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第八話

「ユーゴ……本当に……」


 ラングリーフの目に映った青年は、夢の中にまで出てきた見た光の剣士と同じ顔をしていた。5年という歳月で多少は大人びた雰囲気を放ってはいたものの、違っていたのはその表情だけであった。

 凛と整った眉に、鋭く光る眼光。

 忘れもしないあの顔だ。


「あれが、聖剣の担い手ユーゴ?」


 彼女の言葉に、マースの身体を抑えていたロディが驚きの声を上げる。

 魔王を倒した伝説の勇者。

 架空の人物とまで噂された英雄の名前が耳に突き刺さる。


 しかし、ロディの目に映るのはどう見ても普通の人間だった。

 きれいに整った眉や鋭く光を放つ眼光以外は、町民に紛れ込んでもわからないのではないかというほど平凡な顔をしている。

 おそらく、彼女がその名を呼ばなければ、気づかなかったであろう。

 だが、ラングリーフの驚き方は異常だった。

 あれが、彼女が追い求めていたユーゴの姿なのか。


「お前たちは誰だ」


 男は、低い声で尋ねた。

 顔つきは穏やかだが、付け入る隙がないほど不気味なオーラを放っている。


「私を覚えていますか!? ラシャの町で魔物に襲われそうになっているところを助けてくれた……」

「覚えていない」


 男はつぶやくように答えた。

 一瞬ラングリーフは怯むも、続ける。


「あなたが覚えていなくとも、私が覚えています。あなたは、私の前に颯爽と現れて魔物の大群をたった一人で追い払ってくれた。その、光り輝く剣とともに」

「これか」


 男は手にする剣に目を向けた。靄がかかったような不思議な光を発している。


「私はラングリーフと言います。王宮の特務部隊に入り、ずっとあなたを探してました」

「王宮の?」


 男が初めて表情を変えた。

 嫌悪感を現すような顔でラングリーフを見つめる。


「一言、あの時のお礼が言いたかった……。ありがとう、あなたは命の恩人です」

「覚えてないと言っている」


 男が去ろうとするのを、ラングリーフは呼び止めた。


「待って!!」

「まだオレに用か」

「教えて。あなたは本当に、魔王を倒した聖剣の担い手ユーゴなの?」

「……」


 男は答えなかった。無言でラングリーフの目を見つめている。その真意を探るかのような目つきに、ラングリーフは全身から汗が噴き出してきた。


「そうだ、と言ったらどうするんだ?」


 しばらくしてから、男は口を開いた。表情は相変わらず冷たいままだ。

 ラングリーフは汗を滴らせながら言った。


「……国からあなたへの暗殺指令が出ています。この町で謀反を企てていると。本当ですか?」

「……」


 彼は無言だった。

 空気が歪むかのような異様な緊張感があたりに包まれている。

 ロディもマースも声が出ない。

 そして、その緊張感を破ったのはユーゴだった。


「謀反を企てたつもりはない。が、王国軍の奴らをこの手にかけたのは事実だ」


 ラングリーフは、地面が崩れ落ちるかのような錯覚を覚えた。

 最も危惧していたことが、本人の口から語られた。

 何人たりとも、王国の兵士に危害をくわえてはならないことは子供でも知っている。

 この言葉だけで、彼女がユーゴを殺すには十分な動機であった。


「……残念です。あなたを殺さないといけないなんて。恩を仇で返すことになりますが、仕方ありません」


 彼女は懐に手を差し入れるとナイフを握った。

 今度は牽制などではない。本気で頭を狙うつもりだった。


「ラングリーフさん」


 ロディが不安そうな顔を向ける。彼に抑え込まれているマースも、状況が理解できずにただ見つめるだけであった。

 対するユーゴは、微動だにしない。腕をだらりと下げ、静かにラングリーフを見つめている。


「剣を構えてください!! 本気ですよ」


 ラングリーフは叫ぶように言った。いくら暗殺の対象とはいえ、無抵抗の相手を殺したくはなかった。


「やりたければ、やればいい」


 ユーゴがそれに答える。あくまで剣を構える気はないようだ。


「本気ですよ……」


 悲しげな表情を見せながらラングリーフがもう一度言った。

 すでに、ナイフが投げられる体制に入っている。今度は3本同時、しかも別々の急所を狙っていた。剣で叩き落とすどころか、避けることさえ至難の業だろう。しかも、彼女はさらに4本めのナイフも用意している。これで仕留められなかった相手はいない。


(せめて、敵意さえ向けてくれていたら……)


 そう思わずにはいられなかった。

 悲しみの表情を浮かべながら、ラングリーフは懐に入れた手からナイフを抜き出した。


「──ッ!?」


 瞬間、彼女の動きがまるで金縛りにあったかのように止まった。

 目の前のユーゴが突如放った殺気に、身動き一つ取れなくなったのだ。

 彼は、別段動いた様子はない。

 しかし、すべてを射抜くような目が、ラングリーフを突き刺した。


(こ、殺される……!?)


 その思いが、彼女の全身を駆け巡る。

 それは、彼女の野性的な本能とずば抜けた反射神経のなせる業であったろう。

 ナイフを投げる寸前で、彼女はその強烈な殺気を感じ取り動きを中断させた。

 並の人間であったならば、動きを止める前にナイフを投げてしまっている。そして、それはすなわち自身の死を意味していた。

 動きを止めたラングリーフは直感的に感じた。


「レ、レベルが違いすぎる……」


 特務部隊のエリートである彼女だからこそわかる実力の違い。

 仮に何十本ものナイフを投げたところで、無駄だろう。

 ラングリーフは戦わずして負けを認めた。いや、勝ち負け以前の問題であった。勝負にすらなっていない。


「……命拾いしたな」


 ユーゴは、殺気を解くとそう言って去って行った。

 それは、どこか寂しげな後ろ姿であった。


     ※


 陽が傾きかけていた。

 ラングリーフとロディは、マースを伴ってライラックの町から少し離れた丘の上にミーナを埋葬し、墓標を立ててあげた。木を組み合わせた簡単なものであったが、それでも何もないよりはマシである。

 3人は目を瞑り、祈りを捧げた。

 王宮の人間がライラックの町の住民の冥福を祈るのは初めてといっていいだろう。

 妹の死に打ちひしがれていたマースにとって、それは救われる思いだった。


 今になって思えば、ユーゴは兵士たちからミーナを取り戻してくれたのだとわかった。

 たとえ、すでに死んでいたとしても家族の元へ返してあげたい。そう思って、町をさまよっていたに違いない。

 マースは、彼に憎しみの目を向けたことを後悔していた。

 もう一度会えるなら、お礼を言いたい。そう思っていた。


「……ラングリーフさん、これからどうするんです?」


 ロディが隣で目を瞑るラングリーフに尋ねた。

 大臣からの命令はユーゴ暗殺である。

 しかし、それは実質無理であることがわかった。彼を殺すことなど、ラングリーフにはできない。いや、この国の誰もができないだろう。それほど圧倒的な力の差を感じた。


「ありのままを報告するわ。彼には、誰も手出しができないってね」

「このマースはどうします?」


 妹の墓標の前で悲しげな表情を見せる真っ黒に汚れた少年。

 ラングリーフはしゃがみこみ、彼の目を見て言った。


「ウチにくる?」


 その言葉に、ロディだけでなくマースも驚いた顔を向ける。


「ラングリーフさん、まさかその子……」

「このまま放っておくわけにもいかないし。しばらくはウチで預かるわ」

「連れて帰るって言うんですか!? 王宮の連中になんて言われるか……」

「うるさいわね」


 ロディに睨みをきかせたラングリーフは、マースの目を正面から見つめて聞いた。


「どうする? もちろん強制じゃないけど、あなたさえよければ歓迎するわよ」


 マースは彼女の申し出に耳を疑いながらも

「いいのか?」

と尋ねた。


「ええ」


 ラングリーフの微笑みにマースはこくりと頷き、彼女の身体に顔をうずめた。

 そんな様子に、ロディも肩をすかして笑みを浮かべた。

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