第二話
「彼は実在するんですか?」
ロディは大臣の印が押されたユーゴ暗殺指令書から顔を上げてラングリーフに尋ねた。
いまだかつて、国から正式にユーゴについてのお触れが出たことはない。
「実在するから、国からの暗殺命令が出ているんでしょう?」
答えた彼女の顔は険しかった。
聖剣の担い手ユーゴがいると国が認めた喜びよりも、彼の暗殺命令を出した大臣への怒りのほうがはるかに強い。
長年、追い求めていた彼の姿が、こんな形で具現化するとは思いもよらなかった。
「罪状はなんなんです?」
ロディは懐疑的な目を向けながら尋ねた。
勇者ユーゴの暗殺。
その肝心の理由が、彼の持っている紙には書かれていない。
「そんなの知らないわよ!!」
ラングリーフは怒鳴るように言った。
特務部隊の任務において、理由はそれほど重要ではない。国の上層部の決定を執行する彼らにとって、それはよくわかっていた。
たとえ冤罪であっても、大臣クラスともなればそれらしき罪状を作ることは簡単なのである。
「理由なんて、相手が死んだあとでいつでもでっち上げられるもの」
「そんな……」
憤慨しているラングリーフに怯えながら、ロディはこの国の深い闇の部分を見た気がした。
「とにかく、国からのお達しですから無視するわけには……」
オドオドと進言する彼の言葉に、ラングリーフはハッとした。
「そうだわ!! なんで今になってこんな命令が出されたのか、調べなくちゃ。ロディ、隊長のところに戻るわよ」
「ええ!? 王宮に戻るんですか!?」
ラングリーフはいそいそと資料室に散らばった資料をかき集めると、乱暴に棚に突っ込んだ。
「ちょっと、大事な資料なんですからもう少し丁寧に……」
ロディの声などまるで聞こえないかのようにラングリーフはそのまま荷物をまとめると資料室をあとにした。
「ま、待ってくださいよ」
彼女が突っ込んだ資料をきれいに並べ直そうとしていたロディが、慌ててその後を追った。
※
陽が傾きかけていた。
大きな影が複数、廃墟と化したライラックの町に伸びている。
ひとつの集団が、荒れ果てた瓦礫の道を歩いていた。
その先頭に立つのが、ボロ衣をまとった少女だった。
首に鎖を巻かれ、素足を引きずりながら歩いている。
後ろには、十数人の兵士たちが後を追うようについていた。
「もっと早く歩かんか!!」
イライラしながら、兵の一人が鞭をふるった。
ビシッと少女の背中に革製の鞭が食い込む。
「痛っ」
少女は顔を歪ませた。
弾みで、背中のボロ衣から血がにじみ出ている。
何度も叩かれたのだろう。
すでにその跡がいくつも見てとれた。
少女は怯えながら歩を速めた。
「チッ、なんでこんな小娘しか見つからなかったのだ」
鞭を手にする兵は舌打ちしながら、後ろを歩く部下を睨み付けた。
「いやあ、他の連中は思ったよりも逃げ足が速くて……。このガキだけ捕まえるのが精いっぱいだったもので」
「こんなトロくさい小娘に案内されるぐらいなら、自分たちで探した方が早いわ!!」
彼らは、この町で3日前に消息を絶った部隊の捜索に来ていた。
王位継承権第一位のガナフ王子。
そんな彼が直接指揮をとる直属の精鋭部隊がこの町に来て行方知れずとなったことで、宮中ではある噂で持ちきりとなっていた。
「王座を奪われると恐れてこの国から追放した聖剣の担い手ユーゴが報復にきたのではないか」と。
あまり事を公にしたくないガナフは、密かに捜索隊を派遣していた。
いずれも、手練れである。
彼らはガナフから任務を言い渡されたその日のうちに、ライラックの町に到着し捜索を開始していた。
しかし、かつて貿易で栄えていたこの町は限りなく広い。
一つの地区だけで小さな村ほどの大きさがある。
彼らは住人を捕まえ、人が多く隠れ住んでいるところまで案内してもらおうと考えていた。
行方不明となった部隊がここで何をしようとしていたかは、すでに聞かされている。
であるならば、まずは貧民たちが多く隠れ住む場所に行けば何か手がかりがつかめるはずだ。
少女の案内のもと、彼らは進んだ。
だが、幼い上にひもじい思いをしている少女には訓練された兵たちと同じ速度で歩くことはできなかった。何より、足の裏がすれて思うように動けない。
「隊長、このままでは陽が暮れてしまいます。急ぎませんと……」
鞭を持つ兵の後ろから、部下が声をかけた。
「夜ともなれば、廃墟と化したこの町は暗闇に包まれて身動きがとれません」
「わかっておるわ」
隊長は頷くと、忌々しそうに前を歩く少女を見つめた。
今にも手にする鞭を剣に切り替えて殺してやりたい気分だった。
だいたい、こんな衰弱しきった小娘しか捕まえることのできなかった部下たちにも腹が立つ。
「さっさと歩かんか!!」
隊長はイライラをぶつけるように前を歩く少女に鞭を浴びせた。
「あ!!」
少女がその弾みで倒れ込む。すでに顔色がかなり悪い。
「本当にムカつくガキだ!! 何を倒れておるか、さっさと立て!!」
「隊長、こいつ、死にそうっすよ。ガタガタ震えてるし」
「死にそうだあ?死ぬならとっとと死ね!!」
さらに鞭を振るおうとした瞬間、その鞭を持つ腕が宙を舞った。
「……あ?」
隊長は、何が起こったのかわからない顔をしながら、宙を舞っている自分の右腕を見上げていた。
部下たちも、それが自分たちの隊長の腕だとわかるのに時間を要した。
「な、なんだ?」
ドサッと切断された右腕が地面に落ちる。
それを認識した瞬間、隊長が叫んだ。
「はわああぁぁ──っ!!」
血しぶきを上げる腕を抑えながら悶絶した。
部下たちが、青ざめた表情で何が起きたのかと目を見張る。
気が付けば、鎖でつながれていたはずの少女がいない。
彼らの前方、数メートル手前に突如現れた謎の青年の腕に抱きかかえられていた。
赤いマントを羽織った青年だった。
青い衣に白いズボン。腰には革のベルトを巻いている。
そして、その手には光り輝く剣を携えていた。
「……だれ?」
少女はうつろな表情で自分を抱えている青年を見上げた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
優しげな黒い瞳をしていた。
包み込むような、温かな表情だった。
「ゆっくりおやすみ」
「……うん」
少女はその顔を見ると、安心しきったかのように微笑んだ。
そして、目を閉じると彼の腕の中で静かに息絶えた。
「……」
青年が、少女の亡骸を抱えながらうつむく。
少女の死を悼んでいるかのようだった。
「て、てめえ……!! よくも隊長の腕を」
涙を流しながら涎を垂らして悶絶している隊長の脇をすり抜け、兵士たちが青年を取り囲んだ。
殺気をはらんだ顔で剣を抜いている。
青年は少女に見せた優しげな顔とは打って変わって、激しい殺意のこもった眼で彼らを睨み付けた。
事切れた少女をゆっくりと地面に寝かすと、光り輝く剣を向けた。
すさまじい殺気が辺りに巻き起こる。
兵士たちは一斉にビクッと肩を震わせた。
「な………」
一歩も動けないほど強烈な殺気だった。
あまりの凄まじさに、腰を抜かす者もいるほどだ。
何が起きているのかわからないまま、彼らは足をすくませた。
「今度は、あんたらがこの子に道案内をしてやるんだな。あの世へとな」
瞬間、青年の振るう剣が兵士たちの身体を寸断した。
「が……」
まるで紙切れのように、彼らの身体が切り裂かれる。
着ている甲冑など意味もなさないほどの切れ味だった。
「ひっ!?」
切断された仲間たちの姿を見て、残った兵たちが怯えた。
なんだ、この男は──。
いまだかつて感じたことのない恐怖だった。
足がすくんで、一歩も動けない。
抵抗する間もなく、彼らは突如現れた謎の青年によってたちまち倒されていった。
それは、数秒とかからなかった。
十数人いた手練れの兵士が、あっという間に全員たたき斬られたのである。
あとに残されたのは斬られた腕を押さえつける隊長だけであった。
「ひいぃぃ、ひいぃぃ……」
彼は涎を垂らしながら、驚愕の表情で青年を見つめていた。
「だ、だ、だ、誰だ、貴様ぁ、い、いったい……」
あまりの恐ろしさと腕の激痛に、頭が混乱している。
腰を地面に落としながら、じりじりと後ずさっていく。
青年は剣を携えながらゆっくりと近づいて行った。
「悪党に名乗る名なんてないな」
言いながら、光り輝く剣を向ける。
その姿に、汗と涎でぐちゃぐちゃになった顔をした彼はふと気が付いた。
「そ、その剣は……ま、まさか、お前は──」
その言葉は最後まで続かなかった。
青年の振るった剣が、隊長の首をはねたからだ。
まるでボール球のように地面を転がっていく彼の頭を見ながら、青年はつぶやいた。
「あんたに名前を呼ばれる筋合いはない」
青年は剣をしまうと、少女とともに姿を消した。
あとに残されたのは、夕日とともに血で真っ赤に染まった兵士たちの屍だけであった。




