモは人間を食べないって?」
「……人間を食べないアニモはこの町にはいない。彼は地下牢の人を食べないだけ、ーークーカスが勝ち続けている間は、という話らしい」
じゃあアイツと話をしてみるか、とルリアが言って、前へ一歩踏み出した。
「よし、行こう」
「……ああ」
シーカも彼女の後ろへついて行った。
が、その時。
「そのプランだと、皆死ぬね、くふふ」
思わず包丁を抜き出し、薄気味悪い笑い声がする方へ斬り出そうとするシーカ。
「……ザラさん?!」
ルリアたちがさっき会議しているすぐ隣の場所に、彼女は虫の息を必死に保っている。
「……ごめん、気づけなかった」
綺麗な黒髪が乱れる。滴る血はもうすっかり黒くなっていた。
彼女を抱き上げると、左腕があるはずの場所には何もなかった。
「シーカ、君は瀕死の物の気配は気づけないよう、だな……ケホッ! ーー弱点、ね。気をづけよ、ね」
「……もう話すな。すぐ治療する。ーールリア」
「はい!」
すぐに「ボックス」から救急箱を出して、二人はザラさんを横に寝かして怪我を治療を始めた。
「そして、あなた、たちの弱点はもう一つ、ある」
「……もういい。話を後だ」
「止血しますね!」
「私に、近くな!」
消毒剤と包帯を持って近づけようとするルリアに、ザラは止めた。
「触れちゃ、ダメ……」
だんだん弱くなっていくザラ。
シーカはルリアから包帯をもらった。
「……ザラさんは、その、ちょっと特殊な体質だ。ーー素手で彼女の血に触れたら中毒する」
「あ、そういうことね! わたし、嫌われたと思った……」
気まずそうに笑顔を作るルリアに、ザラは細い声で言う。
「ごめん、ね……でも、ここでは、そういう人間も、いる」
その言葉を残して、ザラは目を閉じた。




