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第一話

 軍事大国ガイラス──。


 特化した軍需産業の発展により、その経済力・軍事力は世界トップレベルであり、主要五か国の中でも常に上位に位置する巨大大国である。

 中でも、5年前に国王ダラス13世の立案した「魔王討伐隊編成案」によって世界はガイラス王国を中心に動くようになった。


 東のアルスタイト王国からはライトニング・クレア。

 西のノア王国からは神聖ノアの守り手ソラリス。

 南の旧グラン王国からは魔神殺しのゼノ。

 北の水の国ピュアラからは聖女シルビア。


 そして、中央に位置するここガイラスからは聖剣の担い手ユーゴが選出された。


 この巨大大国同様、彼もまた5人の中で中心的役割を担っていた。

 とはいえ、彼に関する公式記録はほとんど残されていない。どこから来て、そしてどこへ行ったのか。誰も知らなかった。


 魔王が倒されて5年。


 その名前だけがひっそりと人々の記憶に残るだけである。



「こんなところにいたんですか、ラングリーフさん」


 王都にある警備隊詰め所の資料室に、二人の男女がいた。

 一人は戦士風の男。

 ざっくばらんな髪の毛を無造作に伸ばし、額に当てたバンダナで少し上げている。褐色の肌にたくましい肉体。金属製の鎧をいとも簡単に着こなしていた。腰にはブロードソードを下げている。


「何か用? ロディ」


 対する女の方はどちらかというと学者に近い格好をしていた。

 肩で切りそろえられたセミロングの金髪に、丸い黒縁メガネ。白いローブを着て、手には何冊もの蔵書を携えている。

 一見すると美人にも見えるが、その表情は冷たく、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。


「また勇者ユーゴに関する資料探しですか」


 ロディと呼ばれた青年があきれたように言う。


「またとは何よ、またとは。私の勝手でしょう」

「もう今年に入って10回目ですよ。いい加減、あきらめたらどうです? 勇者ユーゴなんて、実在しませんよ」


 魔王を倒したと言われる英雄ユーゴ。

 その功績とは裏腹に人々の前に一切姿を現さないことから、ちまたでは国の作った偶像であるという説が有力視されている。

 各国が優れた勇者を輩出しながら「魔王討伐隊編成案」を提唱したこのガイラス王国だけが有力な人物を選出できなかったため、偽りの勇者を作ったとされるのだ。


 その根拠となるのが、彼の通り名である“聖剣の担い手”という言葉だ。


 過去、この国において聖剣伝説というものは存在しない。

 子供でも知っているガイラス王国の叙事詩『英雄王ファーレンの物語』ですら登場しないのだ。


 聖剣というもの自体が、捏造の可能性があった。


「実在しないかもしれないけど、実在するかもしれないじゃない」


 ラングリーフと呼ばれた女性が、資料をパラパラとめくりながら言った。

 彼女が見ているのは、ここ数年で起きた国内の反乱事件やテロ事件などの報告書であった。

 しかし、そのどれもめぼしい情報は載っていなかった。


「いなかったらどうするんです?」

「いなくても探し続けるわ。彼の勇姿は、人々の希望なんだから」


 言っていることが矛盾していることに、彼女は気づいていない。

 ロディは「はあ」とため息をついて言った。


「まるで、現実逃避している乙女みたいですね。もう三十路に手が届くというのに」

「あ?」


 ラングリーフは額に血管を浮き上がらせながらロディを睨み付けた。


「まるでなんだって? もう一遍、言ってみ?」


 般若のようなその顔に、ロディは慌てて首を振った。


「いえ、なんでもありません!! 忘れてください」

「聞き捨てならないわね。私が誰だか、わかって言ってる?」

「口が滑りました!! 申し訳ありません、王国特務部隊補佐官どの!!」


 直立不動の姿勢で謝る彼の姿に、ラングリーフは「チッ」と舌打ちをしながら再び資料に目を戻した。

 ロディは「ふう」と首から湧き出る汗を拭った。


「ところで、私に何の用なの?」


 素に戻ったラングリーフの言葉にロディは

「あ、忘れてました」

と言って、一枚の封書を差し出した。


「マイロ様からです」


 それは、大臣の印が押された極めて珍しい封書であった。


「隊長から?」


 ラングリーフは眉を寄せてそれを受け取った。


「指名手配書のようね」


 封を破り、中の紙を取り出すと、サッと目を通す。


「どんなことが書かれているんです? 大臣の印が押されているということは、国からのお達しでしょう? いいなあ、自分も早くラングリーフさんのような立場になって、国からの命令を受けたいです」


 ロディはまるで他人事のように言った。

 ただの下級兵士つかいぱしりである彼にとって、大臣の印が押された封書は憧れの対象でもあった。

 しかし、彼の声などまるで聞こえないかのように、中身を見ていたラングリーフの顔つきがみるみると変わっていった。


「う、うそ……」

「何が書いてあるんですか?」


 ロディのあっけらかんとした態度とは正反対に、彼女の封書を持つ手がわなわなと震えている。


「ラングリーフさん……?」

「あり得ないわ、こんなの!!」


 それは、資料室中に響き渡るほどの大声だった。

 突然の大声に、ロディはビクッと肩を震わせた。


「な、なんですか!?」

「ウソよ、ウソに決まってるわ!!」


 色めき立つラングリーフ。まだ年若き青年のロディは慌てふためいた。


「ちょ、ど、どうしたというんですか!? 落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるもんですか!!」

「自分に言われても、わかりませんよ」


 本来ならば、特務部隊の新入りである彼には内容を知る権限はない。

 しかし、彼女のあまりの激昂ぶりに、聞かずにはいられなかった。


「せめて、何が書いてあるのか教えてください」

「こんなもの!」


 ラングリーフは紙をくしゃくしゃに丸めると、地面に叩きつけた。


「ああ! 何するんですか、国からの命令書なんでしょ?」

「こんな命令なんか、くそくらえよ!」


 ガシガシとそれを踏みつける彼女の姿に、ロディはどうしたらいいのかとオロオロと戸惑った。


「そんな命令書は、見なかったことにするわ。捨ててきてちょうだい」

「そんなことしたら、ラングリーフさんも自分も命令違反で捕まってしまいます」


 それは冗談などではなかった。

 規律の厳しいこの王国では、上からの命は絶対なのだ。


 ロディは地面に転がる紙を拾い上げ、きれいに広げると少しためらいながらも中に書かれている内容に目を通した。


 それは、やはり指名手配書だった。と、同時に暗殺指令でもあった。


「暗殺ですか……、穏やかじゃありませんね」


 本来ならば、国の安全を脅かす存在を極秘裏に始末する命令である。

 指名手配と一緒になっているということは、どこにいるかもわからない相手を、気づかれないように殺せということである。

 特殊な訓練を受けている特務部隊の仕事でもあった。


「エリート中のエリートであるラングリーフさんに狙われるなんて、運のない人ですね。誰なんです、その不幸な方は」


 ロディが冗談を交えつつ目で追っていくと、ピタリとある一点で止まった。


「聖剣の担い手ユーゴ……!?」


 似顔絵や特徴は載っていなかったものの、それは紛れもなく大臣が出した勇者ユーゴの暗殺命令であった。

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