第九話
「ラングリーフが、任務を放棄して帰ってきただと?」
最初にその報を受けたマイロは、険しい顔をしながら王宮別館の特務部隊詰め所へと向かった。
ユーゴ暗殺の命令が出されて3日。あまりにも早すぎる帰還だった。
特務部隊詰め所は本部より少し離れた別室にある。会議室のような殺風景な部屋に入ると、中にはラングリーフとロディ、それに見知らぬ少年がいた。
他に人はいない。
「どういうつもりだ、ラングリーフ」
マイロは部屋に入るなり言った。
「貴様の任務はユーゴの暗殺だろう。そいつの首はどうした。なぜ、そのような汚らわしい少年を連れているのだ」
「ユーゴの暗殺は、無理だと判断しました。この少年は、ライラックの町で偶然見かけた少年です。身寄りもなく、住む家もないようなので、私が保護して連れて帰りました」
「保護だと?」
バカな、とマイロは思った。
特務部隊補佐官の立場でありながら、任務を放棄し見ず知らずの子供を連れて帰るなど前代未聞である。
「何を考えておるのだ、貴様は!! ユーゴ暗殺は大臣命令なのだぞ」
顔を紅潮させて怒鳴るマイロに、ラングリーフは冷静だった。
「承知しております。ですが、聖剣の担い手ユーゴと相対してわかりました。彼は殺せません。たとえ一個中隊を率いても難しいでしょう」
「相対した? もしかして見つけたのか、奴を!!」
「はい、ライラックの町で」
衝撃的だった。
ラングリーフは、伝説ともいえるガイラスの勇者ユーゴを探し出したのだ。
仮に、それが偶然だとしてもこの短時間で見つけられるとは思っていなかった。
「しかし、それならばなぜ任務を全うしない。勝てないからといって逃げ帰ってくるのは軍法会議ものだぞ」
マイロは睨み付けながら言った。彼の言い分ももっともである。
特務部隊は、たとえ死んでも任務をやり遂げねばならない。それが、彼らの存在意義なのだ。特務部隊のエリートとはいえ、敵前逃亡は許されざる失態だった。
「覚悟の上です」
ラングリーフはあくまで冷静だった。
「ラングリーフさん!?」
「なになに? どうなってるの!?」
ロディも、その隣にいる少年も、初耳だとばかりに驚きの声を上げる。
まさか、そのような処遇が待っているなどとは思ってもいなかったのである。
「大丈夫よ、二人とも」
ラングリーフは、安心させるように言った。軍法会議とはいえ、誰かを死に至らしめたわけでもないし、国に被害を与えたわけでもない。処罰は免れないだろうが、重い刑罰にはならないはずだ。もっとも、特務部隊補佐官の地位は解かれるかもしれないが。
「それよりも」と、ラングリーフは続けた。
「やっぱり腑に落ちません。なぜ、ライラックの町にガナフ殿下直属の精鋭部隊がいたのか」
「なにを…」
言っておるのだ、と言おうとしていたマイロの言葉を遮って、ラングリーフは続けた。
「ユーゴは彼らを殲滅してました。それは事実のようです。彼自身が証言しました」
「やはりそうか」
思った通りだ、とマイロは頷く。
「ですが、なぜユーゴは彼らを殲滅したのでしょう。それがどうしても納得できません」
「それは前にも述べたろう。あの町には不穏な空気が流れていると。反乱の兆しがあったのだ。彼らはその調査に向かっていた。ユーゴはそれに気づき彼らを襲ったのだろう。これで決まりだな。やつは反逆者だ」
「ただ、それについてここにいるマースに聞きました。この子は、ライラックの町が壊滅したあとも5年間、あの町で過ごしてきました。しかし、反乱を起こそうなどという動きは一切なかったと言っています」
マイロは、ロディの隣で隠れるように立つ薄汚れた少年に目を向けた。
強靭な肉体と強面のマイロに怯えながらも、その瞳は王政に対する不満でいっぱいの目をしていた。
ふ、とマイロの口に笑みが浮かぶ。
「ラングリーフともあろう者が、こんな子供の言い分を真に受けるのか」
「言い分?」
「犯罪者が被害者のフリをするのは、よくあることだろう」
(被害者のフリ?)
ラングリーフは眉を寄せた。
よくはわからないが、強烈な違和感を感じたのだ。
なぜ、ここで“被害者のフリ”という言葉が出てくるのか。
確かに彼らは魔物によって住む家を奪われ、家族を失い、絶望の中で国からも見捨てられた。それはフリでもなんでもない。明らかな被害者である。
それなのに“被害者のフリ”というのはなんなのか。
ラングリーフはこの言葉の真意を考えた。
頭をフル回転させてマイロの今までの発言を汲み取る。
そして、一つの仮説が生まれた。
「隊長、もしかして彼らはライラックの町でここ最近、ガナフ殿下直属の部隊から何かしらの被害を受けていたのですか?」
ピタッとマイロは笑みを止めた。
「何を言っている」
「被害者のフリ、ということは、何か被害を受けていたということですよね。でなければ、そんな言葉は出てきません。ライラックの町は王から見捨てられ、良くも悪くも誰からも干渉を受けておりません。彼らが被害を受けるとしたら、秘密裏に動く私たち特務部隊か、ガナフ殿下直属の部隊に限ります」
「ガナフ殿下直属の部隊が、あの町で秘密裏に彼らに危害を加えていたと?」
「そう考えると、つじつまが合います。ユーゴは町の人々を救うために、ガナフ殿下直属の精鋭部隊を殲滅したのではないでしょうか」
ギロリ、とラングリーフを睨み付けるマイロの顔は険しかった。
「実際、ここにいるマースは妹が彼らに連れ去られ、ユーゴによって救い出されています。残念ながら、すでに亡くなっておりましたが」
キュウっとロディの隣にいるマースの拳に力が入る。
「ユーゴは反旗を翻らせる気はありません。被害にあっている人々を救おうとしていただけなのではありませんか?」
「バカげた推論だな。その証拠はどこにある」
「証拠はありません。ただ、魔王を倒した英雄ユーゴが理由もなく軍に剣を向けるとは思えません」
「そうか、わかった」とマイロはつぶやいた。
「ラングリーフ、貴様はユーゴとつながっておるな。きゃつの手先となって、この国を内側から潰そうと考えておるのであろう」
「は?」
ラングリーフは耳を疑った。
何を言い出すのだ、この男は。
あまりにもバカげた言動に笑い飛ばそうと思ったラングリーフだったが、次の瞬間、その首筋には剣の切っ先が突き付けられていた。
特務部隊隊長マイロの剣さばきは、一流である。
正規の騎士数名を相手にしても一瞬にして倒してしまうほどの実力を持っている。もちろん、ラングリーフでさえ本気になったこの男にはかなわない。
「動くな、この売国奴が」
マイロの声は、もはや隊長のそれではなかった。
「隊長……」
「裏切り者はこの場で始末してもよいが、それでは貴様を信奉する宮内の兵士どもが納得せんだろう。規定通り軍事裁判にかけ、しかるべき処置をくだす。覚悟するのだな」
一瞬の出来事に、ロディとマースが目を見開いて固まっている。
いったい、目の前で何が起きているのか。
「ロディ」
そんな彼に、マイロは声をかけた。
「は、はっ!!」
「こいつを拘束して牢に入れておけ。ついでに、その薄汚いガキもな」
「ラングリーフさんを、ですか?」
一瞬、戸惑いの色を浮かべる。
マイロは有無を言わさぬよう、畳み掛けるように言った。
「できなければ、貴様も牢屋行きだ。この女の共謀者として軍事裁判にかけてやる」
「わ、わかりました!!」
ロディは慌てふためきながら、茫然と佇むラングリーフの腕を縄で縛った。
(まさか、こんなことになるなんて……)
ラングリーフの腕を縛り付けながら、ロディは目の前が真っ暗になる不安を覚えていた。




